965 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/02(水) 20:09:07


「貴方のような怪しげな男にお会いさせる訳にはいきません」
「………………」

 予想外の言葉に思わず唖然となる。よもや否応なく拒否、とは……。
 呆然と佇む俺を尻目におばさんはさっさと扉の内側へ帰っていき、門前にはポツリとむさい男だけが残された。そんな俺を虚仮にするかのように、砂を含めた突風が顔面を叩く。
 突如として白紙となった予定に対応が追いつかない。意気高らかに会えることを前提にして向かったというのに、これは出鼻を挫かれてしまった。久しぶりの再会を楽しみにしていたこともあってか、受けた衝撃は深く重い。
 とにかくこのまま立ち尽くしていても仕方があるまい。コーネリアさんは後で会うとして、まずはグンパを訪ねることにしよう。確か鉱山区に居を構えていた筈だ。

「でも鉱山区って行ったことないんだよな。ガルカの居住区だっけ? どんな場所なんだろ?」

 涎に入り混じった砂を吐き出し、歩を彼方に掛かってある橋の方へと向ける。川から反射された紫外線が肌を軽く焼いた。
 そうして微かな期待を抱いてゲートを潜った先には、しかし先ほどの商業区の余裕と趣向を併せ持った造りは一切存在せず、いたって簡素な、ともすれば貧乏と形容されても仕方のないみすぼらしさが広がっていた。粗悪な木造りの家に、古ぼけたなタイル。そして作業場と思しき足場が住居のすぐ傍に建てられているではないか。思わぬ現実に真珠となった目が戻らない。

「小僧。お前、ヒュームか?」

 いきなり呼びつけられた声に慌てて体を向けると、岩のような巨体が日を遮りながら立っていた。ガルカだ。深い皺を刻んだ顔に、つるはしを抱えた圧倒的筋肉。泥塗れの体から発せられた覇気は警戒を促すのに十分な迫力であり、こちらも呼応して体内の魔力回路を起動し身構える。

「今日は嫌な日だな、オイ……。ここにヒュームなんぞが迷い込んで来るんじゃねえ! 身ぐるみ剥がされたくなかったらとっとと出て行きやがれ!」

 男の怒号は一方的であり、口調には俺に対する蔑みすら含まれていた。
 訳がわからない。俺がバスに住んでいた頃は、こんなこと起こらなかったのに。どうすればこの場合ベストなのか。
 混乱して動けずにいる俺を挑戦と捉えたらしいガルカは、大木と見紛う巨足を前へと踏み出した。マズイ、喧嘩になっちまう。
 こちらもやむを得ず拳を構えた時。

「まあまあ、そんなカッカしなくてもいいじゃん」

 すぐにも殴り合いが始まろうとする剣呑な空気は、割って入った少年によって四方へと掻き消された。少年の小さな顔と声は、俺の探し人の一人と一致していた。

「お前、グンパ……」
「なんだグンパ? ヒュームの肩持とうってのか?」
「そんなんじゃないけどさ。ガルカの猛者ダイドッグがこんなペーペーを相手にしなくても、と思ってね」

 半年間鍛えに鍛えた俺をペーペーと評する彼に苦笑する。妙に小生意気な口調は俺の知っているグンパのそれであり、おかげで頭を占めていた緊張は霧散し改めて帰ってきたのだという実感がふつふつと湧き上がった。

「ふん、相変わらず調子のいいガキだ……。まあいい、今後は気をつけることだな」

 小賢しい態度に目の前のガルカも毒気を抜かれたらしく、決まりの悪そうな顔をして何処へと去っていった。
 巨体が壁を曲がり見えなくなってようやく固まった筋肉は弛緩し、回路に流れていた魔力は正常量にまで治まる。強化を使えば勝てない相手ではなかったにしろ、それでも誰かを無闇に傷つけることがなくて本当に良かった。

「ありがとう、グンパ。お礼を言いに来たってのに、出会い頭で助けられちまったな」
「フ、兄ちゃんが元気だってわかっただけで儲けものだよ。久しぶりだね。手紙もくれないものだからみんな心配していたんだよ?」

 思わぬトラブルに見舞われたものの、それでもかつて情を分け合った者との再会は、暖炉とシチューの組み合わせに勝るとも劣らぬ温かみを与えてくれる。知らない世界に放り出されたからこそ、この貴重な出会いを噛み締めるように味わった。

「とにかく僕の家に行こう。また絡まれたら面倒だしさ」

 少年の案内に沿い、小さな古ぼけた小屋へと招待される。やはりここも他の家と同じく簡素な木造りの家で、贅というものが微塵も感じられなかった。先ほどから感じていた戸惑いが、ここにきてますます確かなものへと変化していく。

「なあ、グンパ。俺はバストゥークで大体一ヶ月くらい生活していた訳だけどさ、ここ鉱山区ってどういうトコなんだ? 俺の知っているバスとは違和感が離れないんだが……」
「それは…………」

 閉ざされた口は重く堅く。自分達以外の種族に語るべきか。俯いた顔は何も答えない。
 はぐらかす、という意味ではないのだろうが、ドアを開けた手は恭しく先を示し、客人をもてなすべく道を譲っていた。とりあえず入れということか。
 軽く鼻息を吹き出し、ありがたく上がらせてもらうことにする。

「お邪魔しま……――――――――っ!?」

 途端。
 暗黒が全身を冒し尽くす。
 それは『この世全ての悪』とは似て非なる別種の闇。
 悲しみ、憎しみの底にある業……。誰もが抱える負の心を背負うことが義務付けられた存在。
 振り返らない。省みない。
 ――――決してその先に希望はない。

「……はっ、はっ、はっ、はっ…………」

 見ればいつの間にか片手には螺旋剣が握られ、周囲の景観は3秒前よりも1メートル弱ズレていた。頭からは大量の汗が流れ落ち、口内にあった水分は一瞬で蒸発した。
 俺はこの螺旋剣で何をするつもりだったのだろう?
 ――――誤魔化すな、わかっている。
 俺は………………■られる前に、■■。
 強化した眼で中を覗けば――――全身を『黒』で包んだ異形の騎士が佇んでいた。



Ⅰ:我が骨子は捻れ狂う
Ⅱ:逃げる
Ⅲ:ご愛読ありがとうございました! プリンセス士郎


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最終更新:2008年01月19日 23:04