873 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/01/22(火) 22:12:38
慎二は警官への説得を始めていた。携帯電話を取り出し、友人を呼び出そうとしている。
桜は成り行きが気になったものの、慎二が泡吹き唾飛ばすのを観察するのはお断りだった。大体にして、慎二に関わると碌な目に遭わない。
そんな訳で、桜は大人しく待っている白馬に視線を移した。
サラブレットほどではないが、中々に大きな馬だった。たおやかな体の線からすると、たぶん牝馬なのだろう。
薄闇の中で純白の体毛は真珠さながらの美しさを放ち、一方で若駒らしい可愛い目をしていて、そのアンバランスさが実に可愛らしかった。
さて。唐突ではあるが、桜はバイクが好きである。数年前、教会脇のガレージで置き去りにされていたハーレーに一目惚れしたのだ。
桜が譲ってくれと言った途端、綺礼が乗り回すようになったために結局は片思いで終わった。
それでも来年には二輪の免許を取るつもりだった。森で拾ってきた安そうなバイクも物置に保管しているし、ヘルメットとライダースーツも既に購入済みである。
風を切って自由気ままに走り抜けるのが桜の夢だった。乗るならバイク、と心に決めていた。
だがその決心は、この白馬を見るうちに揺らぎつつあった。この馬に乗りたいと思わない人物は精神に異常がある、とすら桜には思えた。
慎二が乗るには過ぎた馬だ。彼女に見合うのは、陽光にすら勝る優雅さを備えた女性であろう。
「ねえ、いつも貴女は何処に居るの?」
桜は言って、彼女に近づいた。彼女は物怖じせず、じっと桜を見ていた。
ここに至って、ようやく桜は気がついた。目前の白馬から発せられる魔力。この馬は神秘の産物なのだと。
桜は慎二を見やった。
警官は慎二の担任と電話で話しているらしく、慎二はそれを見守っていた。当然だが、慎二からは一切の魔力を感じない。
――間桐。あの魔術師の家に、これほどの馬を作り出す技術はない。『吸収』と『蟲』を扱う水属性の魔道と、この白馬はそぐわない。
間桐には今度の聖杯戦争に参加可能なマスターが居ない筈だった。
ならば外部の魔術師と結んだという可能性は有り得る。その魔術師の技術でこの白馬が作られたのではないか。
もしも桜の仮定が正しければ、相当に強力な魔術師である。
この白馬は合成獣などと比べようもない次元に至っているのだ。それを惜しげもなく慎二に貸し与えたとなると、どれほどの戦力を持っているのか想像もつかない。
遠坂邸での篭城戦を想定して準備をしてきたのは幸運だった。強敵とまともにぶつかるのは得策ではない。
開戦前に戦略を修正できたことを、慎二の軽率さに感謝すべきなのだろう。
桜はそんな的外れな危機感を胸に、うっかり白馬に手を伸ばした。まだ彼女の愛らしさに囚われていたのだ。
往々にして気高い生き物は触れられるのが嫌いである。
白馬はしれっとした顔で、桜の向う脛を蹴っ飛ばした。
「―――ッ!」
桜はその痛みに悶絶し、声にならない悲鳴をあげた。ぴょんぴょん飛び跳ね、ごろごろ転がった。
その横では、ようやく警官に納得してもらった慎二がご満悦にプリンを頬張っていた。
この状況こそがいつもと同じ類型である。慎二に非があるか否かはともかく、桜は慎二に関わると碌な目に遭わないのだ。
帰:もう帰ろう。すぐ帰ろう。
騎:プリンの行き先。【視点変更:間桐慎二】
慎:足が痛ーい。慎二先輩おんぶしてー。――オラァッ!
言:なんだか麻婆臭い。
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最終更新:2008年01月27日 23:25