770 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/01/19(土) 22:48:16


「ところで、この街で起こっている事件のことを知っとるかね?」
 それまでの柔和な表情を一変させ、グレンは憂鬱そうに言った。
「シントの方でも何件かあったそうだが、ミヤマでも起こったらしい」
「深山町で、ですか?」
「なんでも、ついさっき被害者が発見されたばかりだそうだ。馴染みの警官が教えてくれたよ。おまえさんたちも気をつけてな」
 目尻に刻まれた皺を深くしながら、グレンは茶を飲み下した。
 桜も新都で発生した殺人事件のことは知っていた。冬木の管理者である以上、重大事件の捜査には目を配っている。
 知りうる限り、被害者は三人。つまりこれで四人に増えたことになる。
 ここまで、どの被害者も郊外の人目につかない場所で殺されている。目撃者はない。
 被害者に繋がりはなく、性別・年齢・職業も一定せず。奪われた金品はなし。鮮やかな切り口の致命傷、死体は現場に放置。
 そのやり口は、殺すためだけに犯行を繰り返しているとしか思えない。恐らくは通り魔まがいの変質者なのだろう。魔術師の所業ならば、最低限の後始末はしていく筈だ。
 被害者に対する哀切と犯人への怒りはあった。だが警察組織に任せるべき問題だと桜は思っていた。遠坂家は神秘に携わる管理者であり、通常の事件にまで介入すべきではない。
 脳裏にもたげる蛮勇を抑え、桜はティーカップに口をつけた。
「孫がフユキに来るという話があるんだがね。こんな状況じゃあ、来ても大丈夫だとは言えないし困ったものだよ」
「お孫さんと一緒に暮らされるんですか?」
 桜の問いにグレンは笑った。室内灯がその口元に影を落としていた。
「いやいや、違うよ。何処で知ったんだか、儂が入院したもんだから見舞いに来たいと言っていてね。
 嬉しくはあるんだが、孫がロンドンで上手くやってるのも知ってるし、まだ足が萎えとるからなあ」
「リハビリ中だと問題でも?」
「儂は、屋根の上で星を見るのが好きなんだがね。マーサは高い所が苦手だし、かと言って日本には儂の酔狂に付き合ってくれるほどの友は居らんかった。
 でもあの子は、儂と一緒に星を見てくれる。…優しい子でなあ。まあ、人のことばかりに気が付いてしまうんじゃな」
 グレンの眼差しは遠く、しかし芯のある輝きを湛えていた。
 その下にどんな想いがあるのか、桜には測りかねた。
「寒空の下で星を見る、なんて酔狂に付き合ってくれる相手が居るのは幸せなもんだがね。時々あの子のことが心配になるのも確かじゃよ」
「でも…いいお孫さんですね」
 嘘は無い。しかし口ぶりとは裏腹に、暗澹としたものが桜の胸の底に漂っていた。
 一緒に星を見てくれるような人間が、おまえには居るのか。そんな意図がないことは判っている。だが、そう言われたような気がしたのだ。
 桜は口の端を絞った。
 霧島が戻ったところで、桜たちは療養所を辞した。
 霧島の住まいは深山町の中心部である。坂の十字路までは同じ帰り道だった。
 いつものように十字路で別れの挨拶を交わし、桜は独りの帰途に着いた。空には星が見え始めていた。
 霧島は一緒に星を見てくれるだろうか。桜の想い人ならばどうか。桜はちょっと考えた。
 しかし結論を出す前に、桜は思索を中断せざるを得なかった。


言:坂道を上ると、ハーレーのエンジン音が轟いていた。
慎:坂道を上ると、おまわりさんに職質されてる少年がいた。
姐:坂道を上ると、おまわりさんに職質されてる女性がいた。
我:坂道を上ると、恥ずかしい服装の外国人がいた。


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最終更新:2008年01月27日 22:40