642 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/16(水) 00:21:19
剣――。腕の延長線上と錯覚するまでに慣れ親しみ、また使い込んだ愛剣の姿が見えない。
いつも手元にある筈のエクスカリバーの消失――。たったそれだけのことだというのに、胸の底から途方もない喪失感が噴出し、視界を揺らした。こうして座っているだけでも言い様のない強迫観念が心を苛み、一時も冷静でなどいられない。
剣とは本来使い捨てを前提に所有するものであり、あくまで必要以上の思い入れは無用とするべきなのだ。遵って今の私のように個に執着するのは間違った捉え方であり、むしろ危険ですらある。戦場という激務をこなす以上、痛んだ刃を見過ごして使い続ければ、自身の命を削る結末になりかねないのだから。――それが並の剣ならば。
しかし我が愛剣は湖の妖精から授けられた世界に二つとない聖剣。刃にのせた信念、信頼、共に歩んだ経験は、他の剣で代用できるほど到底安くはなかった。
「あっ、あの、私のエクスカリバー……け、剣を知りませんか? 黄金の柄に直刃の……」
少女……アフマウは気まずそうに視線を外し、一言「アヴゼン」と言ったきり俯く。その言動の意味を訝しがるよりも先に、ベッドのすぐ傍から赤い帽子を被った小柄な何かがジャンプした。
「おまえガ、サガシてるケンッテ、コレカ?」
人形――。
一目で解る。軽い布に包まれた中で蠢く歯車の音。人よりも昆虫に近い不安定なくらいに細い手足。
子どもと見紛う低い背丈をしたソレは、しかし明らかに人間とはかけ離れた音声を発し、どちらかといえば歯車が軋むかのような高いトーンを含んでいた。
「これは……? いえ、それよりも……」
問題は針金の如き手に抱えられたオブジェにあった。中ほどから綺麗に両断された剣――――。
途端、精神が瓦解するかと思うほどの衝撃が脳を直撃するが、しかしよく見れば折れた剣の形状は見知ったものではなく、華美と称されるのが憚られぬほど綿密な彫金細工が施され、かつて刻まれていた筈のルーン文字は露ほども見受けられなかった。
おかしい、これは一体どうしたことか。
事実を素直に受け入れようとする半面、理性が頑なに拒否を訴える。何故なら剣に籠められた魔力こそ残滓として感じられるものの、決定的に形状が違う以上、それを我が剣とするのは流石に早計に過ぎるであろうから。これは、こんな折れた剣は、エクスカリバーでは…………ない。
「……アフマウ、からかうのは止して頂きたい。コレは私の所持していた剣とは全くの別物です。大方誰かが不覚にも折ってしまった物でしょう? 全く、性質の悪い冗談です」
「ホントウか? オマエ、ゴマカしテいないカ?」
「セイバー、あのね……この剣は他でもない、あなた自身が握っていた物なのよ? だからってあなたの物だとは限らないのだけど……本当に知らないの?」
「…………」
知らない。恐らく握っていたというのは気絶していた最中に知らずと掴んでしまったのだろう。――いや、そもそも私はどうして気絶していたのか? サーヴァントである己が気絶するなどと、普通に過ごす以上、どうやってもあり得ない出来事であるのに……。
頭が痛い。そのことを考えようとすれば、鈍痛が戒めのように脳を蝕んでくる。考えたくない。きっと、それは考えてはいけないことなんだ――。
途端、前方の扉が強烈に叩きつけられる。何事かと面を上げれば、今度はこちらの赤い人形とは対照的な、白い装甲に包まれた人形の風体が佇んでいた。軽い警戒心が頭をもたげるも、傍らの少女の弛緩した表情がその必要性を解く。
「メネジン。どうしたの? もしかして、慌ててる……?」
「……蛮族だ。また蛮族の連中がアトルガンに攻めてきたぞ……。アフマウ、絶対にここから出るな」
「……?」
赤い人形とは違って限りなく人間に近い声音が、多分に緊張を含ませた堅い声で忠告する。兜に包まれた表情は影となって――そもそも人形に表情などある訳はないが――見えなかったが、恐らく硬直して危険の程度を訴えていたに違いない。
蛮族――。かつては私が治めていたブリテンも、夷どもの脅威に晒され続けてきた。皆まで理解することは叶わなかったが、今彼女達が危機に瀕した状態であることだけは充分に察することが出来た。
胸にかけられていたシーツを払い除け、蒸れた襟元を解放する。……彼女には恩がある。報いる機会は今を措いて他になし。
「アフマウ、何か適当な剣はありませんか? 貴女には世話になった。その恩を今返したい」
「えっ? えっ? あの、セイバーさん?」
「時は一刻の猶予もないのでしょう? さ、早く。……大丈夫、こう見えても剣の腕に関しては自信があるので」
「はっ、はい!」
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最終更新:2008年01月27日 23:42