431 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/08(火) 00:24:32
黒く濁った爪が、白いローブを掠める。対する彼女は、まるで牛若丸の如くドラゴンを翻弄していたものの、状況は傍目から見てとても危うく映っていた。
戦況を気の抜けぬものとしている最大の要因は何か? ドラゴンの怪力もその一因ではあったが、何より数度打ち込まれても尚平然とする堅牢さにある。彼女の細身の剣では、鋭い一撃も肉厚な皮膚に食い止められ、臓腑に届く前に勢いが止められてしまう。ぱっと見優位に見えても、一歩道を踏み外せば奈落の底という危うい位置に立たされているのだ。
……ならばどうする?
もう答えは得てある。取るべき手段は一つ。奴が鋼鉄の城壁を誇るというのならば、こちらはそれ以上の脅威を以ってぶち破るのみ。
未だ目覚めぬ『無限の剣製』から、とある剣の設計図を取り出す。もしも本当に眼前の白い女性が彼女だとすれば、必ず使いこなせる筈だ。
「投影、開始」
現在進行形で毒に蝕まれつつある恐怖を追いやり、ガラス細工を指でなぞる繊細さで精神を集中させる。
空想に描き上げるイメージは、幾度もの戦場を駆け抜ける果てに辿り着いた瓦礫の山。全てが篝火となった黄昏の中、少女は一人、虚空を見上げる。
徐々に蒙昧としていく頭をまさぐり回し、かつて見た彼女の記憶を再現していく。
俺は魔力の扱いに関しては殊の外ヘタだ。繰り損ねた魔力の奔流が容赦なく狭い回路を焼いていき、その度に脳に鋭い痛みが走っていく。痛みは確実に我が身へと影響を及ぼし、眩暈となって眼前の視界をぼやかせる。
……だがそれでいい。
多少荒々しくなろうとも、暴れまわるエネルギーは確かに鉄を織り成す一部品へと練成されていく。華美な柄拵えを少しずつ組み上げ、肝心の刃の鋭さを記憶にある限り精密に再現していく。
「――投影完了」
霞む視界を押しのけて刮目すれば、手には少女の想いが籠められた、『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』の雄姿。
既に毒は全身を侵し、もうこの体には幾許の自由も許されていない。だがせめて一振り。一振り、腕よ動け。
「セイバー! 受け取ってくれぇっ!!」
残された全精力を用いて、今し方鍛え上げた剣を投げ放つ。そこには相手への配慮など微塵も篭もっていない。一見浅慮にも思える行動であったが、俺は彼女が剣を受け止めてくれると信じていた。
凶暴に回転していく剣を、果たして少女は易々と手に収める。僅かに戸惑いを籠めた視線を交わした後、彼女の口元に薄っすらと決意の光が宿った。
そして己へと突進してくる悪意に向け、剣を大上段から渾身の力で打ち下ろし――――
――――意識のない耳に、何かの爆発音だけが響いた。
「――――シロウっ!」
「…………んっ……セイバー?」
目を覚ませば、視界いっぱいに誰かの顔が映っていた。頭には相変わらずローブが被さられており、月光を遮る無粋なフードのせいで、表情が読み取れない。反射的に剥ぎ取ろうと腕に力を込めるも、返す反応はピクピクと痙攣するだけだった。
「……毒消しを使ったけど、痺れが治まるまでもうしばらく時間が掛かるみたいだ。ケアルはかけておいたから、背中の傷は塞がってある」
「ん、ありがと」
途端、じわりと違和感が滲み出す。はて、セイバーってこんな口調だったっけ? ――と。
再度確認の意味も併せて眼前の誰かの瞳を見つめ直す。……うん、俺が知っている碧眼、加えてフードから僅かにはみ出ている金髪は、彼女のそれだ。全貌は露わとなっていないものの、目の前の女性はセイバーに違いない。
そのまままじまじと彼女の顔を凝視していれば、ふいに潤んだ翠玉から2粒の雫が落ちた。雫は微かに加速して俺の頬へと着地し、いくつもの小さな水玉へと分散した。思わずギクリとなって口元を眺めれば、あろうことか端正に整った唇は、くしゃくしゃに歪んでいた。
「う……馬鹿……。し、死ぬ所だったんだぞ! う、ううっ! 貴方はいつも無茶ばかりで……心配している方のことも、考えて欲しい……」
「ご、ごめん? え、と……?」
そのまま嗚咽を押し殺しながら、俺の胸へ顔をうずめる誰か。
違う。彼女は断じてセイバーではない。
寸前まで彼女はセイバーで、俺の想像を超える何らかの方法を使ってこの世界に来たものだとばかり思っていた。だが少なくとも俺の知っているセイバーならば、この程度のことで涙を流したりしない。気丈な彼女は、滅多なことがない限り人前で涙を見せないのだ。
…………なら俺に覆い被さるこの娘は一体誰なのだ?
けれども、微塵も不快感なぞ覚えなかった。
心底俺の無事を懸念して涙を流す様子を眺めていれば、その感情が警戒心には程遠いものだと自然に理解できたからだ。身を寄せ合って目を瞑れば、安らかさすら感じるではないか。
そうしてその時間が永遠に続くのではないかと錯覚し始めたとき。
「…………ゲ。ゲッゲッゲ……」
柔和な空気は、突如として発せられた不気味な声に、一蹴された。
「闇の王が間もなく死の世界より蘇られる……」
「お、お前、その状態で、生きているのか……?」
「…………」
慌てて声の発生源に視線をやれば、両断されて死んだ筈の一つ目が、蠢いていた。
――悪魔。彼らは、人間ではない。
「20年前に闇の王と刺し違えたような偉大な勇者は、もうお前達人間の中にはいまい? ゲゲ。……この20年、お前らがいがみ合いを続けている間に、俺達は着々と準備を進めてきたのだ」
「……もう、喋るんじゃない」
「闇の王がお目覚めになった時、世界は混沌と闇に呑み込まれるのだ! ククク……ざ、ざまあ見やがれ…………ゲ、グ……」
「…………」
「……あんた?」
いかなる所存か。先程まで蹲って泣いていた彼女が、立ち上がる。そしてそのまま死に掛けの一つ目の傍まで歩み寄った。
「闇の王が蘇る、だと? ……むしろ好都合。再度地獄へ送ってやるさ。ああ、そのためならば、喜んで刺し違えてみせるとも」
「……キ、キ……」
もはや乙女の可憐な振る舞いは露も残さず。冷徹な彼女の決意を最後に、一つ目は息を引き取った。
既に空気は穏やかな様相を呈してなどいない。辺りに漂うものは、殺伐とした敵意のみ。
冷め切った頭で周囲を見渡せば、残ったものは煙をあげている巨大なクレーターに、二つの肉片となった異形の魔物の残骸。
闇の王……。
俺は知らない…………筈なのだが、その名を回想すれば、確かにいつかの記憶に刻まれていた。昔のことじゃない。つい最近、この世界を訪れて以降、誰かから聞いた話に含まれていた名ではなかったか。
不意に骸と向き合っていた彼女がこちらへと身を翻す。……そうだ。ろくに覚えのない名前よりも、まず彼女のことに関心を向けるべきだった。
考えなしに口を開き、寸前で何を喋ろうかと逡巡すれば――――
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最終更新:2008年01月27日 23:38