783 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/19(土) 23:26:25
己の騎士としての本懐を遂げよう。
間近に蠢く悪鬼どもの非道な行いが許せなくもある。大将首を前にして腰を引く己の不甲斐なさが悔しくもある。だが……振り回されるな。踏みかけた一歩を強引に横へとずらし、誤った道を歩まぬよう、気性の荒い自身の闘志を理性の手綱で制する。
激情に振り回されてはいけない。今の私は一つの人命を守るために剣を執っているのだ。本来の目的を見落とし、万が一守る筈だった者に危害が及んだとすれば、恥辱に塗れた私は二度と剣を握ることが出来なくなるだろう。騎士王を称する以上、そのような無様は絶対に晒してはならない。
アフマウのいる居住区へと通じる門を、仁王立ちに構えた私自身を閂にして立ち塞ぐ。目の前には肉が丸ごと削げ落ちた裸の髑髏、空中に浮遊する肥大化したおたまじゃくしの群れ。
瞼を閉じ、我が背中にある者の姿を思い浮かべる。リンやサクラと同じ年頃をした少女の姿を……。――守ってみせる。絶対に、一匹もここは通さない!
「我が名はセイバー! 来い、魑魅魍魎の亡者どもよ! ここを通るつもりならば、そのなけなしの命、戴いていく!」
果たして彼らに意思というものがあったのか。気合を込めた怒号を合図とし――――奇形の亡者が一斉にこちらに向けて突進する。
数は髑髏2、おたまじゃくし3! 肉が溶けて骨のみになった髑髏はガシャガシャと耳障りな音を響かせ大地を蹴り、宙に浮いたおたまじゃくしはフワフワと不安定な足取りで舞いながら、しかし速度は人間のソレを明らかに越えたスピードでこちらへ駆けてくる。
いくらサーヴァントといえど多勢に無勢。生憎とこちらは本隊と離れた場所にあり、また戦場の穴となっており、救援など当てに出来ない。この場は私一人で抑えなければ、アフマウを含めた居住区の人々は阿鼻叫喚の地獄絵図の中へと放り込まれることになるであろう。何としても、ここは勝たねばならぬ正念場である。
「――風王結界(インビジブル・エア)……」
かつて刻まれた風の加護が借り物の剣へと纏わりつき、一陣の風が亡者の群れへと吹き付ける。やがて風は柔和な感触から刃の鋭さを持つまでに至り…………そよ風は小規模な台風にまで威力を高め、その猛威を存分に振るった。
既に風は石床に分厚く積もった砂利まで乱暴に掻き混ぜ、カマイタチと共に亡者へ降り注ぐ凶悪さへと昇華、剃刀とマキビシ入りのジューサーの中へと放り込んだが如くのダメージを贈呈する。最早致命傷は避けられまい。…………並の人間ならば。
「――――ッ!」
だが相手は人外の怪物。一風が過ぎ去った後に残されたモノは無残に千切れた骸のカケラではなく、未だ五体満足に進軍を続ける化け物どもの姿。髑髏はぐらつかせた手足を強引に前へと進ませ、おたまじゃくしはそもそも何の影響も受けずに飛びかかってきているではないか。
息を呑み、どうにか平静さを取り繕うと努めるも、脳裏を掠めるのは絶望の兆し。条理を逸した悪夢への歓待。
――それでも私には剣がある。我がセイバーのクラスを決定付けている最大の武器。例え風の刃を跳ね返す鋼の肉体でも、我が刃を直接叩き込めば何物も断てぬ道理はない。
標的となる人外の姿を確乎と見定めれば、やはり先程の風は堪えたらしく、最初の勢いと比べればやや動作が鈍い。瞬間最高速度が音速にまで達するサーヴァントを前にして、それは致命的なまでの愚行。
……アフマウから借り受けたエクスカリパーの柄を、魔力で遥かに加圧した握力で握り締める。四肢と腰、背中の筋肉を瞬間的に膨張させ、ヒュッと僅かな空気を肺へ吸い込んだ刹那――――我が剣は5体の敵それぞれの胴を余すことなく断ち斬っていた。
(――よし!)
手応えあり。長年剣を共にしてきた経験が、掌から伝わる柄からの衝撃だけで結果の如何を導き出す。まず間違いなく敵は胴を断たれて死んだ。
――それ故に。死んだ筈の敵がいた方角から大腿骨が飛来してきた時は、心底体が震え上がった。
「――――っは……っ!?」
保有スキル、ランクA相当の直感の技能。それが更なる絶望の危機から私を救った。
断片的ながらも事前に察知し得た情報が半ば強制的に腕を持ち上げ、掲げた刀身が弾丸以上の烈しさを以って撃ち出された骨を弾く。無理矢理体を捻じ曲げた先には……信じ難いことだが、今し方会心の一撃を喰らわせてやった亡者どもの涼しげな風貌があった。
……有り得ない。いや、なるほど、我が剣に斬れぬものがないと騙るのは慢心から生じる驕りでしかない。現に我が人生の中で終ぞ断てなかったものは存在した。騎士の王である私でも刃が通せぬものはある。それは認めよう。しかし今私が不可解に思っているのは断てる断てないの話ではなく、先程は斬った瞬間確かに手応えがあったというのに、実際には1ミリたりとも斬れていなかったということ。
一瞬エクスカリパーの不具を疑うも、枯れ枝すら魔力で強化して針金並の頑丈さに変えさせる己の技能を思い出し、嫌疑の無意味さを瞬時にして悟る。そもそも切れ味が全くのゼロであったとしても、まさか鉄の塊の一撃を喰らって無傷でいられる理由がない。改めてエクスカリパーの刃を見定めるも、それは先程の攻防に対し一片の刃こぼれすら見出せず、ただ鋭い刃の煌きが爛々と輝いているだけだった。
エクスカリパーが名刀であることに疑う余地はないだろう。なら、だとすれば、いったい何故……?
「セイバーっ!」
「……!?」
理不尽な仕打ちに呆ける私を尻目に、この場に居る筈のない者の声が耳をつんざく。赤い衣服に未だ幼さを残す顔立ち……。その傍らに従者の如く携わる赤と白の人形。
「アフマウ!? どうして出て来たのです! あれ程出てはいけないと言っておいたのに!?」
「ご、ごめんなさい。でも私、今回の侵略軍が死者の軍団だって知らなくて……。剣しか持っていなかったあなたが心配で……!」
「アンデッドにケンハキカないカラナ~。コノアヴゼンニまかセナッ! ファイ・ガッ!」
赤い人形――アヴゼンがかざした両手から炎が噴出し、5体の亡者を包み込む。……そういう機能が付いている訳ではない。炎が発された刹那、確かに人形の内側に魔術回路の波動が感じられた。
「あ、貴女、魔術師だったのですか!? 馬鹿な、この私が傍に居て気付けないなんて……?」
「……待て。アフマウは魔道士ではないぞ」
「魔法を使えるのは魔法戦フレームを装備したアヴゼンだけだよ。マウはアヴゼンにお願いしているだけ。ちなみにこっちのメネジンは白兵戦フレームを装着した近接戦用オートマトン。どちらも私の大切なお友達なの……」
「???」
せっかく少女が丁寧に説明してくれても、話を全て理解することは叶わなかった。
魔法戦フレーム? 白兵戦フレーム? オートマトン? 以前タイガが観ていたロボットアニメか何かだろうか? 様々な単語が私の中に根付く常識とはかけ離れ過ぎて、何がなにやらわからない。
「からくり士を知らないのか? ……もしやお前、西方の人間か?」
「私、は……」
そもそも私はどういう経緯を辿りこの地に立っているのだろう? 周囲を見渡せば、日本とは致命的に違う建築様式の家々、目の前の少女が纏う日本らしくない装飾華美な服、異形の魔物の群れ、そしてブリテンの頃に戻ったかのように同じ味をした空気。そして、そして――――。
「シロウが、私の隣に、シロウが、いない……?」
そうだ。私は、私のマスターを、愛し人を探しにここまで来たのではなかったか。……愕然となる。何故、そんな大切なことを今まで忘れていたのだろう。
自らの薄情さ、迂闊さに茫然自失となり、戦闘中だというのに膝をついて頭を垂れ、自分が自分じゃないくらいに隙だらけの様を呈する。
私の中での貴方の存在は、脆すぎる……。いつも優しくて、純粋で、それでいてどこか気高い……。そんな、そんな貴方を失った私は、もう何をすればいいのでしょうか?
「……! アヴゼン、メネジン、後はお願い!」
いきなりそんな姿になられては驚くのも道理。アフマウが腫れ物に触れるかのような慎重さで話しかけてきた。
「大丈夫? どこか怪我でもしたの? ……痛いの?」
「…………アフマウ、教えて頂きたい。ここは、いったいどこなのですか……?」
少女はまじまじとこちらを眺めた後、言った。
「アトルガン皇国。エラジア大陸を版図とする一大国家なんだけど……ってセイバー?」
「…………」
この世界に現界する際に与えられた知識に、アトルガンなどという国名はない。私は、いったい……?
途端、苦悩する私を余所に、綺麗な笛の音が戦場に響いた。
――Interlude out.
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最終更新:2008年01月27日 23:44