620 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/01/14(月) 20:30:56
「ちょっと考えさせてくれ」
士郎は腕を組んで言った。眉間には苦悩が刻み付けられている。
桜としても、士郎を追い詰めるつもりはなかった。そもそも提案自体が思いつきである。士郎の態度がはっきりしない方が桜には都合がいい。
「構いません。週明けまでに決めて頂ければ」
桜はさりげなく期限を設けた。
重要なのは、尻に関する事を考えさせないことだ。モデルのことを真剣に悩ませておくべきだった。
「あまり深刻に考えないで下さい。何もフルヌードになる訳ではないですから」
桜は微笑んだ。セミヌードにならない、とは言わなかった。
士郎は短く唸り、茶を啜っていた。
桜は会合のやりとりを反芻した。綺礼を相手にしてきた桜からすれば、士郎などメエメエ鳴く子羊に過ぎない。ここまで何一つ、桜が不利になる言質は与えていない筈だ。
だが体中に蔓延る緊張と、胸襟の裡の後ろめたさは隠しようが無い。士郎に悟られていないか、それだけがひどく気になった。
「じゃあ、俺はこれで」
士郎は茶を飲み下し、立ち上がった。
桜は工具箱を士郎に手渡した。印象を良くしようという下心と後ろめたさの裏返しが相半ばしていた。
「…疲れたぁー」
士郎が去ると、桜は脱力して椅子に体を預けた。
疲労感でいっぱいだった。居眠り中のよだれから、大げさなことになってしまったものである。
嘆息し、目を瞑った。
桜の自己評価は『小物』、だった。今回の事態も、それに違わぬ評価が出来る。
天然の策謀家ではあるが、人を騙すに耐える胆力がない。予期せぬ陥穽に嵌ることも多々ある。まるで喜劇の悪役のようである。
だが外からは違って見えるらしい。失敗に動じない、と言われたこともある。遠坂の当主としては喜ばしいが、複雑な気持ちだった。
「あ、まだ居たんだ」
声がした。目を開くと、女子生徒の姿があった。
同級生で生徒会副会長の霧島だった。桜が懇意にする数少ない生徒だ。
「うん。なんだか疲れちゃって」
「ずっと寝てたじゃない。氷を使っても全然起きなかったのに」
「…氷?」
「うん。ああ、そういえば置きっ放しにしちゃったんだ。もう溶けちゃったか。
でも机の上が濡れてないし、桜が拭いてくれた?」
何でもない様に言う霧島。桜の腹にはどろりとした感情が湧き出ていた。
殺してやろうかとも思ったが、友である。ならば許すべきなのだろう。
本当はフルールの新商品でも謝罪に欲しいところだが、彼女の経済事情を知る桜としてはそれも要求し難かった。
「会長は帰っていいって言ってたよ。わたしはもう帰るけど、桜はどうする?」
「どうしようかな。きりちゃんは真っ直ぐ帰るの?」
「そうね、いつものとこには寄っていこうかな。桜も来る?」
いつもの所、というのは、深山町外れの療養所のことである。
課外活動で一度訪れて以来、霧島は熱心に通い詰めていた。桜もグレンという老人と親しく話したことがある。
しかし聖杯戦争が開戦しようとしている今、療養所になんて行っていても良いのだろうか。
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最終更新:2008年01月27日 22:36