801 :もしも遠野志貴が引き篭もりだったら ◆4OkSzTyQhY:2008/01/20(日) 02:18:53


 たとえば……
 全く知らないというわけではないが、それでも熟知しているとは言い難い町に貴方が訪れたとする。
 目的地と駅を繋ぐ道はなんとなく覚えているが、それ以外はからっきしという具合だ。
 そして貴方は誤って道を間違ってしまう。曲がるべきところではない角で曲がってしまったのだ。
 本来の道もしっかり覚えていたわけではないので、貴方はそのまま進んでしまう。
 気づいたころにはすでに手遅れだ。貴方には交番を探す忍耐力か、見ず知らずの他人に声をかける勇気が求められる。 

「『お兄ちゃん』、吸血鬼って存在すると思いますか?」

 だから、その暗示を聞いたときにはすでに手遅れだった。
 魔力を込めた言霊は一言でいい。その一言で支配し、情報を引き出す。
 並々ならぬ注意力を発揮させずとも、その異常は明らかだっただろう。
 口調も、声音も――そして話している人物すら、すでに都古ではない。
 だが志貴はそれに気づけない。無警戒な脳髄に魔力を帯びた振動を叩きつけられ、すでに違和感など感じない。

「あ……きゅう、けつき?」

 久方ぶりに声帯を使った。出たのは掠れた声だったが、それでも志貴が言葉を発したのは遠い昔だ。
 もしもここに有間の家族がいれば驚愕しただろう。あるいは感動かもしれない。
 だが、生憎とここにいるのは同じく暗示で目を虚ろにさせた都古と、そしてもう一人。暗示で『有間都古』に成りすました人物だけだ。
 だから『都古』は驚愕の間を挟まず、すぐに次の言葉を継ぐ。

「ええ吸血鬼です。本とか映画とかでたまにでてくるでしょう?」
「……俺がずっと閉じこもってるの知ってるだろう? まあ、なんとなくは分かるけど」

 どこかぶっきらぼうな返答に、そうでしたね、と微かに寂しげな感情をにじませて『都古』は頷いた。

「ええと、じゃあもうちょっと最初から説明しますね。最近、この近辺で連続殺人事件が起こってます。
 その殺され方が――ちょっと尋常じゃないんです。被害者は体内の血液を抜き取られています。
 ですから、マスコミなんかでは吸血鬼の仕業だ! なんて囃し立ててるんですけどね」

 酷いものだ、とは、志貴がまず抱いた感想であった。
 それは無論、殺人と死体損壊に対する正常な価値観からくるものだ。
 それでも、同時に他人事のように感じてもいた。だが冷静になって考えてみると、自分と決して『無関係ではない』。
 それなのに、知らなかった。改めて、自分の異常さを再確認し、自嘲する。

「……お兄ちゃん?」
「――っと、ごめん。それで、何だったけ?」
「ですから、吸血鬼です。この事件の犯人って、吸血鬼なんでしょうか」

 問われて、考え込む。
 遠野志貴が外部からの情報を得る機会は絶無に近い。賢い答えを捻り出すことは叶わないだろう。
 しかし尋ねてきたのは学者ではなく都古だ。ならば返すべき答えは――

(難しいな……こんな問答)

 イツモシテイルハズナノニ。
 頭に走るノイズ。一瞬だけ閃くイメージ。

「――っ」
「……『お兄ちゃん』?」

 だがその違和感も押し流される。
 腹部から遡って響くような奇妙な声音に、ノイズは雲散霧消した。

「あ、ああ、うん……居る居ないは別として、その事件の犯人は違うんじゃないかな?」
「その根拠は?」
「だって――おかしいじゃないか。死体が残ってるんだろ? てことは、噛まれても吸血鬼になってないってことだ。
 なら、それはきっと吸血鬼じゃないよ」

 別にそういう考えの下で行った発言ではなかったが、胸中で復唱してみると決して的外れな発言ではないように思えた。
 だけど、どこか面白がるように『都古』は続ける。

「なるほど。確かに吸血鬼に成ったんだったら死体は残りませんね。
 ……だけど、別に吸血鬼になる、ならないの両極でなくてもいいと思うんです」
「……うん?」
「だから吸血鬼になれる人と、吸血鬼になれない人がいるんだとしたら解決するとは思いませんか?」

 成れなかった者は死体で残り、晴れて吸血鬼となったものは夜闇に消える。
 なるほど、これならば辻褄は合う。
 小学校六年生とは思えない見識の深さに、志貴はのんきに感心していた。

「てことは、もしかしたら外は吸血鬼だらけなのかもしれないね」
「あはは、そうかもしれませんね」
「でもさ、そしたらそんなたくさんの吸血鬼、どうすればいいんだろう?」
「んー、こういうのは大抵、親玉を倒せば消えるんじゃないでしょうか?」

 初耳だった。それとも、最近はそういう話が流行っているのだろうか?
 まあ遠野志貴の流行は八年前のまま止まっているのだが。

「へえ、じゃあそのボスを倒せばハッピーエンドってわけだ」
「ええそうですよ、ですから、」

 死んだ。
 全身を滅多刺しにされ、遠野志貴の身体がその場に倒れこむ。
 指一本、眼球一ミリですら動かないのは、すでに血がどこかへ吹き飛んでしまったからか。
 いや――違う。凍りついた意識で、どうにか把握する。肉体はどこも傷ついていない。
 だけどドア越しに叩きつけられた凶悪な殺気で、己の体は早々に活動と抵抗を放棄した。

「――ですから、私は貴方を殺しにきたんです。ミハイル・ロア・バルダムヨォン」

◇◇◇

「う……ん?」

 目覚めたときには、すでに真夜中だった。
 少なくとも真夜中だと思われる。時計はあっても見れないので、空腹の度合いなどから推し測るしかないが。
 それでも、自分の体内時計はおおむね正確である。これは数少ない遠野志貴が保持する有用なスキルだ。

「寝ちゃったのか……悪いことしたな」

 ――誰に?
 一瞬思い浮かんだ疑問を、だがすぐに一蹴した。なんでこんな疑問を抱いたのか。都古ちゃんに決まっている。
 『都古ちゃんと会話をしてる最中に眠ってしまった』のだ。明日にでも謝らなければ――

「……?」

 再び、疑問。ただし今度は形にすらならない。

「疲れてるのか……? いや、一日中寝ててそれはないか」

 自嘲気味に笑うと、遠野志貴は万年床から抜け出した。
 とにかく真夜中だ。ならばすることは決まっている。
 志貴は立ち上がると、部屋のドアを押し開けた。

interlude――

【選択肢】
血:彼女達の溜息――鬼と母と
赤:彼女の溜息――有間都古の場合
弓:彼女の溜息――『有間都古』の場合
月:彼女の溜息――真祖の場合
兄:彼の溜息――殺人鬼の場合
蛇:彼の溜息――吸血鬼の場合
黒:獣の休暇――混沌の場合


投票結果


血:1
赤:0
弓:1
月:2
兄:5
蛇:1
黒:0

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最終更新:2008年01月27日 22:51