610 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/13(日) 21:03:00


――Interlude side Saber


 ――――今、私はどこにいる?
 周囲を見渡せば眩い光は一条も見出せず、代わりに多色華美な彩りを総て塗りつぶす暗黒の海が広がっていた。
 誰もいない。
 慣れ親しんだ少年の笑顔も。凛々しさと誇りを併せ持った少女の勝気な顔も。寂しげな微笑を浮かべる少女の横顔も。…………老獪な魔術師の底意地の悪そうな顔も、いつも目尻を濡らしていた王妃の泣き顔も、最大の友であった騎士の秀麗な顔も、少年のような朗らかさをもった忠勇の騎士の笑い顔も。――――どこにもなかった。
 胸が苦しい。動悸が激しく胸部を苛み、吐き気すら催してくる。
 世界には自分以外誰も居なくて――。
 皆、私から離れていって――。
 ふと、自分はいったい何者なのだろうかと不思議に思った。
 王。私はブリテンの王、アーサー・ペンドラゴン。それは判る。だがアーサー王などという肩書きは、もしや小娘が描いた空想に過ぎず、そんなもの世界中のどこを探しても在りはしないのではないか。アーサー王なんて、ただ私が人形を持ち出して遊んでいただけの絵空事ではないか。
 誰もが認めない自分。誰もが見放す自分。誰もが浅慮と嘆き果てる自分。誰かを傷つけずにはいられない自分……。
 私は、いったい……?
 突如バキリと床板を踏み割る音が響き、それが自身を思考の淵から半ば強制的に覚醒させる。はっとなって音源へと振り返った先には、覚束ない残像を重ねる死神――――否、豪奢な馬へと跨った騎士が静かに佇んでいた。

「貴方は……?」

 問いには答えず、無言の騎士はただ黙々と剣を構える。スラリとした長剣を関節の限界まで振り絞り、一撃に乾坤を賭すべく、必滅の気合を籠めた一刀のみの勝負。空いた眼窩は不気味な煌きを宿し、それが私を呑みこむくらいに一層深い眼差しで――百戦錬磨である筈の我が身が不覚にも総毛立った。
 もはや言葉など要らず。意味も不要。これほどの強敵を前にして、どうして戦わずにいられようか。よしんば戦わずして危機を乗り越えたとしても、敗者の汚名までは逃れられまい。
 体内の魔力を巡らせ、約束された勝利の剣を召喚する。幾多もの戦場を駆け抜けた、我が分身――星々の加護が付与された神造兵装は、光輝く黄金の刃を眼前の敵に威武し――――

「――――ッ!?」

 ――――てはいなかった。あれだけ眩しく輝いていた刃は、しかし一片の光も燈さず、まるで死を迎えたかのように鈍い鉄の暗さを呈していた。
 驚嘆。その油断から生じる決定的な隙。
 慌てて刃の先を目で追うも、返ってきた真実は絶望よりもなお重い、騎士王である己の存在意義の消失。突然過ぎる、エクスカリバーの死。
 馬がないのはまだいい。人馬一体という言葉があれど、何も全ての移動手段に馬を用いる訳ではないのだから。しかし、剣は……。理想を掲げ、幾多もの戦場を渡り歩いた我が分身は……剣のサーヴァントとして呼び出された己にとって、そして騎士として存在する以上、剣の有無は何よりも優先すべき絶対条件であった。
 剣がない以上、そこにあるのは騎士に非ず。凡俗な小娘に戦う力などあろう筈がない。
 呆然とする私を尻目に、馬、鎧、剣、全てを揃えた真性の騎士が、掲げた剣を振り上げ――――私の胸元目掛け一気に振り下ろす。

「や、め――」

 制止の言葉を無視し、無情にも剣は轟々と迫る。サクリと何かが胴を一閃し、続けてボトリと何かが落ちる音が聞こえ、反転した視界には輪切りとなった私の…………。

「やめっ…………やめろおぉ!!」
「きゃっ!?」

 ――途端、闇に包まれていた世界に光が満ち溢れ、払われた瘴気の中から安穏としたアンティークの様相が現れる。首を左右に巡らせれば、心配そうにこちらを覗く、年端もゆかない少女の姿。
 反射的に胸元を擦ってみるも、そこには抉れた傷の感触などなく、返ってきた反応は濡れてグシャグシャになった衣服の手触りのみ。心底安心した反面、途方もない疲労感が全身を襲った。

「は、あ……っ」
「あの、大丈夫……?」

 背には柔らかい布の触感。やや遅れて喉の渇きが呼吸を遮っていることに気付き、咳き込む。真下を眺めれば水分を吸い尽くして鈍重となったシーツと衣服が目に入り、黒く変色したそれらが尋常でない発汗量を示していた。

「……水を、頂けませんか……?」
「あっ、うん。どうぞ、気をつけて」

 小さな手から労わるように差し出された陶器製のコップを受け取り、中身を一気に飲み干す。清涼な水は疲弊しきった五臓六腑へと染み渡っていき、潤った細胞から生じる命の鼓動が、アルトリアの肉体を徐々に蘇生させていく。まるで湯を注いだ海草を見るかのように――水は本来あるべき自然の姿を促す神秘であった。
 やがて体の隅々まで蘇生を完了させた後ようやく疑問を疑問として感じられる余裕が得られ、目の前の少女は誰なのか、ここは一体どこなのか、改めて不思議に思った。
 当然の帰結として、疑惑の焦点はまず目の前の少女へと注がれた。赤い衣服に身を包むそう年端もいかない――しかしはっきりと大人の兆しを宿らせた彼女は、先程から穏やかな表情でこちらを見守っている。害意は感じられない。かくいう私も、先程の水のやり取りで、この謎の少女が信頼を預けるに値する人物だと確信していた。

「ありがとう、おかげで生き返りました。私の名はセイバー。よろしければ貴女の名もお聞かせ願えませんか?」

 少女は僅かに首を傾げた後、微笑を込めて、愛らしい唇を開く。

「アフマウって言うの。よろしくね、セイバー」

 アフマウ――。
 恩人であろう少女の名を慎重に刻み付けたとき、ふと、ある異変を感じ取った。



Ⅰ:魔力が切れかけている……
Ⅱ:エクスカリバーはどうなったのだろう?
Ⅲ:そもそもここはどこなのだろう?


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最終更新:2008年01月27日 23:41