399 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/05(土) 23:18:28
オーケー、ちょっと待て。今目の前で何が起こっているのか、まず冷静に把握しよう。
とにかく俺のすぐ前には、コウモリ形の翼と、意地の悪そうに横に広がった口が特徴の一つ目の怪物。そして醜悪な顔をした、痩せぼそった体型の竜。
一つ目の体は一メートルにも満たない小さなものだったが、一方の竜は四メートルにも及ぶ全長を有しており、並の獣では抗えない巨体を誇っているではないか。
そもそも俺は何をしていてあんなヤバそうな奴らと鉢合わせた? ……探索。そう、噂のスッポンを獲るために数ある獣人の目をかわし、こんな奥地へと潜り込んできたのだ。えと、それでもスッポンのいる沼地は見つからないので、仕方なくもっと奥へと来た訳であって……。
「キキキ、我ら血盟軍の旗揚げとしては随分ショボイ獲物だが、まあいいだろう。我が声へ応えよ、邪竜! 眼前の敵を打ち砕けぃ!!」
「……って、オイ! 考える間くらいよこせ!」
嬉々として竜に命令を下す一つ目を見届け、和解は無理だと瞬時に悟る。本来ならば無用な戦いで暴力など振るいたくなかったが、この場合はやむを得まい。獣人と人間が争うは宿命。ならば直面した危機を見事に切り抜け、生き延びてみせろよ――――!
「――――投影、開始」
以前とは比較にならぬ滑らかさで魔術回路を起動し、投影対象の設計図を組み立て、それに魔力で鋳造した鉄を流し込む。素材把握。構造把握。経験把握。
何もない筈の掌に確かな量感が出現し、ここに幻想の具現は完了した。
「――――投影完了。干将、莫耶!」
取り出したるは、衛宮士郎にとって最高の相性を誇る夫婦剣。錬鉄したての双剣を明確な敵意を放つ存在に対し油断なく構える。――ややあってから自分が狩人であることに気付き、第一に弓を使わない己の戦闘スタイルに苦笑するのだった。
「ギ? お前、アトルガン皇国の青魔道士か? 変わった魔法を使いやがる……。だが俺様が召喚した邪竜にとっては焼け石に水よ」
「どうかな? やってみなければわからないぜ……」
状況は言うまでもなくこちらが不利。1対2に加え、片方の萎びた風体の黒竜は明らかに俺の力量を超える相手だった。だがそれは正面から力任せに押し合ったケースに限ること。力で負けているのならば奇策を以ってその差を補うまでだ。
何の躊躇も見せず、出来る限りノーモーションで投影したばかりの干将を投擲する。標的は頑丈そうな竜ではなく、後方で得意げに笑っている一つ目。
まさか開幕で頼みとなる武器を放り投げるとは思わなかったらしく、過度の回転が掛かった短剣は容易に一つ目の翼を切り裂いた。はためいていた翼が用を成さなくなったことにより、一つ目は無様に地面に落ちていき、同時に奴のプライドをしこたま傷つける。
当の俺は、意外な展開によって生じた数秒間の間を利用し、無数に転がってある岩陰へと身を潜めていた。この貴重な数秒間を使い、何とか勝てるだけの策を搾り出すのだ。
「貴様ァッ、隠れていないで出てきやがれ! 邪竜よ、お前のブレスで焙り出してやるのだ!」
ドラゴンは炎を吐く、というのが神話上でも現在でも一般的とされている定説だ。
俺だって馬鹿じゃない。諸手となった手には、ローアイアスを投影するべく、既に設計図が描かれていた。炎ならばいくらでも防ぐ術がある。
――――だが。
「……グッ!?」
いつまで経ってもこない炎撃に微かな戸惑いを覚えた時。異変は視界に入っていた手の甲から顕れた。
柔らかな肌色を不吉な紫色が侵食し、それに上乗せするべく赤い斑点が覆い始める。それに伴いピリピリとした痺れが手の動きを鈍らせ、遂にははっきりとした激痛を伴う程に悪化した。
――――毒。
そう。ブレスは何も炎だけとは限らなかったのだ。邪悪なドラゴンから吐き出された毒霧が微細に分離して空気中に溶け込み、知らずと俺の体を蝕んでいたのだ。
慌てて毒消しを食もうとするも時既に遅し。大まかな位置を確認したらしいドラゴンの巨大な尻尾が、巨石群を薙ぎ倒し、影に隠れている俺にもつぶてを混じえた強烈な一撃を叩き込む。一瞬意識が遠のきかけると共に、無情にも手元にあった毒消し薬までもが数間先まで飛んでいった。
「ぐ、あ……」
「ようやく見つかったか。――このまま放っておいても体中に毒がまわりきって死ぬが、それでは俺様の気が済まん。ゆっくりとこの恨みを清算させてもらうぜ」
「うう……」
状況は一つ目、ドラゴン共に無事。毒で満足に動けない俺だけが、情けないくらいに無抵抗な姿で地にひれ伏している有様だ。
勝負あり。
途中までは良しだった。だがやはり1人というのはいくらなんでも無茶があったか……。せめて道中で巻菜を捕まえてから行けば、また違う結果が生まれていたかもしれない。
もはや後悔なんて意味のないこと。毒が血管を通って隅々まで徘徊し、徐々に衛宮士郎の命を喰らい尽くしていく。……いや、その前にプライドに泥を塗られた一つ目が、大きな口で喉を引き裂くべく歩み寄ってきて――――。
「………………!?」
――――途端に左右に分断された。
「……その人に……その人に手を出すな!!」
透き通った声は女性の声。思い当たる人物はバタコか巻菜のいずれかであったが、見上げた先に立っていた人物は、白いローブ包まれた、覚えのない誰かの背中。純白の布口からはみでた可憐な手からは、銀色に輝く直刃の閃き。
いくら記憶を探ってみても、全然出てこな…………いや、違う。俺は知っている。あの凛々しい後ろ姿を知っている。だがそんなことはあり得ない。だって彼女は元の世界にいる筈なのだから。
白い彼女はふっと哀しそうな視線を俺に送ってきた後、改めて黒いドラゴンへと立ち向かっていった。……綺麗な動きだ。魔力の波動は感じないものの、鍛えられた精巧な動きは鈍重なドラゴンを圧倒していた。
それでもまだ危うい。ドラゴンは鈍い代わりに並外れたタフさで戦局に拮抗し、どうにか目の前の怨敵に一撃を浴びせようともがいている。当然、人の身であろう彼女は一回でも当たれば危険だ。
……どうする?
今の俺にもまだ出来ることがある筈だ。
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最終更新:2008年01月27日 23:37