535 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/11(金) 01:32:53


 静謐に己の頭に刻まれた過去を追えば、そこには確かに少女と過ごした思い出が存在し、千切れたカケラが泡沫となって肌をくすぐる。
 少女と共に過ごした晩餐も。少女と共に磨いた剣技も。少女と共に床へ就く連夜も。
 積み上げてきた想いを一々掬い上げるのが億劫になってしまうぐらい、俺は彼女を愛しく思っていた。恐らくは、彼女も同様に。
 驚きもあれば混乱もある。だがそれ以上に、最後に顔を合わせたのがあんな心配かけさせるような別れ方――否、あんな虚しい引き裂かれ方をしたものだから、姿は違えど、今目の前に彼女が無事に立っていることが、不覚にも目が潤んでしまうくらいに嬉しかった。
 可愛い顔を膨らませている彼女を、今度は俺が優しく、労わりを籠めて包み込む。
 突然の抱擁が予想外のものであったらしく、華奢な体が大きくビクリと震えるが、構わず押さえ込むくらいに力を込めて抱きしめる。

「シロウ、は、恥ずかしい……」

 抗議の意味合いを含めた戸惑いの視線を無視して更に力を籠めれば、心臓の鼓動は平常より一層強く脈打ち、体に触れた部位は熱いくらいに発熱した。決して羞恥心がないという訳ではなかったが、それでもこの喜びと安堵を表す行為が抱擁以外に思いつかない以上、いくら躊躇しようと詮無いことであろう。
 ――ややあってから充分に喜びを分かち合えたと確信した時、ようやく腕の中の莫耶を解放した。見れば彼女は長風呂にでも浸かっていたような有様で、耳まで真っ赤な茹でダコの如しであった。改めて自らの行いの過激さに直面し、俺自身も彼女の赤面症が感染したと見紛うばかりの連鎖をかましてしまう。

「え、えと……まずは、だな。ば、莫耶、先に謝っておかないとな。最初にお前だって気付けなくて、ゴメン」
「へっ? あ、うん。別にもう、気にしていない。許す……」
「そ、そうか。……でな? 最初に俺がお前だと判らなかった理由もあるんだけど、お前さ……」

 眼前の女性は、十代後半から二十代にも相当する容姿を携えていた。半年前よりずっと高い背丈。伸びきった手足に、少女の名残と逞しい大人の兆しを宿す顔貌。ついでにお胸も子どもと称するには苦しいくらいに女性的である。
 彼女が莫耶だとすれば、これだけはどうしても聞いておかねばなるまい。というより聞かずにいれば、気になって夜も眠れない状況にマジで突入しちまう。

「――明らかに成長しているよな? その、背丈とか、色々」

 途端、俄かにきょとんと不思議そうにこちらを眺める莫耶。思わず自分がとんでもなく的外れなことを訊ねてしまったのではないかと慄くが、再度質問の内容を検めるも、断じておかしなことなど言っていない筈だ。――だから言い逃れなど不要だというのに、つい口から弁明の言葉がこぼれ、下手くそなフォローで自らを擁護しようと躍起になっていく。

「いや、だって俺とお前が離れ離れになってから半年しか経ってないんだぞ。それなのにいくらなんでも成長し過ぎじゃないか? 成長期を視野に入れたとしても、計算が合わない」
「ふむ? 私はそれ程成長した風には見えないが……」
「そ、それに、お、お、お……」
「『お』?」
「おっ、おっ、おぱっ」
「???」

 ああ、何を言っているんだ俺は! でも――――どうしても気になる! いや、先に断っておくと、俺は変態ではない。というか健全な男子ならば、誰しもそっちに関心がいく筈だ。これはあくまで自然的な興味の対象であり、断じて俺は変態などではない。
 しかしこれだけ熱意を秘めた視線で一点を凝視し続ければ、やましい心がバレるのも道理。きめ細かい白い肌に再度朱が走り、困惑しきった彼女が慌てて俺から距離をとる。その際にサッと油断なく胸元を隠され、せっかく白熱していた胸中に、自身のさもしさを咎める憐れな木枯らしが吹いた。

「貴方という人は……。まったく、かつての保護者だというのに、これでは安心する暇もないな」
「す、すんません……」
「私だって女なのだから、時が経てば成長するのも道理じゃないか。……激しい運動をするときには邪魔以外の何物でもないが」

 直後、日々あくせくしながら豊胸の術を試している赤いあくまの姿が思い浮かぶ。完璧な筈の彼女が抱える唯一のコンプレックスなだけに、この台詞だけは聞かせられないなと苦笑してしまった。何も全員が無条件で大きくなる訳ではないのだから。

 冗談はそれまでにして、そろそろ本題に入りたい。――俺と彼女との間には、半年間の長期に渡る空白の時間が存在する。ましてや当の少女は得体の知れない龍……真龍に攫われていたのだ。成熟された肉体には一方で煩悩を感じる反面、単純に不思議に思う疑問と、明らかに条理を逸した現実に不安と憔悴を催さずにはいられなかった。

「……話が脱線しちゃったけど、実際どうなんだ? まさか急成長する薬でも飲んだとか」
「まさか。私はちゃんとそれなりの歳月を経験して、今ここに立っている。長くなるから大方端折るが、誤解せぬよう言っておくと、あの時私達の前に現れた龍は害意を持っていたのではない。実は彼と私とは浅からぬ縁があったらしくてな、今まで彼ら真龍の元で世話になっていたのだよ」
「…………」

 ――絶句。
 真龍に縁があるというのも十二分に驚愕すべきことではあったが、それ以上に人間とは大きくかけ離れた力を持つ生物に、世話なんていう概念があったことに驚いた。とはいえ俺自身特別真龍について詳しい訳ではなく、出会ったのは莫耶を攫っていったあの巨大な龍1頭のみである。
 それでもあの巨身から象徴される人を超越した力と、鰐口から発せられる厳かな声音には警戒を呼び起こすに充分な迫力が感じ取れたし、残念ながら俺達に対して友好的な感情は欠片も読み取れるものではなかった。人を超えた者の慢心というか、白けきった目からは小さな者を見下す趣すら宿していた。そんな奴らが人間を囲うだなんて……とてもじゃないが、理解できない。

「……詳しい話はまた後ほど。それより何か目的があってこんな所に来たんだろう? 用を済ませなくて良いのか?」
「――っと、そうだった。レッドテラピンが生息している沼を探さないと。えーと……」
「レッドテラピンとはまた珍しいモノを欲するのだな。まさかそれだけの為にオークの野営地に立ち入ったのか?」
「具合の悪い友人にどうしても食わせたくってね。それで元気になるのなら、出来る限り早く食べさせてあげたいだろ? ――――って、ちょっと待った。野営地?」
「ああ。ここは今現在サンドリア王国と冷戦状態が続いているオークどもの拠点のひとつだぞ。正直、一刻も早く脱出しないと命に関わる」
「…………は?」
「……ん?」

 ――当然だが、人の話は最後まで訊かねば、真に伝えたい本質は依然闇の中である。
 明け方、釣れたてのスッポンを脇に抱えて逃げ惑いながら、或いは心中で折角の警告を蔑ろにしてしまったサンドリア国民に詫びながら、俺達はカレンの待つバストゥークに向けて走り続けるのだった。



Ⅰ:――Interlude side Saber
Ⅱ:――Interlude side Gilgamesh
Ⅲ:――Interlude side Sakura


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最終更新:2008年01月27日 23:40