473 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/01/09(水) 17:40:18
白い部屋を赤い陽が染めていた。まるでオレンジとトマトをばら撒いたみたいだ、と桜は思った。
夕暮れということは、思ったよりも長く寝ていたことになる。
近頃は心身休まることなく動き続けていた。自分でも判ってはいたが、やはり無理をしていたのだろう。
ふと、桜は人影に気が付いた。
その少年は桜に背を向けて床に座っていた。どうやら暖房を修理しているようだった。
生徒会長が潔癖なおかげで生徒会室は決して環境がよくない。予算の偏重を正す際に自らの予算を削ったからだ。
その状況下で生徒会室に修理が来た。恐らくは予算の折衝は片がついたのだろう。つまり桜は仕事の一つから解放されたのだ。
桜はほっと溜息をついた。
それで少年は桜が起きたのに気がついたのか、振り返った。
一つ上の学年に属している男子生徒だった。名を衛宮士郎という。
桜は霞のかかった意識で頭を下げた。笑顔もつけた。そうした方がいいと思ったからだ。
彼はぶっきらぼうな作法で礼を返すと、すぐに暖房の方へと顔を戻した。礼儀正しさを期待していた訳でもなし、桜は気にしなかった。
衛宮士郎は有名な生徒である。見返りも求めずに方々の器具を修理して回ることも、その理由の一つだ。
たぶん会長に頼まれて修理にやって来たのだろう。衛宮士郎と生徒会長は仲がいいのだ。
桜自身は彼と面識こそあるものの、話らしい話をしたことはなかった。一度、生徒会書記として弓道部員と話し合いをした。まともに喋ったのはそれぐらいで、好悪以前の関係だ。
桜は机を見やった。居眠り前の作業を思い出そうとしたのだ。
その瞬間、衝撃が桜を貫いた。
机の上には、水たまりが出来ていた。理由など一つしかない。自分がよだれを垂らしていたに違いないのだ。
桜は顔が熱くなっていくのを感じた。
一人きりだったのならいい。今すぐ証拠を隠滅すれば済む話だ。だが闖入者が居たのだ。
桜は衛宮士郎を見た。彼は背中を向け、まだ暖房の修理を続けている。
考えてみれば、衛宮士郎は桜の寝顔も見て、寝息も聞いていた筈だ。いよいよの場合、イビキや寝言も聞いたかもしれない。
――始末すべきか。
脳裏に浮かんだ言葉は魅力的だった。
だが衛宮士郎には幸いなことに、桜は思い止まった。理性と良心が勝利したのだ。
「よし、終わった」
衛宮士郎はそう言って、立ち上がった。
スイッチをいれると、暖房は自分が働き盛りだとアピールし始め、冷えた部屋に暖かさが戻ってくる。
衛宮士郎はそれを見届けると、相変わらずの仏頂面で工具類を片付け始めた。
今や勤勉な労働者は帰途に着こうとしていた。だが桜にとっては、さながら獅子の面前を行く子豚ちゃんである。
必ずしも衛宮士郎に恥辱を目撃されたとは限らない。殺害も諦めた。
しかしどうするべきなのかを、桜はまだ決めていなかった。
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最終更新:2008年01月27日 22:30