19 :Fate/式神の城 ◆v98fbZZkx.:2007/12/11(火) 17:33:56
この身を貫くはずの稲妻は…
→この身を守ろうとする《黒い光》に防がれた。
その槍は悪夢のような速さを持っていた。この胸を裂き、この心臓を撃ち砕こうとする紅の稲妻。
だが、俺を殺そうとする一条の稲妻は、夜の闇を切り裂いて現れた、夜闇よりもなお暗い《黒い光》によって防がれた。
それは、まさに漆黒の閃光だ。雷のように迫り来る青い騎士の槍は、光のように走った一本の剣によって打ち払われる。
「七騎目―――!」
わずかな驚愕と、歓喜の入り混じった青い騎士の声に重なるように生まれた、金属の、いや刃がぶつかり合う硬く鋭い音響がこの場を満たしていく。
そしてその刃のぶつかりあいをただ眺めるしかない俺には、突如として現れた《黒い光》が人の姿をしていることを理解するのがやっとだった。
「チィ」
舌打ちとともに青騎士の槍が何か硬質なものを打つ音と、黒い光が一閃するのはほとんど同時だった。
カラカラと乾いた音をたてて、黒い仮面が土蔵の床を転がった。俺がその仮面に気を取られる間に、青騎士の姿は土蔵の中から消えている。
リンと鈴の鳴るような音が聞こえた。
「―――問おう」
そして彼女は振り向いた。
その瞳と髪は月の光を受けて、静かな金の光をたたえている。闇に浮かぶものは白磁のような肌と、どこかに感情を置き忘れたような表情。
それは儚く、美しい。
「貴方が、私のマスターか」
漆黒の甲冑に身を包んだ、どこか少年のようにも見えるその唇から漏れ出した声は冷たく厳かで、だけど、それでも彼女の声はどこか優しかった。
彼女。
そう俺の前に静止した《黒い光》は、少女の姿をしていた。
「マス、ター……ッ?!」
まるでその言葉に呼応するように、左手の甲から熱い鉄でも押し付けられたような痛みが伝わってきた。見れば、そこには鼓動を打つように赤く輝く、剣の形をした見覚えのない刻印が刻まれている。
「令呪の契約は成された。サーヴァント・セイバー、これより貴方の剣となり貴方の敵を討つことを誓おう」
刻印は相変わらず熱を持ち、ドクドクと脈打っている。セイバーと名乗った黒い少女はそれを確認するように静かにうなずくと、くるりと俺に背を向けた。
「ど、どこにいくんだ?」
「庭先にしつけの悪い狗が居座っているのでは具合が悪いでしょう。追い払います」
狗とは、あの青い騎士のことだろうか? 引きとめた俺にこともなげに言い放って、セイバーは手にした剣を誇示するようにその切っ先を上げた。
そしてその瞬間、俺の背筋が凍りつく。
かつて親父に無駄と指摘された才能が俺にある。モノの構造を解析する力。物事の本質を見抜く魔術の資質とは、似ているようでまるでかけ離れた能力。
その力が警鐘を鳴らしている。
セイバーの持つ、あの剣はなんだ? と。
見た目は、なるほど黒い刀身を持つ長剣に他ならない。だが、その刀身を構築する物質を理解しようとすれば、あるいはその構造を脳裏に描こうとすれば、脳髄を焼き切るような激しい痛みが俺を襲う。分かることは、その剣が俺の常識を凌駕する力を持つことだけだ。
だが、いやだからこそだろう、その剣は俺の意識をどうしようもないほどに引きつけた。
魅入られている。そう言い換えてもいい。
「どうしました、行かないのですか。シロウ」
カチャリと音をたてて剣が、いや剣を手にしたセイバーが振り向いた。突然のことに心臓が跳ね上がる。
「え、あ、俺?」
俺の発した間の抜けた声に、セイバーは「他に誰がいるのですか」と言った風で俺を見下ろしていた。
「ああそれとも、腰が抜けましたか」
「あ」
そう言われてようやく、俺は自分が無様に尻餅をついたような格好であることを思い出した。呆れ顔が一転、セイバーの口の端が上がる。
「それでは仕方が無い、抱き上げるとしよう」
「立つ! 自分で立ちますッ!」
お姫様抱っこされる自分の像を、必死に脳裏から吹き飛ばして俺は一気に立ち上がった。
「ふ」
あ、また笑われた。と思う間にセイバーは再び俺に背を向けて土蔵の外へと歩を進めていた。慌ててその背中を追う。
そこで俺は、ちょっとした、本当に些細な違和感を感じる。
俺はセイバーに自分の名前を教えただろうか、と。
「よぉ。このまま出てこなかったらどうしようかと思ったぜ」
土蔵の外では槍を手にした青い騎士が、いかにも退屈ですと書かれたような表情で待っていた。
「私も気の長い方では無いのでな。しかし朝まで待たせるのは愉快でよかった」
「ケッ。そん時は帰らせてもらったさ。 さて念のため確認するが、セイバーだな」
「見ての通りだ、ランサー」
青い騎士……槍兵(ランサー)の声に応じるように、剣士(セイバー)は不敵に切っ先を上げた。
一触即発。触れれば切れそうなほどに空気が張りつめていく。
「フッ!」
小さな掛け声とともに仕掛けたのはセイバーだった。黒い刀身を舞わせ、烈風のような一撃をランサーの頭上へと見舞う。
一方のランサーも槍を踊らせ烈風の一撃を弾き返した。剣を弾くやいなや、その槍をまたたく間に手元へと引きつけ、反撃の槍を突き入れる。
「いいねぇ! 流石だぜセイバー」
自らの槍が黒い剣に打ち払われる様を見ながらランサーは笑っていた。その間にも再びセイバーの剣が振るわれ、槍と打ちあって火花を散らす。
黒い閃光の剣が、赤い稲妻の槍がそれぞれ一閃するたびに、刃音が大気を震わせ火花が散って俺の目をくらませた。
剣が槍を、槍を剣が打ち払うこと数度。めまいのするような攻防が続く。
「まったく、これではおもわず本気を出したくなってしまう」
「こっちは一向にかまわねえ、おっと」
軽口を叩くランサーに向けてセイバーは一瞬その金瞳を細めると、漆黒の刃を連続で振るった。
それは暴風のような連続した剣撃。しかもその一撃一撃が必殺。相手がただの人間であれば百度殺してもあまりある剣の風。
しかし青い槍兵もまた尋常の人では無い。その剣の風のことごとくを受け流し、打ち払い、あまつさえ反撃すらこころみる。
夜の闇の中で剣が舞い、槍が踊る。それなのに今に至るまで、剣を、そして槍を振るう双方の体はおろか鎧にすら、一片の傷もついてはいない。
キィンと、ひときわ高い金属音が鳴り響き、セイバーとランサーが互いに距離を離した。
涼しげな表情を浮かべたセイバーとは対象的に、地に降り立ったランサーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「邪魔が入るようだな、ランサー」
「まったくだ。空気読めよあの野郎」
吐き棄てるように言って、ランサーは槍を下ろした。セイバーも応ずるように剣を引く。
「で、そっちも剣を引いたということは、この場は分けってことでいいか」
「異存はない。こちらとしてはシロウ……マスターに手を出すつもりが無いのならば追うつもりもない」
「いいだろう。そうそう、次のヤツは俺と違って根性ひん曲がってるから気をつけな」
セイバーがククッと笑い声を漏らすと同時に、ランサーが後ろへと跳んだ。庭の隅、塀の上へと着地する。
「じゃあなセイバー。次は本気でやろうぜ」
青い影はそれだけ言い残して、虚空へと消えた。
「ふうぅ」
俺はそれを見届けて、ながらく緊張していた神経を解き放った。今日何度目かの死からの解放。脱力感が体に広がって行く。
「シロウ、呆けている暇はないようです」
「え?」
セイバーの声に引かれ、顔を上げた俺の目に映るものは、赤い外套をまとった見覚えのある少女と、二刀を構えて侍立する銀髪の男だった。
「遠坂、凛」
学園のアイドル。そして同級生。俺がひそかに憧れていた人。遠坂凛。何故彼女がここにいるのかと、そんな驚愕を含んでいるのが自分でも分かる声。
「ええ、こんばんは衛宮くん」
そして、その赤い少女は俺の声を聞いて、その艶やかな紙を揺らして微笑んだのだった。
「じゃあなに? あなた素人?」
驚愕してから20分ばかり後、なぜか俺は散らかった居間でくだんの遠坂凛を相手にお茶などいれていた。
ちなみにほんの数分前まで二刀の銀髪と切った張ったの白兵戦を繰り広げていたセイバーは、俺の隣でお茶受けのまんじゅうを食べている。
当然、この場に緊張感など欠片もない。
「む。強化くらいは使える」
「強化? また半端な術を使うのね」
私はあきれています。といった感じの遠坂。そのままお茶を一口すする。
「工房も持ってない、術も初歩。それじゃあ聖杯戦争が何かも知らなかったりする? やっぱり」
「知らない」
俺はさっくり言い切った。目の前では、遠坂がなぜか盛大に脱力してテーブルの上に髪を広げている。
「なんで……こんなのがセイバー引いちゃうのよ……」
「ええと、遠坂?」
「なによ」
顔を上げた遠坂の目つきは、鬼も逃げ出しそうだった。
「その、説明してもらえると嬉しいんだけど」
「はぁ……」
遠坂は首を左右に振った。ここまで徹底してあきれられると、自分が悪いことをした気になってくる。
「そうね。相手が無知なのもフェアじゃないし、仕方ないから説明してあげる。感謝しなさい」
俺がうなずくと、遠坂は一度咳払いをして場の空気を改めた。自然、俺も姿勢を正す。
「聖杯戦争。これは七人の魔術師と彼らに召喚された七騎の英霊による、万能の器、聖杯の争奪戦よ。七人の魔術師が私と衛宮くん。七騎の英霊、つまりサーヴァントが私のアーチャーとあなたのセイバーね」
「ちょっと待ってくれ。英霊って大昔の英雄だろう? そんな大それたモノを召喚する技術、俺は持ってないぞ」
「知ってる。今はこの冬木市全域にその召喚と維持を可能とする魔術が施されている、ってことで納得して」
詳しい説明は端折るわ。と遠坂は続けた。もっとも、詳しく話されても俺に理解できるかははなはだ疑問である。
「それで、その七人と七騎による殺し合い、それが聖杯戦争よ」
「え?」
まるで、当たり前の、例えば数学の公式でも教えるように、遠坂はそんなことを言ってのけた。
同級生の口から出た、殺し合いという言葉を俺の頭が理解するまでにはしばらく時間を要する。
「……でも俺は、そんなもの要らない」
ようやく、それだけを返答することが出来た。声が震えているのが自分でも分かる。
「でも衛宮くんはともかく、聖杯を欲する魔術師はいるわ。そして私もその一人。ああ、それとも衛宮くんは黙って殺されてくれる?」
「っ」
もしも、そう仮にでもここでうなずけば、遠坂は本当に俺を殺す気がした。背中に冷たいもの、そう今日何度も感じた冷たさがよみがえる。
その冷たさでようやく、俺は自分の命が綱渡りの綱よりも不安定な場所に置かれたことを小なりとは言え実感した。
「それに、聖杯を求めるのは魔術師だけじゃないわ。英霊たちも聖杯が欲しいから召喚に応じるの。聖杯はいらない、黙って殺される。なんて言ったら、敵より先に自分のサーヴァントに殺されるわよ」
「ああ、私はそんなものいらないが」
「ほらね……はい?」
それまで黙っていたセイバーが唐突に発言し、遠坂の目が点になった。
「聖杯などいらない、そう言ったが?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! それならなんで召喚に応じたのよ!? しかもこんなへっぽこに!!」
小首をかしげながら淡々と答えるセイバーに怒気を発する遠坂。そして最後のは関係ないと思うんだ。
「ふむ、聖杯などいらないが、そうだな召喚に応じる理由は別にあった気がする」
「なによそれ……」
かなり本格的に頭を抱える遠坂凛。俺の中にあった学園のアイドルとかそんな感じの単語に、鉈でも叩きつけたようにヒビがはいっていく。
……ちょっと前からビッシビシとヒビが走っていたのは置いておこう。
「召喚される前までは覚えていたはずなのだがな」
「あ゛ー」
遠坂脱力。再びツインテールがテーブルの上に広がった。テーブルに突っ伏しながら小声で、そうか適当な召喚だったから記憶に障害が、とかなんとか言っている。
「まったく、それでなくてもこっちは厄介ごと抱えてるのに……」
「? 何か言ったか?」
遠坂はなんでもないわよと言いつつ立ち上がった。そして居間にはいる時に脱いで、かたわらに置いてあった赤いコートを手に取る。
「大雑把に話したけど、詳しい説明は聖杯戦争の監督者がいるから、そいつから受けたほうがいいわね」
「ああ、分かった。あ、帰りは一人で大丈夫か?」
そういえば、遠坂にはあの銀髪……たしかアーチャーが付いてるんだった。襲ったやつが不幸かもしれない。
思い出しながら顔を上げると、遠坂は怪訝な表情を俺に向けていた。
「なに言ってるのよ。これからすぐに行くわよ」
「え? いや、でも時間……」
「いいの。綺礼のやつはこれが仕事なんだから、二時でも三時でもたたき起こせばいいのよ。それに場所は新都の教会だし、言って帰っても大した時間はかからないわ」
時計を見上げると、時刻は日付を更新するまであとわずかな時間を残すのみだった。遠坂がそれほどまでに言うのならば、かまわないのだろうが、誰かを訪問するには少々常識外れの時間帯ではある。
「それにしても教会か。確か聖堂教会は魔術教会と対立……ああいや、その監督者って人は元々《こっち》の人間なのか」
そうよ。とうなずく遠坂に俺も納得して腰を上げた。セイバーも俺に続く。
玄関に鍵を下ろして振り向けば、昨日までの平穏にはもう戻れないと、そんな不吉な印象が頭を掠めた。
俺はそれでも赤いコートをまとった少女の後を歩いて行く。冬の夜風が身にしみた。
静謐な空気をたたえる教会の礼拝堂。そこには今、俺、衛宮士郎を含めて三つの人影が存在している。一つは長椅子に腰を下ろした女性で、これは当然遠坂である。
そして、もう一人。やや癖のある黒髪と黒い瞳をもつ背の高い男の姿があった。
言峰綺礼。
それが、そいつの名前である。職業は神父。
ただし、この男が筋骨隆々とした体型から見られるような体育会系でも、ましてやその身にまとった法衣のとおりの慈悲深い神父ではないことは、さきほど聖杯戦争の説明を受け終えた俺が保障する。
「選ぶがいい衛宮士郎。聖杯を手にするべく戦いにその身を投じるか、それとも令呪を捨てるかを」
背筋を伸ばし開いた本でも持つように左手を上げながら、言峰は無表情に俺を見下ろしていた。
令呪。
それは俺の左手に現れた刻印の名前であり、聖杯戦争に参加する魔術師の証である。それは己のサーヴァントに対する三回限定の絶対命令権で、この呪を持ってすればそれが命令である限り、サーヴァントは空間の跳躍すら可能であるらしい。
そして令呪の放棄は、聖杯戦争の放棄を意味する。なるほど、少し前の俺ならさっさと放棄してこんなばかげた殺し合いから手を引いたはずだった。
しかし……。
「令呪は放棄しない。俺は聖杯戦争に参加する」
俺の宣言に、言峰はわずかに表情を変えた。さげすむような、あざ笑うような、喜悦を含んだ薄い笑みを浮かべる。
「参考までに、なぜ参加する気になったのかを聞かせてもらってもいいかね」
「聖杯に興味はない。だけどそのために誰かを犠牲にするようなやつがいるなら、俺は」
正義の味方は。
「俺はそいつを止める。そのために令呪が必要なら、俺は捨てない」
戦いを止めるために戦う、犠牲を少なくするために敵を倒す、それは矛盾しているのかもしれない、間違っているかもしれない。
でも、俺はジッとしていることが出来なかった。無関係の血が流されることを、ただ傍観することは苦痛だと思った。
だから、剣を取る。
「いいだろう。衛宮士郎を七人目のマスターと認める。これにより、第五時聖杯戦争は受理され、冬木市における魔術戦は許可された。もてる技を尽くし、存分に戦うがいい」
どこか芝居がかった仕草で言峰綺礼は宣言した。聖杯戦争の開戦を。
聖杯戦争。果たしてその中で俺に何が出来るのか、不安はある、迷いもある、だけど不安を感じているひまも、迷っている時間もないのだと、この神父は俺に言っている。
「さて、今夜はもう遅い。よければ泊まっていくか?」
「遠慮する。俺はあんたの近くを一刻でも早く離れたい」
「それに関しては同感ね」
遠坂もそう言って長椅子から立ち上がった。自嘲するように表情を変えた神父をしり目に、固い床を踏みしめて外への扉へと向かう。
「凛。少し待て」
「なによ?」
扉の前まで来た時、唐突に言峰が遠坂を呼び止め、俺もそれに釣られるように振り向いた。言峰の表情は最初の無表情に戻っている。
「昨日の件で話がある」
「どれのこと」
「人形だ」
そう、と呟いて遠坂は腕を組んで難しげな顔をした。人形。その言葉に思わずどきりと心臓が跳ね上がった。
もちろん無関係である可能性もあるが、俺にとって覚えがある、どころのはなしではない。
「衛宮くん、そういうことで綺礼と少し話があるから先に外で待ってて。先に帰ってくれててもいいわ」
表情を変えず、何かを考えるような仕草のまま、遠坂は俺にいった。
俺は……
最終更新:2008年01月17日 23:45