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943 :もしも遠野志貴が引き篭もりだったら ◆4OkSzTyQhY:2008/01/25(金) 04:15:23


 interlude ――retaliation――

 それを思いついたのは、とても幼いころだったように思う。

 切欠は他愛もない空想だったのかもしれない。私が人形でなかったころ、まだ救いを求めていたころの。
 痛みの奔流の中にあった私は、刻まれる傷が増えるたびにそれを無理やり紛らわしていた。
 最初はそれで救われていた。空想は痛覚を誤魔化してくれた。
 だけどすぐに限界が来た。痛みは私の中を陵辱しつくし、その許容量を凌駕する。
 痛みではちきれんばかりに満たされた私の頭から流れ出た妄想は、現実を侵食する。
 おそらく、それが一番初め。
 復讐を志すのならば、それは私が人形になる前。この復讐を計画し始めたのは、私の中が痛みで満たされた瞬間から。
 その瞬間から、私は計画を実行し始めたのだ。静謐に、穏やかに、だが醜悪な計画を。 

 計画は順調だった。
 小さな身体は不釣合いなほどに巨大で複雑な策略を押し隠すのに役立った。
 人形となったこの身は朗らかな笑みを浮かべたまま壊刀を砥げるようになった。
 何一つ、失敗する要素はなかった筈なのだ。
 遠野四季は反転した。あとは遠野槙久に嗾けるだけでいい。
 その後は当主を継ぐであろう遠野秋葉と潰し合わせ、残ったほうを"七夜"が片付ける。
 それで御仕舞い。この家系の血は完全に消え去るはずだった。
 ……問題はその七夜だ。
 七夜志貴。混血狩りの一族として名を馳せた暗殺者集団の生き残り。
 血脈に深く刻まれた能力というのは、本人の意向に構わず消え難いものだということを私は知っている。
 私自身がそうだったからだ。だからきっと七夜も動くだろうと思っていた。
 だが混血の長が完全に滅ぼさねば安堵できないほど危険視されていた一族の生き残りは、あろうことか引き篭もっているという。
 見通しが甘かったといわざるを得ない。彼を最後に見た時、すでにその兆候はあったではないか。
 私は悩んだ。七夜が倒されてしまえば、私の復讐は完遂されない。
 これでは支障が出るかもしれない。
 しかし私の積み上げた策略は、崩すには危険な高さに達していた。
 そして、これ以上先延ばしすることも出来ない。
 遠野四季を止めておくのも最早限界だろう。私を■す態度から、日に日に苛立ちが高まっているのが伺えた。
 これ以上猟犬を室内に匿うのは危険だった。
 逃亡の可能性があっても放し飼いにせざるを得ない。その為にはもうひとつ危ない橋を渡らなければならなかった。
 ああ全く、何故こんな事態になってしまったのか。私は八年前、退院し、態度が変わり果てた彼をこの目に見たはずなのに。

 ……それとも。

 もしかしたら私は、あの窓から俯瞰していた、当時の彼こそを信じたかったのだろうか――?

◇◇◇

「……退屈過ぎやしねえか?」

 フラフラと人の居ない道を彷徨いながら、遠野四季はそんなことを呟いた。
 聞く人が聞けば、それはとても不謹慎な言葉である。
 だがそれを不謹慎だといえる人はどこにもいない。皆切り刻まれ、そして彼の糧になってしまったからだ。
 だから彼も気にしていない。即興の鼻歌など歌いつつ、四季は夜空を見上げた。
 星空ならば綺麗だが、生憎と今夜は曇天だ。
 夜気は心地よい。だが、それしか浴びれないのならすぐに飽きる。
 つまるところ――退屈なのだ。
 暇潰しに、指折り今日の獲物の数でも数えようとして、だがすぐにやめる。
 とにかく路地にたむろしていた若者を一団体。気の向くままにバラシ、喰らった死体の勘定なんてそんなもんで良いだろう。

「まさに丼勘定ってわけだ」

 ひゃははは、と笑ってみるが、生憎と同意の声や追従の笑いは起きない。
 それでも構わないのか、彼はうんうんと頷くと、腹ごなしの散歩を続行する。
 ――今日で一週間だ。この気侭な暮らしにも、そろそろ飽きがくるころである。
 一週間前、彼は晴れて自由な身となった。まあ正式な手続きはしていないが、構うまい。そうしないと出れなかったのだから。
 問題は、あまりに暇すぎるということだ。
 否、無論、彼にも目的がある。
 彼は遠野四季であるが、遠野四季としての立場がない。
 八年前の事件のせいで、彼の社会的立場は抹消された。いまではその後釜に別人が座っている。

「ったく――ダチだと思ってたのに、よ」

 僅かに顔をしかめながら、彼は夜の街を彷徨っていく。
 遠野志貴。いや、本名は七夜志貴か。とにかく、幼いころ共に遊んだ人物だった。
 それが、自分を殺した。
 名無しになってしまっては、自分の居場所はどこにもない。
 だから――

「……お前を殺すぞ、志貴」

 決意は固めている。遭遇すれば、迷わず首を掻き切れる。
 だが、どこかその声には躊躇いのような響きがあった。
 それが未だに本腰を入れて遠野志貴を探していない理由でもある。
 遠野志貴は現在、行方不明らしい。
 コハクに聞いた話だと、だいぶ前に家出をしたそうだ。
 あまり金銭の類は持っていなかったから、遠くにはいっていないだろうという話だったが……

「っても、足が二本ありゃあどうにでもなるだろうしなぁ?」

 それでも、四季はこの町を探し続けていた。
 他に当てがないというのもあるが、何より四季は『名無し』である。この町以外には、本当に居るべき場所がないのだ。
 さらに、本腰を入れかねているのは別の理由もあった。

「志貴……お前、なんで逃げやがった?」

 その言葉には遠野四季の立場に胡坐を掻いておいて、それを簡単に放棄したことに対する怒りがある。
 だがその一方で、別の疑念も含まれていた。

 ――明け渡そうとしたのか? この、俺に?

 都合の良い妄想だということは分かっている。遠野志貴が遠野四季にその立場を返そうとしたなどというのは。
 だが、四季はどうしてもその考えを捨てきれないでいた。
 それは何故なのか。最初にふと思い浮かんだ考えが気まぐれに焼きついただけなのか、それとも――

「駄目だ、考えてもわからねえ。ま、どうせ会えば殺すしかねえが」

 愛しい妹に殺し殺されずに会うためには、遠野志貴を殺すしかない。
 それでも、一言くらいは遺言を聞いてやろう。

 らしくねえなぁ、などと独りごちながら、彼は夜の下を歩き続ける。
 そして、向かう先は――

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焉:教えて!知恵留先生


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最終更新:2008年01月27日 22:52