480 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/09(水) 19:14:15


「……え?」

 ――ぎゅっ、と。少女の細腕が、まるで絹を被せるかのように、心底愛しいものに抱きつくかのように、優しく繊細に俺の首へと巻きつく。続けて半身を起き上がらせた胸に、先程の剣撃とは縁遠い華奢な体を預けてきた。微かに香る柔らかな匂いが、引き締めていた筈の心を優しく解く。
 一瞬何事かと逡巡し慌てて彼女の横顔を見定めれば、当の少女はゆっくりと目を瞑り、この時間に心底安らぎを感じながら、尚且つ噛み締めるかのように味わっている風であった。そんな顔されたら、離れろだなんて口が裂けても言える訳がない。
 そのまま1分、2分と時が過ぎ――恐らくは30分以上膠着したまま動かず、毒の痺れが消えてまともに体が動くようになった頃、ようやく少女が口を開いた。

「――――シロウ。……会いたかった。もうずっとずっと、会えないかと思っていたけど……でも貴方はいつかの時と同じ姿で私の前に立っていてくれた。本当に、それが嬉しいんだ……」

 言葉の抑揚と同調し、巻かれた腕に微かな力が込められる。
 ――深い。
 俺自身はこの人のことなんて全然知らないというのに、あまつさえ別の女性と重ねてしまったというのに、彼女は途方もない深い愛情を俺に与えてくれる。このままではいけない。多少彼女を傷つけることになっても、知らない相手に無償の愛を受け続けるだなんて、ムシが良すぎるではないか。
 錆びた蝶番のような重い口を、筋肉の力で無理矢理こじ開ける。状況に甘えてばかりでなく、時には真実に立ち向かう勇気も必要なのだ、多分。
 そして――――。
 内面の覚悟とは裏腹に掠れ出た小さな声が、幸せそうな彼女の頬を、世界チャンプが放つコークスクリューの如く突き刺した。

「……えっと……あんた、誰……?」
「――――えっ?」

 緩んでいた表情が反転し、綺麗な碧眼はただの点へと成り果てる。その変化の様は、本当に見ているこっちが哀れになるくらい唐突で、無情の引き金を引いてしまった俺自身、申し訳なさで一杯になる。でも知らないものは知らないのだ。彼女に――とは言わなくとも、出来ればどこかにいると思う神様ぐらいは、この行き当たりのない気まずさを理解して欲しい。
 呆けた表情から更に一転して、整った二つ眉の間に苦悶の皺が寄り、穏やかだった目からはこちらに縋るような仕草へと成り果てる。ころころと移り変わる表情の多様性に、すまなく思う反面ちょっとおかしさを感じてしまったが、それを表に出しては直感的にヤバイと理解できるので、必死になって堪えた。

「う、嘘だ……。……シロウは、シロウは私を忘れてしまったのか!? いや、確かに共に居た期間は微々たるものだったが……それでも! それでも私にとってはいずれにも換え難い大切な思い出だったのに!?」
「すっ、すまん。いや、でもさ、本当に知らないんだよ……。そっ、それにさ、そんなフードを深く被っていちゃ、誰かなんて判る筈もないだろ? こっちからは半分くらいしか見えないんだし、まずはちゃんと顔を見せてくれよ」

 言われて初めて気付いたのか。少女は得心したかのように手を叩き、改めてフード端を掴んで、すっぱりと気持ちいいくらいの思い切りの良さで後方へと剥ぎ取る。
 ――やはり幾つか見えていた個々のパーツから想像していた通り、露出した顔はセイバーのそれだった。
 あの金髪に、不自然なくらい跳ね上がった毛に、凛々しく切れたグリーンの瞳。端正な鼻や口や耳も、俺の記憶に刻まれているセイバーに間違いなかった。敢えて違う箇所を指摘するならば、髪型が無作為に手付かずのままであることと、ちょっぴりお乳がデカイこと、そして着用している鎧の差異だけか。加えて顔も少し大人びている気がするが……しかしそれだけである。

「さ、取ったぞ。……ど、どうかな?」

 ……どうしよう。頬を朱に染めながら期待の眼差しを向けてくるというのに、事態は光明を見出すどころか事の顛末をますます複雑にさせ、解決の糸口を垂らさない。
 もしや頭でも打っているのだろうか。お胸はパッドでも入れているとか……いや、待て、パッドを入れる意味がわからない。かの誇り高き騎士王が、パッドで自身を偽るなんてあろう筈がない。ああ、でも実際明らかに大きくなっているのにこれは如何に!? パッド、本物、パッド、本物…………いかん、真面目に考えているのに、頭からお胸の話題が離れない。
 だがご注意あれ。一人俺が俯いて悶々としている間に、当の彼女は徐々に表情を強張らせ、傍目から見ても判る程、不機嫌となっていた。

「……バクヤ」
「はん?」
「バクヤだ! 貴方が私に与えてくれた名じゃないか! まさか忘れられているとは思わなかったがな!!」

 空白。刹那の間。
 バクヤ……ばくや……干将・莫耶……。莫耶……。

「莫耶………………ってええぇぇーーーっ!? お前、あの莫耶ァ!? あの、子どものォっ!?」



Ⅰ:――Interlude side Saber
Ⅱ:――Interlude side Ortensia
Ⅲ:お胸についてもう少し詳しく聞いてみる


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最終更新:2008年01月27日 23:39