506 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2007/12/28(金) 02:03:56
「い、いてっ!」
甲に巻いた包帯の下から、鋭い痛みが呼び起こされる。もしかしたら化膿しているのかもしれない。当然の処置として消毒はしたものの、動物のくちばしや爪に付着している雑菌は想像以上に厄介なのだ。
「士郎?」
「あ、ああ。大丈夫だ。こんな傷、放っとけば治るよ。俺よりもチョコボの方を気にしててくれ」
よりにもよって、令呪の上にとは……。まったく、油断した。
心配して声をかけてきた巻菜に素っ気無く応えたのも、やはりよろしくない。
――話の成り行きはこうだ。
ジュノに到着した俺達は、早速チョコボに乗るべくチョコボ厩舎を訪ねた。しかし何でもチョコボに乗るには免許なるものが必要らしく、例え料金を払おうとも騎乗は許可してもらえなかった。
せっかくここまでに来たのにと一時はがっかりしたものだったが、そんな俺達を見かねたオヤジからある提案が出されたのだ。曰くチョコボに懐かれてみろ、と。
勿論何の取っ掛かりもない状態に比べれば、遥かにリアリティがある。否も応もなくその条件にのることにしたのだが、問題は対象となるチョコボだった……。ボサボサな毛の間に隠れた、血の滲んだ傷痕。痩せこけて浮き出た肋骨。潤んだ瞳。
思わずむっとなってオヤジに問い質したのだが、虐待を加えたのはオヤジなのではなく、どこかから逃げて来たものを保護したということらしい。当のチョコボはすっかり人間への信頼が消え失せ、餌を食べてくれず、したがって傷薬も口にしないから、かなり危険な状態であるらしい。こうなるともはや免許云々以前の問題だ。いちもにもなく、俺は世話をする決意をした。
二十四時間交代で世話をし、三日目にはとうとう餌を口にするまでに到ったのだ。ああいう喜びは、中々得難いものである。
「とはいえもう五日目、か。交代で四六時中付きっ切りだったおかげか、少しは信頼を取り戻してきているが……」
「俺はとんだとばっちりを喰らわされた気分だけどな。結局近道をするつもりが、回り道をしちまっている。深刻なタイムロスだよ」
「悪かったよ……。でもさ、放っとけないだろ? あんな目で見つめられちゃさ……」
「バカ。そこがゆとっているってんだよ、お前は。ああいう条件は適当に蹴って、別の手を模索すりゃ良かったんだ。それを一週間近くも……」
巻菜に言われるまでもない。
だが正義の味方を志す身にとって、あの状況はどうしても見過ごす訳にはいかなかったのだ。
微妙なムードが立ち込める中、バタコの眠そうな声が割って入った。
「ふわぁ~あっ、お待たせ~。今度はシロウが休憩する番よ~」
「相変わらず、寝起きはよくないのな。ま、頑張ろうぜ」
「もう餌と薬草はやったから。よろしく頼むな」
樽の上に腰掛ける2人を後にし、扉に手を掛ける。途端、薄暗い厩舎とは明らかに違う、太陽の閃光。そしてそれが反射して輝く海。ここ最近ですっかり時間の感覚が狂ってしまったせいか、もう昼になっていたとは思いもよらなかった。
「――さて。適当にモグハウスに篭もって寝るか。時間もそんなにないしな」
大勢の人ごみを分け、目的の寝床へと向かう。すれ違う人々の中には明らかに人間と違った容姿。バタコと同じく三頭身の小人(タルタル)、俺の背より二回りも巨漢である熊男(ガルカ)、ウィンダスで世話になった族長やセミ・ラフィーナと同じ猫女(ミスラ)。
そしてバストゥークやウィンダスでは見たこともなかった、長身で耳が尖っている人達(エルヴァーン)。気のせいか首が普通よりちょっと長く見える。勿論中には俺や巻菜と同じ姿の人達もいた(ヒューム)。
元の世界は人種の差といえば肌の色やら髪の色、もしくは僅かな顔つきの相違であったが、ここはそんなものを吹き飛ばすくらいにぶっとんで違う。こう言っちゃ失礼に値するのだが、彼らが俺と同じ人間と判別されているのが不思議に思えてくる程に。
だがそれすらもジュノで数日を過ごす内に気にならなくなった。何故かって、ここは人と敵対している筈の獣人ですらが商業権を有しているのだ。表を通っている時に声を掛けられたことがあったが、あの時は本当にたまげた。
とにかくジュノはそんな国なのだ。三国の中央に位置することが関係し、多種多様な種族が入り乱れる街となっている。その上多くのことを受け入れる懐の深さを併せ持ち、おかげで三国を圧倒するくらいに豊かなのだとか。実際に店に並んでいる品の豊富さを見ればわかる。
「ホント凄い国だよ……。ここを創ったカムラナートって人は偉大なんだな……」
しかも驚くべきことに、ほんの30年前まではジュノは漁業を糧とする寒村でしかなかったのだ。それをカムラナート大公の出現により、たった10年の時を以ってここまでの大国に成り上がったのであるらしい。空飛ぶ船――飛空挺の開発。三国を纏め上げる政治手腕。全く、現実離れしている……。
「とはいえ、こうも人がいちゃ、移動するのも一手間だな。……っと、ん?」
唐突に、雑多とした人ごみの中で見覚えのある頭を発見する。あの赤い頭巾。間違いない、あれは……。
「ギルガメッシュ! ギルガメッシュだろ? 奇遇だな!」
英雄王の名をここまで軽々しく呼べる奴は他にいない。あの事件の後だから、実に半年振りの再会である。
全く役にたっていなかったが、それでも我が身を省みずに助けに入ってくれたことに関して、俺は彼に少なからず好意を抱いていた。
直後気だるそうに振り向いた顔には…………歌舞いた隈取に浮かんだ涙。いや、えと、な、何故……?
「よぉ、あの時の坊主じゃないか……。元気そうだな。あんなことがあった後だから、安心したよ……」
「そういうアンタは元気そうじゃないのな。どうした? せっかくの再開だってのに、そんな顔をされちゃ堪らないよ」
察してくれという合図なのか。ギルガメッシュは自らの右肩を、ゆっくりと労わるようにさすった。
「ついてねえ……。畜生、この右肩の傷さえなけりゃあ、ジュノの親衛隊入りの試験に合格したってのによぉ……。くそ、あんな決闘受けるんじゃなかったぜ」
「は、はあ」
「おかげで無職のプーさ。ギルもないし、これからどうすりゃいいってんだ……」
何とも妙な展開になってきた。
果てさて、一体どうしたものやら?
最終更新:2008年01月17日 20:11