914 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/01/24(木) 20:05:49
桜の嗅覚が、ある臭いを感じ取っていた。
麻婆。理屈では知覚出来る訳のない距離。しかし確かに臭っている。
直後にハーレーの織り成す鼓動が桜の耳を打つ。
果たして、坂の下から現れた男の姿は言峰綺礼であった。
薄闇に輝くハーレーは独特のリズムを刻み、桜のすぐ側で停車する。
その勇姿を凝視していた桜は排気をモロに浴びる格好となり、盛大に咳き込んだ。
「――そこに居たのか、桜。これは気付かなかったな」
「嘘、絶対に嘘だ」
涙目の桜の抗議を気にも留めず、綺礼は警官を見やった。
警官は突如現れた神父姿のハーレー乗りに困惑した面持ちである。
桜は舌打ちをした。今日に限って綺礼がヘルメットをしていたことが、桜にとっては残念で仕方が無い。
一度ぐらい、綺礼の困った顔が見てみたいと思っていたのに。
「さて。私はコレの後見人なのだが、何か問題でも起こしたのかね?」
「あ、いえ。彼女には証言をして頂いただけです」
「では、連れて行っても構わんな」
「はい。…ところで服装から察しますに、教会の方でいらっしゃる?」
「冬木教会の言峰綺礼だ。神父を務めている」
「やあ、神父さんでしたか!」
警官は喜色を浮かべ、綺礼へと近づいて来た。
桜は愕然とした。この男は長生き出来まいと、桜は諦念を以って警官を見つめた。
人類として正しい行動は、綺礼を見たらとりあえず逃げ出すことだ。それが出来ないものは淘汰されるしかない。
しかし、その真理を知らぬ警官は笑みすら湛えて言葉を繋げた。
「私はキリスト教徒ではないのですが、教会に興味がありまして。どうなのでしょう、信者以外が説教を聴きに行くというのは」
「信仰の有無で門を閉ざしはしない。君が来たいというのなら、明日にでも来るがいい」
「本当ですか? では、明日の…日曜のミサですね。それに参加させてもらいます」
警官は最後に桜のことを褒めて、去っていった。さすが神父さんが面倒を見ているだけある、とか見当外れな褒め方だった。
桜は哀れな予約済み犠牲者の背中を見送ると、綺礼を睨み付けた。
ちなみに、白馬と慎二はいつの間にか姿を消している。実に賢い行動である。
「で、何の用ですか、おじさん」
「随分な口の利き方をするものだ。未だサーヴァントを呼び出せない者に、わざわざ言伝をしに来たというのに」
「『呼び出せない』んじゃなくて、『呼び出してない』んです。そこを間違えないで下さい。
…一応は触媒だって用意してあるんですから」
あくまで一応、だった。あまり自信の持てる触媒ではない。
「どちらも大差はないが…まあいい。こんな所で立ち話をするのも馬鹿らしい。まずはおまえの家に行くぞ」
「…いいですよ。だいぶ冷えてきましたし」
桜がおもむろにハーレーの背に手を着くと、綺礼はそれを容赦なく振り払った。
「何をしている。警官と出会った直後に二人乗りでもしようというのか」
「え、いや、その」
「あまり待たせるな。客を門前に留め置くなど、遠坂の当主に相応しい行動ではない」
言うなり、綺礼はハーレーごと立ち去った。
「え、ちょっと、おじさん!」
桜は健気にも走り、息を弾ませ、綺礼を追いかけた。遠坂邸に帰り着いた頃には、服と髪は乱れに乱れていた。
そんな桜を見下ろして、綺礼は呟いた。
「ふむ……常に余裕を持って優雅たれ、か」
このクソ中年、ハゲてしまえ。桜は神に祈った。
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最終更新:2008年01月27日 23:26