689 :Fate/式神の城 ◆v98fbZZkx.:2007/11/21(水) 14:51:08


これからどうする?
→おっさん、弟子にしてくれ

「おっさん、弟子にしてくれ」
「ダメだ」
思考時間0での即答だった。
「なんでさ。さっきは師匠を探せって言ったじゃないか」
俺は食い下がる。魔術師なんてものがそうそうころがっている訳はない。目の前の銀髪は俺にとって得難い師匠候補なのだ。
「ちゃんとした師匠、と言ったはずだ。それに、俺は探偵で……そう、探偵で術師じゃない」
銀髪は新しい煙草に火をつけた。ツンと、安っぽい煙草の臭いにまぎれてわずかに硝煙のにおいがした。
「探偵、なのか?」
「ああ、だから術も教えてやれるほどに上手くはない。何より―――」
銀髪はスーツのポケットに手を伸ばし、あの血濡れのハンカチが入っている場所を、ポンと叩いた。
「依頼人がついた。探偵は仕事を始めるさ」
相変わらずの無表情で、それでも力強く、その探偵は言い切った。
そんなことをしても、きっとなんの得にもならない。報酬と言えるものは血でよごれたハンカチが一枚。そうだと言うのに、その探偵はこの世界からいなくなってしまった少女のために仕事をするという。
俺にはそう言い切った探偵の姿が、ひどくカッコイイものに見えてしまった。
「おっさん」
だからだろうか、俺に背を向けて歩き出そうとするその背中に声をかけたのは。
「名前、教えてくれ」
だからだろうか、そんなことを聞いてしまったのは。
振り向いた探偵は、不思議なものでも見るような目で俺を見ていた。
「あ、いや、忘れてくれ。なんでもない」
探偵は一瞬だけサングラスをずらし、鋭い瞳で俺を見ると、路地の奥へと歩き出した。
「日向だ」
「え?」
聞こえた声に慌てて顔を上げて、俺はその黒い背中を凝視した。
「日向玄乃丈だ。お前は?」
「衛宮、衛宮士郎!」
俺の口を発したのは、自分でもどうにかしたような、そんなバカみたいな大声だった。
「じゃあな、士郎。今回で懲りたなら、あまり無茶はするな」
最後に、それだけ言って、銀髪の探偵・日向玄乃丈は路地裏の闇に姿を消した。


一方その頃/

真っ青な道士服の上からトレンチコートを羽織った背の高い男、金大正(キムデジョン)は長らく住まいとしてきた道場の戸に錠を下ろしていた。
その傍らには、一人の老人が立っている。
「それでは、藤村さん、後のことはよろしく、お願いします」
金は道場の戸の鍵を、傍らの老人、藤村雷画に預ける。雷画は街の顔役で、留守宅の鍵を預けるにはうってつけの人物だった。
「金くん」
「はい」
金は雷画の声に几帳面な返事を返した。金の年齢は25を1つか2つ過ぎたほどであったが、普段から昨今めずらしほどに礼儀正しい若者だった。
「考え直すわけにはいかんかな」
表情に乏しい金の顔に、驚きと、ついで憤怒の相が浮かび上がった。針のように細い目が、さらに細められる。
「申し訳、ありません。できない、ことです」
金は変わらず礼を尽くし、心底から雷画に頭を下げた。
「そうかい、残念だよ」
雷画はわずかに首を振った。
数日前、道場を閉めることを告げに来た金に、雷画はあることを教えている。いわゆるヤクザ、暴力団と呼ばれる連中のことであった。
もっとも、雷画に言わせれば、金に教えた連中は極道・侠客と称するも片腹痛い、愚にもつかぬ犯罪集団である。
その連中が昨日、にわかに壊滅した。一斉検挙などによる解体ではない、文字通りの壊滅である。
世間的には警察の手が入ったことになってはいるし、実際多くの逮捕者も出たが、雷画の元にはその警察からの問い合わせが来ている。
壊滅した組織が「取引」を行っていた場所で死者多数。その上、連中が扱っていた銃器が幾つか見つかっていない。
雷画はそのことを思い出しながら傍らの青年を見た。その足元には、楽器がしまわれているにしては明らかに重過ぎるものの入ったギターケースが置かれている。
「では、行きます」
金はギターケースを背中にかつぎ、雷画に一礼をするとその場を去っていく。
雷画は大きくため息をついて、その背中を見送った。

五日前、金大正は教え子を殺されている。その少女は切り刻まれ、膝から下はまだ見つかっていなかった。


/一方その頃 了


「ハアハァハァハァ……」
ゼェゼェと息が切れる。バクバクと心臓が鼓動する。疾走する身体から噴き出す汗は前髪を額に貼り付ける。
そもそも、慎二の頼みを引き受けて弓道場の掃除などに手をつけたことが悪かった。しかも、久しぶりに手にした弓道道具に興が乗って大掃除を始めたのが、なお悪かった。
その結果、俺は今日二度目となる生命の危機を背中に感じながら疾走している。
しかも、今、俺に迫る死は日中に出会った殺人人形や、日向のおっさんの持っていた拳銃などとは比べものにならないほどに濃厚なものだ。
今日は厄日だった。
「よお坊主、足が速いな」
「ぐ」
その《死》が平然と、俺の正面から現れた。
闇を裂いて現れるのは青い影。深蒼髪と同じ色の鎧に身を包んだ背の高い男。手には血に濡れたような真っ赤な槍を持っている。
青い槍騎士。そんな非常識なものを目の前に、わずかでも理性を保っていられるのは、昼間小なりとは言え《死》を眼前に見たからだろう。
「だがな、そろそろ死んでおけ。それ、痛いのは一瞬だ」
「それでも《死ぬほど》痛いって」
俺の軽口に、青の騎士は口元をほころばせた。実に愉快そうな表情になる。
「いや、いい度胸だ。十年後が楽しみだな。見れねえのが残念だよ」
言うや、騎士は気負う様子もなく槍を構える。殺気が膨らんでいく。
「じゃあな、その心臓、貰い受けるぜ」
残像すら見えるような神速の槍を繰り出す騎士は、さすがに、シャーペン投げつけてどうにかなる相手には見えなかった。

ズッ!

そんな、本当になんでもない音で、俺の心臓はあっけなく貫かれ、体はリノリウムの床に転がった。
霞む視界の向こう側から、誰かが駆け寄ってくる。その光景を眺めながら、俺の意識は闇に落ちていった。


一方その頃/

「嘘」
遠坂凛は足元にころがったソレを見下ろして、茫然と呟いた。
人型をしたソレの胸部にはポッカリと穴が開いていて、ソコからはとめどなく赤い液体が漏れ出している。
「なんで、よりにもよって」
赤い海が広がっていく。
まだ、衛宮士郎は生きている。心臓が無い状態を、生きていると言えるのならばだが、少なくとも蘇生の見込みはある。

予備の心臓さえあれば。

運がなかったのだと、凛はそう断じて士郎に背を向ける。鉄錆の臭いがした。
それで、あの子が泣くだろうなと、そんなことを思ってしまう。
「ああ、もう! 桜に感謝しなさいよ―――衛宮君」
そして光が、闇を裂いた。

/一方その頃 了


胸が痛んだ。
ああ、それはそうだろう。ほんの少し前までそこに穴が開いていた。
頭がくらくらする。
当たり前だ。ほんの少し前、ちょっと自分でもびっくりする量の血を流した。
「ははは……なにやってんだろ、俺」
自分が笑えてくる。
ほんの数刻前にそんな状態であったのに、今現在、俺が何をしているのかといえば、自分が流した血の跡をモップで拭き取っているわけで。
もう、笑うしかなかった。
そもそも、はじめの内はなにやらお題目があった気がしたが、掃除をしている内にだんだんどうでもよくなってきている。
そして、本当にどうでもよくなるころには掃除があらかた終わっている、そんな自分の家事技能が恨めしかった。
きっちり掃除道具まで洗って片付けて、そこでようやく俺は自分の姿に気付いた。
乾いてはいるが明らかに血まみれで、しかも制服には穴が開いている。今さっき人を殺しました、と言ったら誰もが信じてくれる格好だ。
掃除をしていたのは正解だったかもしれない。人通りのある時間にこの格好で歩いていたら、間違いなく通報される。
「帰ろ」
靴を履き替えて校舎を出る。冬の風に穴の開いた制服は厳しいものがある。
夜道を歩き、ほどなく住宅地に達した。朝に探偵と出会った路地を覗いたが、何も無い。人形の残骸も綺麗になくなっていた。
力なく歩いて、ようやく自宅の玄関にたどり着くと、扉には『士郎遅いぞー』と書かれた紙が張り付いていた。藤ねえの仕業だろう。
居間には桜の字で書かれたメモが置かれ、夕飯を作ってある旨が書かれている。さらに、追申で俺の帰りを待てないことを謝っていた。むしろ、謝らなければいけないのは俺の方だというのに。
ガクリと畳の上に膝をついて目を閉じる。今日はこのまま寝てしまおうと思った。

からん、からん。

そして、俺のその願いは、衛宮邸に配された対侵入者用の警報によって、無情にも破られることとなる。
「っ、こんな時にどろぼ……う、なはずは無いか」
浮かんだ思考を振り払う。こんな都合よく泥棒が入るはずは無い。相手は、あの青い騎士か。
「ったく、しつこいな」
武器になるようなものを探す。はじめに包丁が浮かんだが、あの槍を受けるには短すぎる。
庭先の道場か土蔵まで走れば木刀か竹刀のようなものもあるだろうが、残念ながら居間には箒の一本も存在しない。
と、すると残るは自分の体を強化するくらいだが、たとえ全身を強化しても青いやつの身体能力には敵いそうにない。
ふと、視界の端に筒のようなものが止まった。
それは、一昨日、藤ねえが持ち込んだ、おいでませ自衛隊、などと言う訳の分からない文句が書かれたポスターのはずだ。
「マジか」
こんな紙きれに命を預けると思うと泣けてくる、が迷っている時間は無い。丸めたポスターを強化すれば竹刀の代替程度にはなるだろう。
俺は観念して自己の内に没入した。ザクリと脊髄に針を埋め込み、魔術回路を生成する。
「同調、開始」
全身の回路に火が燈る。
「―――構成材質、解明」
ポスターを手に取り、魔力を走らせてその内部の隙間を走査する。
「―――構成材質、補強」
感知した隙間に魔力を流し込み、ポスターを補強する。慎重に、過不足なく。
「―――全工程、終了」
この上なく上手くいった。そんな手ごたえ。目を開ければ、ポスターはしなやかな金属質の輝きを帯びている。
ゾクリ。
背筋が凍った。俺の武器が完成するとほぼ同時に、殺意は上から降ってきた。
「っ、があ!」
受け止めることなど考えず、横っ飛びに回避する。体勢を立て直した時には、天井から降ってきたモノが狙い違わず俺の立っていた場所に突き刺さっていた。
「いい判断だ。いや、一瞬で死ねば苦しまずにすむと思ってな」
青い騎士は、やはり血に濡れたような赤い槍を担いで、酷薄に笑って見せた。


「それにしても坊主、お前どうやって生き返った? ああ、いや、やっぱり答えなくていい。どうせ、今からもう一回殺す」
「冗談じゃない」
俺はポスターを構えた。筒状にしたポスターは竹刀よりは短いが、それでも贅沢はいえない。
さいわい場所は室内だ、得物は短い方が――

ヒュン!

「つぁっ!?」
風を切る音を感じて、とっさにポスターを振るう。カキン、と情け無い音とともに、強化したはずのポスターがあっさり歪んだ。
「はっ! よしよし、勘は悪く無いな」
笑う槍騎士。笑いながらも立て続けに槍を繰り出してくる。
室内で、けして短いとは言えない槍を立て続けに繰り出してくる。神技、そうとしか言いようがない。
カキン、カキンと、音がなるたびにポスターが歪み、飛び散り、武器としての寿命をすり減らしていく。
「それにしても魔術師だったとはなあ。さっきは、まったく魔力を感じなかったんだが」
ヒュウッ、とひときわ大きく風を切り、槍が突き出された。俺は全力でポスターを振るい、その軌道をわずかに変える。
そんな攻防を繰り返しながら、ジリジリと後ろに下がっていく。やがて、俺の体は窓際まで追い詰められていた。
「どうやら、ここまでだな。暇つぶしにはなったぜ」
青い騎士は静かに槍を引き、その穂先を俺の心臓へと照準した。
血に濡れたような槍が突き出される。その寸前、俺は大きく後ろに飛んでいた。槍が空を切る。
「なにっ!」
槍騎士の声を聞きながら、俺の体は打ち破ったガラス窓ごと庭へと転がり落ちた。受け身を取る間も惜しんで体勢を立て直し、全速力で疾走する。
「クッ、わっはははは! いいねえ坊主、生き汚いヤツは大好きだぜ」
ヒュウッ! と風を切る音。俺は振り返らずにポスターを後ろへ向けて振るう。鈍い手ごたえがした。
槍を弾きながら、俺の体は飛び込むような形で土蔵へと滑り込んだ。
そして、そこで運が尽きた。
「終わり、だな」
青い騎士は愉快そうに、それでいて哀れむように俺を見下ろしている。
俺はといえば、尻餅をついたような格好で無様に槍騎士を見上げていた。
「なかなか楽しかった。十年、いや、五年でもあれば、いい戦士になっただろうが」
槍騎士は、その槍を引き、その身に濃厚な殺気をまとわせる。《死》が目の前に出現した。
「じゃあな、今度は迷うなよ」
その槍が、稲妻のように、俺の体に向かって放たれた。そして、その稲妻は確実に俺の体を貫き、殺す。
稲妻であるのならば、人の身でそれをかわそうとすることは無意味であろう。

そして、この身を貫く稲妻は―――


セイバー:この身を守ろうとする光によって防がれた。
セイバーオルタ:この身を守ろうとする《黒い光》によって防がれた。
せいばー?:狙い違わず俺の体を貫いた。

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最終更新:2008年01月17日 23:43