警官がいた。見知った顔の少年がいた。馬がいた。
桜は目頭を押さえ、改めて確認した。
おまわりさんがいた。コンビニの袋を下げた少年がいた。…その横に真っ白な馬がいた。
何故、馬がいるのか。桜には理解しかねた。
「住宅街で馬になんて乗っちゃ駄目だよー。はい、住所と名前言って」
砕けた口調だが有無を言わさず、警官は少年を詰問していた。
「でもさあ、5分以内にプリン買って来いとか言われてさ。僕の方が被害者だと思わない?」
「うん、そうだねー。で、この馬は何処から連れてきたのかな?」
「そうだ。お巡りさんもプリン食べる?」
少年は市販のプリンを差し出したが、警官はダイエット中である旨を述べて辞退した。
少年の旗色が悪いのは明らかだったが、桜には助ける気が毛頭なかった。あの少年に関わりたくないのだ。
だが、向こうはそうではなかったようだった。
馬に気を取られている間に、少年は桜の姿を認め、手を振って叫び始めたのだ。
「やあ、遠坂じゃないか! ちょっと助けてくれよ!」
桜にも世間体というものがある。それがどんな知り合いであれ、見捨てるというのは難しい。
桜は舌打ちをし、少年の要請に応じた。
「こんばんは、間桐慎二先輩」
警官の前でフルネームを口にした。
ささやかな報復である。桜の名を警官に知られた以上、慎二も知られるべきなのだ。
警官は桜に目をやり、警棒を右手に質問タイムを開始した。ちなみに彼の左手は慎二の襟首を掴んでいる。
「君はこの慎二君、の知り合いかい?」
桜は首肯した。
「友達なのかな?」
桜は全力で頭を横に振った。
「照れなくたっていいじゃんか、遠坂」
慎二の言葉に桜は顔を歪ませた。警官はそれで事情を理解してくれたようだった。
「慎二君の住所とか、学校でのクラスとかは知ってる?」
穂群原学園2年C組、弓道部副主将。住所は知らないが、家の場所はすぐそこの屋敷。
桜はすらすらと答えた。嫌々でも関わる間に色々と知ってしまうものなのだ。
「この馬は彼の家で飼ってるのかな?」
広い敷地だから飼えなくはないと思う、と桜は答えた。
「うん、僕の家は馬ぐらい平気なんだよね。白馬って僕に似合うし」
軽薄さ丸出しの笑みを浮かべる慎二を、警官が睨みつけた。慎二は怯えたように縮こまった。
桜はこの警官とは仲良くやれる気がした。公僕とは斯く在るべし。青少年の手本たるべき人物である。
「やあ、協力ありがとう。最後に君の名前と住所、学校を確認していいかな?」
「名前は
遠坂桜、住まいはそこの洋館です。穂群原学園で生徒会に所属しています。
……えーとですね。ところで、先輩は何をしたんでしょうか?」
一応、桜は助けに入ったのである。慎二が怯えるのは小気味がいいが、警察沙汰となると話は別だった。
「慎二君は乗馬して一般道を暴走してたんだ」
「ちょっと買い物するのに馬に乗っただけじゃんか。もうやらないから、放してよー」
「駄目だ。まず訊いておこうか、慎二君。昨夜、どこで何をしていたのかな?」
「友達の家に泊まってた。つーか、何でそんなことを訊かれなくちゃいけないんだよ」
「ある事件現場で馬の蹄が発見された。この街に馬なんて殆ど居ないと思わないか?」
慎二の顔から血の気が引いていった。桜も同様だった。
夕べに起きた事件、というと件の連続殺人しか思い当たらない。つまりこれは、慎二に殺人容疑がかかっているのだ。
さすがに看過できる話ではなかった。