97 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2008/01/31(木) 04:30:48
青年が青銅の槍にて刺し貫かれて、戦場に横たわるは、まことにふさわしきものなり。その死においては、一切が正しきものに映るなり――ホメロス
莫耶を逆手に構え、じりじりと右へ、桜の方へと歩いていく。
「……なるほど、なるほど」
その意図を察したのか、男は笑いを浮かべながら逆へと歩いていく。
円を描くような動きで桜を背後に庇う位置に付ける。
「これで文句はあるまい? 誰かが気になって戦えぬ、というのも妙なことだが……それで戦闘力が下がっては元も子もない」
その全力を叩き潰してこそ最強に至る道はあると続け、カポーテを振る。
「さあ、君のその礼装で突いてきたまえ、背後の者と生きるために出来ることはそれしかないぞ?」
(……先輩)
その時、桜の手が背中に触れ、頭の中に桜の声が響く。
これは接触型の念話か。
(振り返らずに聞いてください、正直な話、あの人に勝てますか?)
(正直、厳しい相手だな、足止めが精一杯で、今生きてるのが不思議なくらいだ)
(だったら……作戦があります)
振り返らず、注意を正面に向けたまま桜の言葉を聞く。
それは乱暴な策だが、勝利の可能性を跳ね上げるだろう。
どこかでそう考えるが、桜の身体が問題だ。
試したことのない事だし、そしてここは現実と似通ってはいるが違う世界だ。
仮にそれであの男に勝ったとして、桜の身体や心が持つのか、考えるべき事は山ほどある。
だが、今のまま戦っていても展望が見出せるかと言われれば、そこには疑問符が付くか、否と言われるかだろう。
(分かった……でも無茶はしないでくれよ? 桜が無事じゃなかったら……その、なんだ、困るし)
素直に言葉を告げられない自分に溜息が出る。
(任せてください、絶対無事に帰りましょう)
背を向けたまま、絶対見えないはずなのに、背中越しに感じた温かさだけで、桜の極上の笑顔を幻視した。
『……ほう、何か企んでいるようだが、上手く行くかな』
努めて冷静に、クロード・シュバリエは敵である少年少女の能力を分析する。
まず少年の能力。
礼装と覚しき剣をどこからか取りだした能力、恐らく工房からの転送であり、ただ一対の武器のための魔術では無駄が多すぎることから幾つも存在すると考えておいた方が無難だろう。
礼装そのものは能力を発現させていないが、幾つかの刻印が見えたことから考えれば、恐らくなにかの能力を有するタイプ。
少なくともこの空間に於いても剣としての性能を失っていると言うことはあるまい。
剣術に関して言えば並の闘士にやや勝る、と言ったところだろうか、こちらの攻撃をきっちりと受け止めてくる。
剣にさえ注意を払えば驚異度はそう高くはない。
次に少女の能力。
少なくとも鉄球を弾き飛ばすだけの攻撃型魔術を連続して使用可能なだけの魔力を保有しているが、魔力を術へと変換する効率はそう高くはない。
だがその鉄球を弾き飛ばすだけの魔術というのが尋常ではない。
礼装『死招きの鉄球』は一つ一つに魔術師の肉体を焼き入れた礼装だ。
世界各地で伝承される、身を炉にくべた呪鉄の逸話にヒントを得た我が祖は戦に勝利する度、そしてその身が滅びる度に新たに鉄球を作り上げた。
その身に込められた魔力を内蔵した鉄球を操作し、攻防を一体化させた鉄球を弾くだけの魔術、それは言うなれば魔術師を吹き飛ばす事さえ可能な力と言うことに他ならない。
驚異度としては遙かに少女側が上だろう。
はてさて、どちらを中心に据えた攻撃か、本来ならば迷いべきところかもしれないが、迷うことはない。
「だがそれもよし、だ」
どちらが来ようと、戦闘の終結は近いという予感がある。
敵は追い詰められており、窮鼠が猫を噛むか、それとも、ただ蹂躙されるに終わるか。
戦いにおいて、歓喜の内に勝利するが最善なれど、歓喜の内に死ねるなら、それもまた良し。
そんなことを考え、笑みを浮かべたままに第一歩を踏み出した。
魔力を込め、莫耶を投擲する。
投擲されたそれは、円運動を描きながら空を舞う。
「勝負を捨てたかッ!」
だがそれが届くよりも早く、素手になったのを見て取って一気に距離を詰めてくる。
それがまず第一手。
タイミングを合わせた背後からの連べ打ちが周囲の鉄球を薙ぎ払う。
「投影――」
左手に干将を投影し、こちらからも距離を詰める。
桜に全幅の信頼を置き、連べ打ちの後も尚残る鉄球を完全に無視する。
あくまでこの策の主役は桜である以上、ここは全力で敵本体の足を止める――!
心臓目掛けて突き出された刺突剣を干将で受け止める。
「だが只の剣では!」
高々と掲げるように振り上げた剣を、更に投影した莫耶で受け止める。
ぎちりと脳が歪む。
「ふっ!」
跳ね返された勢いをそのままに、高々と跳び上がった男が、空中の鉄球を蹴りその勢いを反転させる。
頭上を取るという、陸戦では有り得ぬ制空権の確保。
だがそれとて想定の内。
男の周囲を守る鉄球は残り三つ。
内二つを目掛け、双剣を鉄球目掛けて投げ付ける。
命中した鉄球は怯むように男から離れていく。
刺突が迫る。
狙う先は左肩、鎖骨から垂直に突き入れれば心臓までは凡そ20センチ、それを通されれば死は免れない。
空中の敵は何処までも驚異だが、最後の鉄球を蹴飛ばした以上、行動の自由は無い。
投擲した莫耶が手の内に戻る。
「なっ……!」
元より投擲は弧を描いて手の内に戻るべく放たれた物。
敵の刺突を肩で止める。
僅かに莫耶が肩に沈む。
その勢いを受け止めながら、前へと跳ぶ。
刺突の勢いは残り、その跳躍は捻れ、無様に地面に投げ出される。
だが、ここに策は為る。
男が着地した瞬間、桜が呪を結んだ。
「Es flustert――Mein Schatten löscht den Boden!」
「!」
非現実に侵食された空間が、更なる非現実に侵食される。
瞬時に地面が闇に侵食され、男を飲み込む。
カポーテを翻し、己が周囲に残る最後の鉄球に叩き付け、地面より離れ、飲み込む対象が消えた闇が消え去る。
「させるかっ!」
地面に残る干将を拾い上げ、背後より攻め掛かる。
それを回避する事など出来はしない。
干将が右腎臓を刺し貫く。
舞い戻る鉄球を回避し、男から離れる。
位置を見れば挟み撃ちの形。
だが、近接戦の心得のない桜を曝してしまっているこの状況は危険だった。
桜も今の魔術で消耗している。
自らの暗部を現実にしたそれは桜の悪夢そのものだ。
トラウマの自ら引き出す魔術など、正気の沙汰ではないが、桜はそれをやりきった。
桜を守るためにも、こちらから攻めなければ……?
そう考えた直後、音が聞こえた。
世界を超えるような、狂気が生んだ音が。
「やるな……だが、まだだ!」
「いや、お前の負けだ」
冷静に告げる。
聞こえてくるのはロールスロイス・ガスタービンエンジンのエキゾーストノート。
その正体は考えるまでもない。
最高速のままに機体から何かが飛び出す。
カタパルトで撃ち出すような勢いでもって、桜と正対していた男に向けて飛び掛かる。
その正体は考えるまでもない。
「ライダー!」
ダメージを受けていたと言うこともあるのだろう。
初撃こそ三つの鉄球で防がれたものの、鉄球を弾き飛ばした次の蹴りでその身体を吹き飛ばす。
魔力を込めた一撃は、男の身体を弾丸と変えて建造物を貫通し、視界の外へと吹き飛ばした。
だがその事を考える必要はない。
優先されるべき事は幾らでもあった。
「サクラ……無事で良かった、遅れてしまって」
ライダーが桜の元へ走り寄り、抱き寄せる。
その様子は友情とも愛情とも違う、万感の思いが込められているように見えた。
「大丈夫、先輩が守ってくれたから」
「……ライダー、済まないがもう一戦頼めるか、すぐ向こうで名城が戦ってる」
十字路で遮られ、姿こそ見えていないが、戦いの様子は見て取れていた。
戦斧が振り下ろされ、爆発し、炎が燃え上がる。
「ええ、分かりました……シロウ、感謝します」
「礼を言われる事でもないって、それよりも、急ごう!」
頷き、走り出す。
幸い距離は長くはなく、十字路を曲がる。
視線の先では――
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最終更新:2008年03月06日 22:58