21 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/01/28(月) 20:37:05


 桜は遠坂邸の維持を低級の使い魔に任せていた。
 ごく限られた才能は、しかし向かうべき道を明確にもしてくれる。
 基礎的な鍛錬は長期の地道な反復しかなく、虚数魔術は桜自身の閃きを待つのみ。
 その結果として余った財と時間は設備投資に充てられ、遠坂邸には温室・使い魔などが備えられていた。
 余談だが、桜が最も手間をかけた防衛用使い魔は地下で眠ったままになっている。
「どうぞ、おじさん」
 桜は淹れたての紅茶を綺礼に差し出した。
 その食わず嫌い故に、飲食物だけは使い魔に任せず、桜自身が扱っていた。
「まず、訊こう。準備は整っているのか?」
「…大体は。父さんが遺してくれたモノも見つけましたし」
「二ヶ月を浪費して『大体』か。
 参加する目処が立たんのなら、代役を用意せねばならないのだがな」
「戦闘が始まった訳じゃなし、別に急がなくてもいいでしょう?」
「既に始まっている。五体の召喚、マスターの死亡を確認した」
 綺礼の言葉に桜は目を丸くした。
「監督役がマスター候補にそんなことを話していいんですか…?」
「おまえが管理者である以上、話しておかねばならん事だ。
 尤も、マスターになるのを怯えているようでは、問題処理など望むべくも無いが」
「…怯えてなんかいません」
 ちょっと怖いだけだ、と桜は心の中で付け足した。
「ならば、何故サーヴァントを召喚しない?」
「えーと、その…触媒に自信が持てないんです」
 桜は引き出しから触媒を取り出した。
 石ころである。研磨された一面があるため、何かの破片だと判るだけのものだ。
「父さんが保存してたものなんですけど、何なのか見当もつかないんです。
 聖杯戦争の資料と共に保管されてたので、触媒だとは思うんですけど…。
 その、素性の知れないモノに命運を託したくなくて。
 おじさんは『第八秘蹟会』に居たんですし、他の触媒を入手できる当てはありませんか?」
「それこそ無理な相談だな。開幕が迫った今、おまえに肩入れは出来ん」
 宜なるかな。予想通りの返答に、桜は肩を落とした。
「じゃあ、せめてコレの鑑定をしてくれませんか?」
「いいだろう」
 しょんぼり桜は石ころを綺礼に手渡した。
 綺礼はそれを手に取り、くるくると手の内で弄んだ。
 『第八秘蹟会』は聖遺物の管理・回収を主とする。桜はその綺礼の経験に期待していた。
「…断面を見る限り、通常の技術によるものではないな。
 確実とは言えんがヨーロッパの遺物だろう。同種の大半が西欧で発見されていた。
 微かに加工された彫りもある。華美な調度品といったところか」
「そ、それでっ?」
 桜は手に汗握って、身を乗り出した。
 もしかすると、当たりくじを引いたのではないかと思ったのだ。
 しかし桜の熱情に反し、綺礼は石を置いて、紅茶を口に含んだ。
「それだけだ。これは神秘で作り出された遺物だ。何処かの英雄とも縁があるだろう。
 つまり触媒となり得る。それで充分だ」
「…そんなぁ」
「関わりが薄くとも、呼べば英霊は来る。
 むしろ好ましいな。触媒が弱いほど召喚者に近しい性質の英雄が現れる。
 おまえ自身を試すのに、これ以上の触媒はあるまい」
 綺礼は口だけで笑った。目には測るような光がある。桜を見ていた。
 対して、桜はただ閉口するだけだった。自分の影法師になんて、会いたくなかったのだ。


読:綺礼は書類の束を置いて、遠坂邸を辞した。
楽:十年の愉悦。【視点変更:言峰綺礼】
辞:やっぱ聖杯戦争に出るのは止めます。


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最終更新:2008年03月06日 22:45