902 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2008/01/24(木) 04:58:36
間合いを詰めて攻勢に出る。
無謀と分かってはいる。
だがここは接近戦の一手だ。
距離を開き相手の出方を見るの手もあるが、この場合難しい。
相手は剣を握っているが距離を開いて戦うことも可能なだけの武装を備えている。
ここで距離を開けたことを切っ掛けに中距離戦闘に徹せられれば活路はまず無い、そう判断したが故の接近戦。
初撃の突きを左の陽剣で受ける。
刺突の一撃ならば刀身で受け流せば身体を貫くことはない。
「ふっ!」
受け流すと同時に踏み込み、右の陰剣で無防備となったその身を突く。
だがその一撃は空を切る。
莫耶の刀身はカポーテの上を滑るように擦過する。
そうとしか思えぬ動きで莫耶の一撃を回避する。
そして踏み込んだ一歩が死線を超えさせたのか、マタドールの剣が再び突き出される。
突き出されたはずの一撃はいつ戻されたのか、初撃と等速であるはずの突きは、只一歩の踏み込みによって不可避の一撃へと変貌した。
心臓を狙う一撃は、だがそれでも眉間へ直撃はしない。
回避行動の結果、抉った先は左鎖骨。
砕けることはなく、刺突の一撃はあっさりと鎖骨を抉り取った。
激痛が走り、左手から干将を握る力さえ失せる。
だがそれで終わりではない。
激痛を知覚するとほぼ同時、次の刺突は放たれていた。
続く一撃は頬から首筋を貫通し、鮮血が吹き出す。
連撃を受けながら、一つのこと、その剣の氏素性を理解した。
本来それは只の刀剣でしかない物だ。
名工が為したわけでもなく、鋳物の剣でしかない。
だが、その剣の鉄は、長く、永く闘争の場に存在していた。
時に獲物の血を啜り、時に所有者の血に塗れ、折れ飛ぼうと再び鋳型に流され、戦場へと戻る。
それを続けたが故の闘争の呪い。
獲物を突き抉ることに限り、その剣の切れ味は英霊の武器に匹敵する武装だと、この空間に於いても有効すぎるほど有効にその威力を発揮する武装だと、己の身を抉られながら、その事を只理解した。
だがそこに焦りはない。
一人では勝てぬ相手でも、今は桜がいる、仲間がいる。
その事が、流れ出る血液さえも忘却させて安堵させる。
その安堵が、ともすれば抜け去ってしまいそうな両腕に力を与えていた。
ほぼ無詠唱の魔術が連続して放たれ、鉄球を迎撃し、その主も狙う。
純粋な魔力量であれば既に一流の魔術は、その実完全に抑え込まれている。
敢えて威力の強弱を付けて放たれた魔術は、大小の鉄球を組み合わせて完全に防ぎきっている。
それどころか、敵であるマタドールは精妙な動きで士郎を攻撃しながらも盾にするかのように軽快にステップを踏み続ける。
残念ながらそれに追いすがり有効打を放つことは出来ず、鉄球を迎撃することに専念させられていた。
だが、そこに悲愴さも焦りもない。
一人で正対すれば勝ち目はなかっただろう。
だが、目の前には愛する人が居る、知り合ったばかりではあったが、友人となった人が居る。
その事実が、挫けてしまいそうな心を蹴り飛ばし、力を与えている。
その力が、術の精度も、威力さえも上げているような、そんな感覚があった。
時に予想以上の威力を発する魔術が、時に鉄球の防御を弾き飛ばし、マタドールの回避運動を強制させ攻撃を制限し、そのことが士郎の更なる攻勢を可能としていた。
そこにある感情は紛れもなく歓喜。
圧倒的に追い詰められ、抉られ、防がれる。
それでも、戦えているという歓喜の感情があった。
その膠着がどれほど続いたろうか。
「……『良い』な、君達は」
優勢でありながら攻め潰せぬが故の方策か、それとも真に思うその感情を体内に留めることを良しとしなかったが故か、攻勢を緩めることなく言葉を発する。
それに対応する余裕など、二人には存在しない。
「不利を自覚しようと、その身を抉られようと、互いを信頼し、力を発揮し続けている……闘争の場には不要の感情とも思うが、なるほど、そのような道もあると言うことか」
マタドールは笑う。
「確かにそれもまた闘争に必要な素質だ……そこに関して言えば私以上かもしれんな」
鮮血が二人を染め上げ、それでも両者の剣は止まることなく敵を狙い続ける。
「だがそれとて、私と正対するのは早すぎたな!」
士郎の目前でカポーテが視界を塞ぐ。
剣を警戒し、半歩下がる。
だが、視界に現れたのは明らかに剣ではない。
認識できたのはそこまで、何かを探る暇も有りはしない。
カポーテを振り払うように、その影から鉄球が飛び出し、士郎を直撃する。
右胸部を直撃した鉄球は骨を砕き潰すようにその半ばまでを身体に埋め、その身体を弾き飛ばした。
桜が叫び、その視界を横切るように横飛びになって吹っ飛んでいく。
その事実を理解するのに十分なほどの時間の後、地面に叩き付けられる。
常ならば脊椎を破壊されて良くて戦闘不能、悪ければ死んでいただろう。
だが、ここは通常の物理法則の薄い世界である。
『身体は……まだ動く』
ギチギチと全身が歪んだような感覚はあったが、それでも立ち上がる事は出来た。
桜の方に歩き出そうとしていた男の足が止まる。
「ほう……」
感心したかのように男が向き直る。
「今ので決まったと思ったがな、君は余程強固な何かを持っているらしい」
右腕の莫耶を握り直す。
左の干将も握り直そうとして、その手に無いことに気付いた。
……どうやら弾き飛ばされたときに落としたらしい、地面に転がっていた。
「嬉しい事だ、とんだ小物とも思ったが、どうやら君は大当たり、虎の子だったらしいな、希有な才覚の持ち主か、それとも……その年で余程の修羅場でも潜ってきたのかな?」
嬉しげに剣を振る姿は、まさしく戦闘狂のそれだ。
「数年後にまた相対したいとも思うが、残念ながらここは闘技場ではない……止めを刺させてもらおうか」
ゆっくりと、まるで僅かな回復を待つかのように歩いてくるのが見える。
そこにあるのは油断ではなく、愉悦なのだろう。
戦える限り戦え、とでも言いたいのか。
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最終更新:2008年01月27日 21:43