334 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/04(金) 22:17:36


 しかし必死の呼び声に応えてくれるあの毒舌はなく――。
 寝台に横たわっていた聖女は、深い沈黙と、堅く閉じられた目を以ってそれを返事とした。

「……カレ、ン?」

 脳内に配列していく疑問符が、次第に不安と憔悴に掏りかえられていく。
 カレンは目覚めない。
 何も言わない。
 起き上がらない。
 ――目覚めない喋らない起き上がらない彼女は俺の知っているカレンとはかけ離れすぎて、まるで出来のいい蝋人形にしか映らない。
 ここでようやく一つの推測に思い至る。
 ……冗談じゃない。馬鹿な。
 いてもたってもいられず、多少乱暴ではあったが、力の限り掛けられた毛布を剥ぎ取る。そこにはミイラ男さながらの、全身の肌に連なる包帯の羅列。着用していない寝間着を代用できるくらいに、ソレは彼女の肌を覆い尽くしていた。

「カレン!」

 堪らずシーツと彼女との間に手を差し入れ、背を支えながら半身を持ち上げる。
 俺より一回り以上小さな体を抱き起こせば………………しかしカレンの口からは穏やかな寝息がはき出されていた。続いて手の平に伝わってくる温かな体温。
 緩やかな安堵が、少しの時を経て胸に広がった。

「――――お、驚かせるなよ……。カレン、無事、だったんだな」
「くぅ……」

 先ほどまで不安に苛まれていた反動かは知らないが、毒舌を誇る筈の無邪気な寝顔を眺めていると、尋常でない虚脱感に覆われていく。弛緩し切った頬に、微塵も害を感じさせない閉じた瞳。無防備な彼女を抱けば、まるで自らの赤子を抱っこするかのような優しさに満ち溢れてくる。
 そのまま調子にのって柔らかな頬をぷにぷにしてみる。
 うん……。なんという極楽浄土の妙か。
 こちらの突くタイミングに合わせ、均整がとれている唇から戸惑いの吐息が漏れる。熱いくらいに発熱した体温が、腕を伝って俺に流れ込んできた。
 普段起きている状態なら絶対にあり得ない展開に、俺の理性は瓦解寸前だった。
 出来ることならば、一生このままでいたい。
 ――だがもう得られるかどうかという貴重な幸福タイムは、後ろから浴びせられた冷たい声により寸断されることとなった。

「……お客様、何をしておいでで?」
「えっ?」

 慌てて振り返った先には、まるで汚いモノに遭遇したかのような形相のおばさんの姿。
 先程まで高ぶっていた血の気がサーッと一気に冷めあがる。どうしよう、あの瞳……完全に俺を軽蔑しきっている!?
 とにかく抱いていた彼女の半身を元のように寝かせ、突如として現れた強敵へと体を向ける。

「……若いのですからある程度は仕方のないことなのでしょうが、ここは他人の家ですよ? ましてや寝ている者にそのような振る舞いをなさるなど……恥を知るべきかと」
「ああっ、違う! ご、誤解だ! おっ、俺と彼女は知り合いで、目が覚めないものだから心配して無事を確認していただけだよ! やましいことなんて、そんな滅相もない」
「そうは言いますがね」

 フランツィスカさんの冷たい目が一点に集中する。何だろうと思い視線の先を辿れば……そこには掛かっていたシーツが放り出され、上半身包帯のみの卑猥な絵が出来上がっていた。どうみても言い逃れは無理です。本当にありがとうございました。

「だから違うってば! ていうかどうして彼女……カレンがここにいるんだよ! まずそっちを説明してくれよ!」

 我ながら無茶苦茶な暴論だ。
 だけどもまずはこの場を何とか切り抜けなければならない。そうしないと騒ぎを聞きつけたコーネリアさんにまで変態のそしりを受けちまう。それだけは絶対に避けたい。
 唐突に投げつけられた質問に一時矛を収める気になったのか、フランツィスカさんは溜息を吐き、一応は答えてくれる様子を見せてくれた。

「……お嬢様が運んできたのですよ。彼女……カレンさん、という名前ですか? 私も詳しい事情は知りませんがね、何でも自分の姿が視界に入った途端に気絶してしまわれた、と。責任を感じなされたお嬢様が家まで運びなさり、手当てなすったのです」
「どういう意味だ? 姿を見たからって……ただの偶然だろ?」
「当たり前です。いざ手当てする段となれば、この娘の体にはあちこちに裂傷が走っていたのですもの。無茶をしていたのが偶々お嬢様の前で限界を迎えたのでしょう」

 人の心の邪気に中てられたか……。
 何故俺が彼女の保護に拘っていたか。か弱い婦女子、というのも一因ではあったが、それ以上にその身に宿す厄介な特異体質が主な原因だった。
 魔が引き起こす霊障を、生身の肉体で体現してしまう被虐霊媒体質。
 かつて教会の連中は悪魔を探知するために彼女を連れまわしていたが、何も反応する対象は悪魔の存在だけではない。誰もが心の影とする負の感情……それにすら反応してしまうため、不用意に人に近付くことが出来ないのだ。

「くそ、だというのにこんな……。すまない、カレン」

 愚鈍。何という不甲斐なさ。
 以前俺が大怪我を負った時はすぐさま助けてくれたというのに、一転立場が逆になれば、何もしてやれてないではないか。
 俺は彼女に会うのに半年もの時間を費やしている。カタツムリにも劣る鈍足ぶりだ。

「……俺に出来ることは?」
「そうですねぇ。当のカレンさんは精力が弱っているようですし……サンドリア産のレッドテラピンでも食べれば一発で元気になるんじゃないですかねぇ」



Ⅰ:こうしてはいられない、一刻も早くサンドリアに向かわねば
Ⅱ:その前に巻菜を迎えに行こう
Ⅲ:今日は遅い、寝てから出発だ


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Ⅰ:5
Ⅱ:3
Ⅲ:0

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最終更新:2008年01月27日 23:35