49 :はじめてのさーう゛ぁんと ◆XksB4AwhxU:2007/12/12(水) 14:32:21
すれ違う二人:何も覚えていない遠坂とまだ騙されている衛宮の幕間
~interlude in~
「♪~~~」
「…………」
「ふふん、ふふんふん~♪」
「…………あの、先輩?」
「ん~? どうした?」
「……何でもないです」
変です。先輩が変です。おかしいです。
朝練がある私に合わせて登校することは、嬉しいのですがおかしいです。
「んーん~ふふん、ふーふーんふふふ~♪」
朝から鼻歌が止みません。いつもより豪華な朝ご飯を作っている間も、藤村先生がご飯をガツガツむしゃむしゃざばざばーっ、と食べている間も、とにもかくにも上機嫌。笑顔指数は振り切ってエラー判定です。
「ただーあーりのまーまーで~♪」
とうとう鼻歌から歌に変わりました。て言うか先輩、それ以上はカスラ……ジャス○ックが黙っていないので、黙ってください。
「先輩、何か良いことでもあったんですか?」
単刀直入に尋ねる。先輩はふやけたような笑顔のまま、私に向き直る。ああ止めてくださいそんな顔で私を見ないでください感じちゃいます。
「ああ、実は――」
と言い掛けたところで、はたと真面目な顔をして黙り込む。ああ先輩真面目な顔も格好良くて素敵です濡れちゃいます。
「――いやでも口止めされたわけじゃないし、桜になら良いか、うん」
「私に?」
桜になら――桜にしか――桜だけに――俺と桜だけの秘密――。
脳内フィルターを通じて聞こえた台詞に、私のキュンはムネムネしてしまいます。ついに告白かしら? 大丈夫先輩、私はいつでも臨戦準備万端です。下着も勝負下着で蟲柄です。
しかし、続く言葉は私の予想の斜め上をK点越えでした。
「昨晩、魔法少女カレイドルビーに会ったんだ」
魔法少女カレイドルビー。まほうしょうじょカレイドルビー。まほうしょうじょかれいどるびー。だいじょうぶよ■■■、こんなものつかいこなしてみせるわ。あれしまったなにこれ、ぎにゃー。らぶあんどぱわー。らぶあんどぱわー。らぶあんどぱわー。いいえ、けふぃあです。さっそくあいとせいぎでぷりずむめいく。やめて■■■■しょうきにもどってですって? だいじょうぶよ■■■。わたしはあいとせいぎでごっどはんど。いまならろりぶるまにめざめたの。さあいっしょにくぁwせdrftgyふじこlp;
はっ!? 一瞬幼い頃の思い出《トラウマ》が浮上してきました。大丈夫、そんなはずはありません。あれはきちんと封印されたはずなのです。きっと私の聞き間違いで、先輩は「鰈ドライバー」とか言ったに違いありません。何ですか? それ。新しい工具ですか? もう仕様がないですね先輩。
「カレイドルビーって、ちゃんと存在してた都市伝説だったんだな」
ききまちがいじゃありませんでした、まる。
――都市伝説カレイドルビー。それは今からおよそ十年ほど前。冬木の公園に突如魔法少女が現れ、女の子をいじめていたガキ大将を矯せi……懲らしめたという噂が立ちました。以来、『悪いことをするとカレイドルビーが現れ、ぶちのめされる』と子供を中心にまことしやかに囁かれ、目撃証言も月に一・二度挙がりました。……一年ほど経つと目撃証言は無くなり、その都市伝説を信じる人もほとんどいなくなりましたが。
ちなみに、この都市伝説を元にアニメも制作されました。その名も『無限妖精カレイドルビー』。
いやいや、今の問題はそこでは無く、
「せ、先輩。その、カレイドルビー……さんとは、お知り合いなんですか?」
先輩がその正体に気付いているか否か、ということ。何せ、その正体は先輩憧れのね……遠坂先輩。もし正体を知ってしまえば、純情な先輩のこと、きっと世を儚《はかな》んで首を吊ってしまいそうです。
「いや、知り合いと言うか、人助けの現場に居合わせただけと言うか」
「それって……他人、っていうことですか?」
「そうなるな」
とぼけているような雰囲気ではありません。ということは先輩は気付いていない、と。ああ、良かった。
「そうだよ、人助けしてたんだよな……お礼を言うの忘れてた。いやでも、俺も人助けをしていればまた会えるかもしれない」
先輩の目は純粋に、『正義の味方』に憧れた子供のようでした。
先輩は虚空に誰かを、大切な誰かを映して、呟きました。
「大丈夫だよ。じいさんの夢は、俺が形にしてやっから。
――じいさんの代わりに、俺が魔法少女になるよ。
」
「無理ですよって言うか記憶が違いますよー!? 思い出を捏造しないでください! 先輩!? 先輩ってばぁぁあああぁ!!」
がくがくがく、と襟首を掴んで揺さ振ります。しかし、正気に戻ってくれません。
「――やっぱり二人って仲が良いのね」
見えないお義父様に誓いの言葉を呟いている先輩の後ろから、赤い人が現れました。遠坂先輩。
「ぎにゃー!!」
「……か、変わった挨拶ね」
冷や汗を垂らしながらも、優雅さを損なわないうっかり者《ミス・パーフェクト》の遠坂 凛。
遠坂先輩です遠坂先輩です遠坂先輩です遠坂先輩です。話の渦中の人がどうしてこんな朝早くにいるのですか何て悪いタイミングですかまさか先輩の口封じにそんなことはさせません私がさせません。
「具合でも悪いのかしら? 大丈夫?」
しかし遠坂先輩は、先輩をちらりと見ただけで、歯牙にもかけません。硬直している私の心配をしています。これはまさか……。
覚 え て い な い ?
あの時のように、変身中の記憶が消されている? だとすれば何の問題もありません。さしあたっての問題は、私が挙動不審でいることでしょう。
「す、すいません。遠坂先輩、お早ようございます」
「ええ。お早よう、間桐さん、衛宮君」
「む。」
さすがに憧れの人の登場とあっては、トリップしていられないのか。いつもの先輩に戻りました。
……それにしても「む。」ですか。いやまあ、一見無愛想な顔をしていますが、照れて緊張しているっていうのは私には伝わります。今も「うー」とか「あー」とか小さく吃りながら言葉を探しています。
そして先輩は、意を決したように顔を上げ、
「遠坂、朝、早いんだな」
とだけ。……先輩? それはもう挨拶ではありません。
「ええ。昨晩は早く就寝したもので」
遠坂先輩は戸惑いながらも、律儀に挨拶しています。これが遠坂先輩の遠坂先輩足りえるところでしょうか。
「ん? 昨夜? 昨夜……昨日の夜……」
「遠坂先輩? どうかしましたか?」
「いえ、何か重要なことを忘れているような気がしまして」
ぎくぅぅっ!?
まさか、記憶が戻りかけて……!?
「衛宮君、私に言いたいこととかないかしら?」
「い、いや無いぞ?」
「そう。変ね……私が衛宮君なんかに話したいことは無いし……でも衛宮君を見てると、何かを忘れてるような気がしてき……」
ぴたりと。ビデオの一時停止のように、遠坂先輩の動きが止まりました。
「夜……召喚……見回り……まじかる、」
私の時も止まりました。
――今、何か、聞こえてはイケナイ、言葉が、聞こえたような――。
遠坂先輩の目から光が消え、焦点が合わなくなり、手が、腕が、体全体が震え始めます。だらしなく開いた口からは、時折「ぴー」とか「がー」とか言う音が流れます。やがてそれは意味のある音となって、
「ら、ららららららららぶああああんど、ぱ」
「わーーーーー!!!!」
緊急退避! 緊急退避! 緊急退避! 緊急退避! 緊急退避! 緊急退避! 緊急退避! 緊急退避! 緊急退避! 緊急退避! 緊急退避! 緊急退避! 緊急退避!
「桜? いきなりどうしt」
「いけないもうこんな時間です! 遠坂先輩、私朝練がありますのでこれで失礼します! そうだ先輩私の弓の調子がちょっと悪いので見てもらいたいんですけど。見てもらえませんか? 見てもらえますよね? ありがとうございます先輩! それでは遠坂先輩ごきげんよう!!」
先輩の腕を掴んでダッシュです。虫酸ダッシュです。
十数メートル走ったところで、ふと思い付き、先輩の手を離して遠坂先輩の下へダッシュ。
「そうだ遠坂先輩、きっと昨夜は疲れがたまっていたんで早く寝たんですよ! でないと遠坂先輩がこんな朝早くにいるわけ無いじゃないですか。だから昨夜は何もしていない、何もしていない、何もしていない。ね? ね? ね!?」
「え……ええ……そうね」
遠坂先輩の目に光が戻りました。無事に誘導が成功したようです。
「それではごきげんよう!」
「ご、ごきげんよ……う?」
先輩のところに戻り、ほっと一息つきます。
「それじゃあ先輩? 行きましょう」
「あ、ああ……」
先輩は一瞬戸惑いましたが、何も聞かずに歩きだしました。
うん。さっきのことはあまり気にしてないみたいです。これで『イタイ子』とか『おかしい子』とか思われたら世を儚んで首を吊っちゃいます。
「――桜、さっきの行動は何だったんだ? イタかったと言うかおかしかったと言うか……」
「うわーん!!!!」
先輩今までお世話になりました!
【選択肢】
最終更新:2008年01月27日 21:51