70 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/20(月) 15:39
俺は、その瞬間——
「ねぇねぇ士郎、知ってる?」
夕食の後片付けも終わり、お茶を飲んで一服しているとき、何時もの調子で藤ねえに声を掛けられた。
「知らない。っていうか知ってるも何も、何が、を言わなきゃ分らないだろ」
それに俺も何時もの調子で返事を返す。
冷たいそれで、やけにニコニコしていた藤ねえの顔が途端不機嫌になるのも何時ものお約束だ。
「ぶー、なによぅ。せっかく凄いこと教えてあげようと思ったのに」
「気のせいか藤ねえ。おれはそれと同じような台詞を何十回と聞いたことがあって、そのたびにどうでも良
い豆知識を増やされ続けている気がするのは」
曰く、日本で最初に出された給食のメニューが何だとか、ビニールテープを使ったシールの作り方だとか、
この世で一番つまらないらしい駄洒落はセメントがどうのこうのこうのだとか。
たまに本当に役に立つ裏技的情報が得られることもあるのだが、大抵はそんな何の特にもならない情報で、
しかもどれもこれも何処かで見た事や聞いた事があるような内容だ。主にテレビ番組で。
「うぅ、士郎が冷たいよー反抗期だよー、お姉ちゃんは悲しいよー」
俺に冷たくあしらわれたり、自分の都合や立場が悪くなると直ぐによよよ、と泣き崩れるのもお約束。
……なのだが、このまま放っておくと泣きつかれてお腹減ったなどと言い出されるのもお約束なので、仕方
なく話を聞くことにする。
「分ったよ、聞くから。聞くからさり気無くトイレに行ってる桜の分の茶請けを盗もうとするのは止めてく
れ」
まるで忍者の如きしなやかな動きで伸ばされていた藤ねえの腕をぺしっと払い、桜の茶請けを遠ざける。
藤ねえは「ち——、腕を上げたわね、士郎」などとのたまいながら、今度は俺の茶請けに熱い視線を注いで
いる。
「で、その凄い事、って何なんだ」
茶請けを藤ねえから最も遠い位置へと移動させながら問う。
藤ねえは瞬間泣きそうな顔をした——なんでさ——が、それよりもおしゃべりをしたい気持ちが勝ったのだ
ろう。顔をにぱっ、と輝かせてテーブルの上に身を乗り出した。
「士郎はメドゥーサって知ってる?」
「あぁ、知ってる。確か蛇の髪と、その姿を見たものを石に変える醜い顔を持ったゴルゴーンの化け物だと
か何とかだろ。英雄ペルセウスに殺されるっていう」
どうやら今回の話は当たりらしい。
藤ねえの口からそんな言葉が出た事に少々驚きながらも、昔図書館かどこらで読んだ本の内容を検索して言
い返す。ゴルゴーンのメドゥーサってのはかなり有名なモンスターである。曖昧な記憶だけれど大体は間違
っていないはずだ。
「そうそう、メドゥーサはゴルゴーンの妖女って呼ばれて皆から恐れらてた怪物。
士郎の言ったことで大体合ってる、合ってるけどねー、ふふふ、肝心なところが欠けてるのよねー」
異様ににやにやしている藤ねえの様子と今の言葉から察するに、その肝心なところ、ってのが今回の凄い事
なのだろう。
別段メドゥーサにそれおほど興味があったわけでもないのだが、俺は何となくむしょうにそれが気になって、
「勿体ぶるなよ」と珍しく藤ねえを急かした。
「……えーとねえ、メドゥーサは元々綺麗な髪の毛と美貌を持った美少女で、エーゲ海の女神って讃えられ
ていた事もあるんだって。
けど、その美しさ故に他の女神の反感をかって、呪いをかけられて怪物にされちゃったの。
だからねメドゥーサはね、本当は怪物なんかじゃなくて女神様だったのよ」
何時の時代も綺麗な女は不幸よね、と藤ねえ。
付け足された最後の台詞を言ったときに憂いの表情を浮かべた理由はさっぱり理解出来ないが、俺は素直に
その話の内容に感心して驚いた。
正直、メドゥーサってのは神話に登場する化け物の代名詞みたいに思っていたので、まさかそんな伝承があ
るなんて知りもしなかった。
俺は心の中ですまん、メドゥーサと小さく謝って、「情報料ー!」などとのたまいながら俺の栗羊羹に手を
伸ばす藤ねえの頭に空手チョップをお見舞いした。
——先日のそんな出来事を思い出して、思わず、
「メ、メドゥーサ……って、あのエーゲ海の女神の……!?」
なんて、この場に不釣合いなこっ恥ずかしい台詞を大声で叫んでしまった。
71 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/20(月) 15:40
「あ————」
それで、しまった、って思ったときにはもう遅い。
慌てて口を手で覆ってライダーの顔を窺い見る。
いったい俺は何て台詞を口走ってるんだ、これじゃまるでミーハーか優男の口説き文句じゃないか……!
視線を遣ると、そこには、ほら、案の定「何を言っているのですか」っていうライダーの呆れた顔が——
「————え」
……ない。
ライダーは口をぽかんと開けて、俺風に言うと思考が停止した、という感じで固まっている。
無機質で無表情なライダーがそんな顔をするなんて少々吃驚……じゃなくて、今のは呆れらることはあって
も、驚かせるような台詞ではなかったと思うんだけれど。
「……ライダー?」
顔の前で手を振りながら——眼帯があるから見えるかどうかは判らないけれど——恐る恐る声を掛ける。
それでこちらの世界に戻ってきたのか、ライダーは、小さくはっという表情を作ると、瞬時にそれを引き締
めて恭しく頭を下げた。
「すみません、シロウ。……その、確かにそのような風に呼ばれた事もありますが、この地でそのような伝
承が伝わっているとは思っていませんでしたので」
「あ——、いや、いいんだ。俺の方こそいきなり変な——じゃなくて、……とにかく、驚かせて悪かった」
しどろもどろに言葉を紡ぎながら、ライダーに倣って俺も頭を下げる。
「いえ、シロウは悪くない。
悪いのは私ですが……シロウ、私は確かにそう呼ばれた時代もありましたが、やはり女神、などという大
それたモノではありません。
この眼にかけられた呪いの元凶は私。先ほども言ったとおり、生前の私は伝承にあるゴルゴーンの怪物、
と呼ばれても仕方ない存在でした」
「————」
無機質な声でそんな台詞をさらっと吐き出すライダー。
俺はそれに対して「そんなコトあるか——」と言い返そうとして、されど出来なかった。
確かに彼女は藤ねえの話のようにエーゲ海の女神、って呼ばれたこともあるけれど、ライダーの言うように
ゴルゴーンの怪物、って呼ばれて恐れられたこともあるのも事実だった。
それに、ライダーの声音と、彼女から醸し出される雰囲気が、この話はここで終わりです、と強く語ってい
た。
俺は「説明を再開していいでしょうか」という問いに、釈然としないまま小さく頷いた。
「……サーヴァントについてもう少し詳しく説明します。
私たち英霊は英霊であるが故に、シロウが私の伝承を知っていたように、その弱点を記録に残しています。
名前を明かす、正体を明かすという事は、その弱点を曝け出すことになります。
ですから私たちは先ほどに説明したとおり、聖杯が定めたクラス、そのクラス名で呼び合い、正体を敵か
ら隠します」
「なるほどな……だからあの時メドゥーサじゃなくて、サーヴァント・ライダーって言ったんだ」
「はい。しかし私がライダーと呼ばれるのはその為だけではありません。
先ほども説明しましたが、聖杯に呼び出される七騎のサーヴァントは、それぞれのクラス——役割に応じ
て選ばれます。
剣を得意とする英霊はセイバーとして、槍を得意とする英霊はランサーとして、といった風に」
なるほどなるほど、と納得して、そこでふと疑問が浮かんだ。
「……なぁ、ライダーってのは騎乗兵だろ。けれどさっきアイツ……ランサーと戦ったとき、ライダーは何
か釘みたいな短剣で戦ってなかったか? 騎乗兵ってのは大体馬か何かに乗って戦うもんだろ。……それに
メドゥーサが騎乗兵だったなんて話は————」
と、そこまで話して気がついた。
伝説曰く、メドゥーサはその最期、英雄ペルセウスに寝首を討ち取られてその生涯を終える。
そして死したメドゥーサの首の断面からは、天駆ける馬——ペガサスと、黄金の騎士クリュサオルが生まれ
でたと言う。
つまり、ライダーは。
「————ペガサスに乗って、戦うのか」
俺の脳内に翼の生えた白馬に跨って大空を駆けるライダーの姿が映し出される。
……その光景は、なんというか、その、非常にあれではあるが、それなら納得だった。
「ええ、その通りです。
——ペガサスは最高位の神獣に属する。こと騎乗——魔獣や神獣の扱いに関して、私の右に出るものはい
ないでしょう」
72 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/20(月) 15:41
「ですが、騎乗だけしか能が無い、というわけでもありません。
獣を乗りこなすだけでは戦いになりません。獣を乗りこなす者はその獣より強くなくてはならない。
筋力において私を上回る英霊はそうはいないでしょう。白兵戦においてもセイバーやランサーに引けを取
らない自負があります。
……しかし、同時に欠点もあります。
魔術の知識も少々ありますが、魔術師の英霊であるキャスターには到底及びませんし、アーチャーのよう
な遠距離攻撃も得意としません。それに加え耐久力が無いのもライダーのサーヴァントの弱点です。他の英
霊では何でもないような一撃が私にとっては痛恨の一撃になりうる。ライダーのサーヴァントの戦い方は一
撃離脱——敵の攻撃を悉く躱し、隙を突いて宝具で仕留める高速戦闘が基本スタイルになります」
真剣に語るライダー。
その言葉に嘘や驕りは無い。
証拠に、彼女は先ほど、その驚異的なスピードで以って槍の英霊——ランサーと互角に白兵戦闘をやっての
け、最後には槍の男が何事かを口走っている隙に今の説明どおり宝具で————って、そうだ。宝具、って
ヤツのことを聞いてなかった。
「ライダー、外でも話してたけど、その宝具、ってヤツはいったい何なんだ?
確かブレーカーが何とかを解除したとか言ってたけど、石化の魔眼はまた宝具とは違うのか?」
ニュアンス的には大体判るのだけれど、あの眼帯が宝具、って言われてもピンと来ない。
ライダーは俺の質問を受けると、ふむ、と小さく頷いた。
「ええ、私の魔眼は宝具ではありません。
これは私の体の一部ですので……そうですね、保有スキル、とでも言いましょうか」
「宝具、とはサーヴァントが持つ特別な武具のことを言います。
セイバーの剣、ランサーの槍、アーチャーの弓などが該当します。
基本的に英雄とはそれ単体では英雄とは呼ばれません。彼らはシンボルとなる武具を持つが故に、英霊と
して特化し、信仰され、崇め奉られます」
「幾多の戦場、生涯を共にしたソレは英雄と一つになります。故に、英霊となった者たちは、各々が強大な
力を持った武具を携えています。
それを”宝具”——マスターの切り札である令呪と並び、サーヴァントの切り札。
そして、最も警戒しなければならないモノです」
「————」
……宝具とは、その英霊が生前に持っていた武具だとライダーは言う。
けれど、
「じゃあライダーの宝具はあの釘みたいな短剣なのか?」
「いいえ、違います。
私の宝具は——この眼帯、魔眼殺し——自己封印・暗黒神殿≪ブレーカー・ゴルゴーン≫と、ペガサスを
操る手綱——騎英の手綱≪騎英の手綱≫、そして最後に、結界内に取り込んだものから生気や魔力を吸収す
る——他者封印・鮮血神殿≪ブラッドフォート・アンドロメダ≫の三つ。
どれも武具というより魔術道具に近いものがありますが、私のような英霊は稀でしょう」
「もう一つ宝具について付け加えますと、宝具がその真価を発揮するのは持ち主たる英霊が魔力を注ぎ込み、
その真名を口にした時だけになります。
ランサーの槍は、槍自体が宝具ではありますが、あれ自体は武器の領域から出ていません。彼の槍が真価
を発揮するのは、魔術の発現と同じように、真名の詠唱による覚醒が必要なのです」
もっとも、彼の槍がその真価を発揮する機会はもうありませんが、と冷たい声で付け足すライダー。
それに密かに戦慄を覚えながらも、ライダーがその宝具——自己封印・暗黒神殿を使用したときを思い出す
————って、……そうか。ライダーはブレーカーを魔眼殺しだと言った。という事は、アレは魔眼を殺す
ために今も——魔眼を使用するとき以外は常時発動されている訳か。
「ですが、これにも危険があります。宝具の真名を詠唱すれば、そのサーヴァントの正体が判ってしまう。
そういった意味からも宝具は切り札となる。そしてそれは私の魔眼も同じ。石化の魔眼を持つ英霊はメド
ゥーサ以外にありえない。
……ですから、宝具を使用するときも魔眼を開放するときも、それは先ほどのランサーにしたように避け
きれぬ必殺の一撃でなければなりません」
73 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/20(月) 15:42
強い口調でライダーが言う。
それほど宝具ってのは強力な武器——一発逆転のジョーカーになりうるのだろう。
しかし、今の説明の中に一つ疑問がある。
「……石化の魔眼ってのは見たもの全てを石に変えるんだろ、なら必ず一撃必殺じゃないのか?」
確かペルセウスは戦女神アテナからイージスの盾を借りてメドゥーサに挑んだはずだ。
あの大英雄でさえ其処まで警戒する魔眼なら殆ど無敵ではないのか。
そう考えて問うた俺に対して、ライダーは今までどおりの声音と口調で返答した。
「魔眼、とは、謂えば所有者の魔術回路の一部のような物です。
私の石化の魔眼キュべレイは強力な呪詛を持った神代の神秘ですが、所有者である私より高い魔力を持つ
者に対しては効果が薄れます。
……そうですね、ランサーやアーチャー、アサシンなどといった魔力や対魔力が低いサーヴァントならば
判定しだいで瞬時に石に変えることが出来ますが、キャスター相手では精々重圧を加えるぐらいが精一杯で
しょう」
「む————そうなのか」
正直今までの説明を聞いているとライダーって見かけによらず滅茶苦茶強い——っていうか殆ど無敵だと思
ってしまったのだけれど、どうやらそうではないらしい。
「さて、私が現状で出来うる説明はこれくらいでしょうか。
……そうですね、これよりも詳しいことは監督役に聞けばいいでしょう」
俺がうんうん唸っていると、ライダーがこれまた妙な言葉を口走った。
「? 何だその監督役って」
「監督役とは聖杯戦争を監視する人物のことです。
具体的には聖杯戦争を円滑に進められるよう予備の魔術師を用意したり、戦闘によって引き起こされた事
件を隠蔽したり、サーヴァントを失ったマスターを保護したりする人物のことです。
聖杯からの情報によりますと、サーヴァントを召喚したマスターはこの監督役に届出をしないといけない
ことになっていますが……、どうしますか、シロウ。会いに行きますか?」
ライダーの言葉のニュアンスからするに、実際に届け出るマスターは少ないか、別に出しても出さなくても
どちらでもいいのだろう……っていうか聖杯からの情報っていうのはあれか、メドゥーサであるライダーが
流暢に日本語喋っていることにも関係するのだろうか……って、思考が変な方向に行きかけたが俺の答えは
無論決まっている。
「ああ、勿論だ。ライダーには申し訳ないけど、正直今の説明だけだとイマイチ物足りない。
だからそんなヤツが居るんなら是非とも会って、聖杯戦争のことをもっと詳しく聞きたい。
……で、その監督役ってのは何処に居るんだ?」
マスター同士が殺し合う、とかその辺のことをを詳しく今すぐにでも聞きたい。
こんな時間に会いに行って迷惑じゃなかろうか、と、どこか場違いなことを考えながら腰を浮かせ、ライダ
ーに問う。
するとライダーは真剣な表情を作ったあと、何故か気まずそうに顔を俯けて————って、まさか。
74 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/20(月) 15:43
「……シロウ、その、大変言い難い事なんですが。
監督役が居るという事だけしか判らなく、居場所……それがどんな人物であるか、いえ、魔術師に違いは
ないのですが、あの、とにかく——」
案の定の二乗。
「——居場所までは判りません……すみません、シロウ」
……何だか二十分ほど前にも似たような事があったような気がする。
そうだ、確かあの時俺は思わず吹き出してライダーに怒られたような——などということを考えながら、説
明をしているときの真面目で冷淡な感じから一変して、途端非常に可愛らしくなったライダーに見惚れてい
た、その瞬間。
————からん からん
部屋の灯りが落ちるのと同時に、敷地内に敵意のある者が侵入したことを告げる警鐘が鳴り響いた。
「————っ!?」
どくん、と心臓が高鳴った。素早く、されど音を立てないように二人して立ち上がる。
ライダーには結界のことは話していない。
されどその表情は鋭く引き締められ、加えて緊張の色が浮かぶ。
何時の間にか脱がれていた長尺のブーツが装着され、その手にはあの釘のような短剣が握られていた。
「……ライダー、もしかして」
暗闇の中、囁くようにして問う。
問わずとも侵入者が誰であるかは判っている。
似たような感覚を一時間程前に味わったばかりなのだ。
けれど問わずにはいられなかった。あんな話を聞いた後なら尚更だ。
——そう。
「ええ、間違いありません。敵サーヴァントです。
……どうしますか、シロウ。迎え撃ちますか」
——混乱し、懊悩する俺などお構い無しに、聖杯戦争はとっくに始まっているのだった。
「…………」
表情や声には出ていないものの、ライダーが緊張していることは俺にも理解る。
恐らく相手はランサーよりも強大な力を持ったサーヴァントなのだろう。
しかも直接家に乗り込んでくるようなイカレた精神の持ち主だ。話し合いが通じるような相手じゃない。
このままこの部屋にじっとしていれば、まだ完全に戦う覚悟が出来ていない俺のことなどお構い無しに、ラ
ンサーのように必殺せんと襲い掛かってくるに違いない。
ならばここは迎え撃つべきか、ライダーの力があれば何とかサーヴァントだけを追い返すか打倒できるかも
しれない、それも一つの手だ。しかしそれで本当にいいのか? サーヴァントと戦えるのはサーヴァントだ
け、先ほどランサーと戦ったばかりの彼女にまた戦わせるのか。もし彼女が負けるようなことがあればどう
する。いや、どうするも何も無い、その時は俺も相手に殺されるだけだし、彼女が負けるなんて事有り得る
筈がない。
「シロウ」
ライダーが凛とした声で俺の名を呼ぶ。
それであやふやだった決意が固まった。
「ああ、このまま庭に出て相手を迎え撃つ。監督役に会いに行くのはその後だ。
————俺に力を貸してくれ、ライダー」
そういって、俺は右手を差し出した。
こんなときに何を呑気な、と思ったけれど、こうしなくちゃいけないと思った。自然に手が伸びた。
「————」
そんな俺に対して、ライダーはほんの僅かの間だけ間を置いて——きっと、それは、
「————了解しました、マスター。
ライダーの名にかけて、我らの進路に立つ悉くを蹴散らしてみせましょう」
剣を左手にまとめ、柔らかな右手を俺の右手に添えて、軽く握り返した——この、魂までをも魅了するよう
な、可憐な笑顔を浮かべるため。
「……行こう」
刹那だけ温もりを共感して、居間の窓ガラスから外へ抜けるために移動する。
不思議に顔が熱くなったりすることは無かった。寧ろ、心はこんなときだっていうのにやけに落ち着いてい
る。
「————」
ライダーは敵襲を警戒しているのだろう、俺の傍にぴたりと追従してくれている。
俺はそんな彼女をこれ以上なく頼もしく思いながら、目前に迫った窓枠から外へ出るため脚に力を込め、
1 「衛宮君、居るのは分ってるのよ! 大人しく出てきなさいっ!」という、どこかで聞いたことのある
人物の大声に驚いて、そのまますっ転んだ。
2 庭に佇む中世風の鎧を纏った金髪碧眼の少女の姿に驚き、思わず思考を停止させた。
3 憤怒の形相で庭に佇む穂群原学園一の優等生、遠坂凛の姿に驚き、思わず思考を停止させた。
投票結果
最終更新:2006年09月03日 19:32