411 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/01/06(日) 11:48:07


 桜の願いに反し、夢は続いた。夢はただ、酷薄に記憶を見せつけていく。
 ――彼女が去り、桜は遠坂家の跡取りとなった。
 だが自分には才能がない、と思った。きっと時臣もそうだったろう。
 鮮やかな才気も、全てに理解を示す理知も、あらゆるものを扱う雄大さも、桜には無かった。
 いくら時臣が教授しようとも、桜は初歩の魔術ですら覚束ない。
 それでも時臣が桜を責めることはなかった。それどころか、桜に出来そうな魔術を次々に教えてくれた。だが結果は無残だった。
 自分に遠坂の魔術師たる資格はない。何度も桜はそう思った。なにしろ一年を費やし、習得したのは強化の魔術ぐらいのものだったのだ。
 しかし後継者を降りるとは口が裂けても言えはしない。自分がこの家に留まるための犠牲を知っていたからだ。
 出口のない日々だった。だから言峰綺礼という男が時臣の弟子だったことに不満などなく、むしろ安堵していた。
 もし桜自身が名を残せなくても、綺礼という優秀な弟子のおかげで、時臣の名が貶められることはない。なら桜に慕う理由こそあれ、反発する理由はなかった。
 そんな桜の思いを知ってか知らずか、時臣は真摯に桜を導き続けた。だが桜はそれに応えられず、忸怩たる思いを深めるばかりだった。
 ある晩餐の後、時臣は母の実家に行けと言った。これから大いなる儀式があり、時臣と綺礼はそれに挑む。後顧の憂いを断つために桜と母の葵は退避するべきなのだと。
 結論から言えば、それが遠坂家の最後の団欒だった。時臣は儀式から帰ることなく死んだ。葵は『葵ではなく』なった。
 唐突に家族は消えていった。桜が戻ったとき、屋敷は無人だった。桜一人では、屋敷はあまりに寒々しかった。
 独りになったのだ。桜はそう思った。心に消えない影が射し込んでいた。
 しかし皮肉なことに、その瞬間に桜の才能は開花した。
「――mein Schatten.(我が影よ)」
 影の使い魔は自然に現れた。元々桜の中にいたのかもしれないし、何処からか引き寄せられたのかもしれない。
 確かなのは時臣があれだけ苦心して開かなかった蕾が、あっさりと開いてしまったことだ。それも、時臣という男の死によって。
 悲しかった。だが泣かなかった。何故あのとき涙が流れなかったのか。桜には思い出せなかった。

大:ガチャガチャとやかましい金属音で、桜は目が覚めた。
中:何かが肩に触れ、桜は目を覚ました。
小:桜の額に氷のような冷たさが触れてきた。
無:遠坂家の事情。【視点変更:遠坂時臣】


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最終更新:2008年01月27日 22:28