448 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/01/08(火) 20:20:52


 ――桜は知る由もないが、時臣は桜の才能を信じていた。
 時臣が桜を後継者としたのは、桜が遠坂に相応しい当主となるという確信があったからだ。
 しかし遡って言えば、時臣には桜を間桐の養子に出すという選択肢もあった。
 では、何故そうしなかったのか?
 姉妹の才能は拮抗していた。少なくとも時臣はそう考えていた。
 それだけなら、二人のどちらが養子に出てもおかしくはない。むしろ次女の桜を出すのが常道だろう。
 しかし理由はわからないが、時臣は考えたのだ。
 間桐の家に行けば、時臣が指導することは出来ない。一考すべきは、どちらが間桐に適しているのか、ということなのだと。
 遠坂は宝石魔術を特性とする。姉妹のどちらでも適応は可能だ。
 なら、間桐ではどうか。間桐の魔術は『水』属性である。
 姉妹の一方は『水』を含む五大元素を持ち、他方は物質世界に干渉できない架空元素である。
 結論は出ていた。
 貴族的性格の強い時臣は長女を養子に出すことに抵抗があった。だが娘たちの幸せに比べれば、何ほどのものでもない。
 養子に出すと言ったとき、娘は時臣の決定に唯々諾々と従った。
 利発で美しい、自慢の娘たちだった。叶うなら、どちらも手放したくなかった。
 しかし持って生まれた異能のために、姉妹には魔道以外の生き方が許されない。
 ならば、それぞれが一門の主たれるのは望外の結果だ。時臣は自身にそう言い聞かせていた。
 遠坂時臣は理性を重んじ、確固たる意志を持ち、遠坂の当主として、一家の主として、責任を放棄することはなかった。
 桜を後継者としたのは時臣である。だから桜の魔術の習得が遅々として進まなくとも、責めることはなかった。決めたのは時臣なのだ。
 そもそも桜の魔術属性は虚数。通常とはまるで異なる、異端な才能である。
 故に、桜の手本となる魔術師は恐らく現代に存在しない。誰よりもそれを痛感していたのは時臣だった。己の無力さに忸怩たる思いだったと言っていい。
 それでも時臣は娘の才能を信じて、いつ咲くとも知れぬ花を惜しみなく育て続けた。
 時臣は娘たちを愛していた。だからこそ、桜が桜自身に抱く不信感を取り除いてやりたかったのだ。
 そう。時臣はいつも娘の幸せを願っていた。それは親として、人として当然のことだろう。
 だが人並みの幸せを願う者が魔術師の家に生まれるということは、それ自体が既に不幸なのだ。
 遠坂時臣の最大の弱点は、魔術師然とした思考回路を持ちながら、一般観念を捨て切れなかったことだ。
 言い換えるなら、彼は人であるということを捨てられなかった。
 だから時臣は魔術師として根源を目指しながら、人間を信じてもいた。
 そして、仲間だった筈の男に呆気なく殺された。花開くのを見届けることなく、時臣の生には幕が下ろされたのだ。
 娘たちは、妻は、どうしているのか。時臣の今際の想念に、答えは返ってこなかった。


陸:桜の横で、少年は工具を振るっていた。【視点変更:遠坂桜】
空:桜が目を覚ますと、頭の軽そうな男子生徒が立っていた。【視点変更:遠坂桜】
海:桜の頭に軽い痛みが走った。【視点変更:遠坂桜】


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最終更新:2008年01月27日 22:29