879 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/23(水) 21:21:13
ふっと息を吐いて周囲を見渡せば、目の前には誰より神父らしくない陽気な雰囲気を醸す男と、それに到底釣り合わない閑寂な、到ってシンプルな作りをしたオブジェの羅列。
ふと手元に目を落とせば、知らずと固めた握り拳が密かに震えていた。
やはり、だろう。
――どうも自分には嘘を嘘として見過ごすだけの度量が備わっていないらしい。
武芸者は自身の一面に改めて直面した後、一種の諦観、そして微かな鬱憤を含め、呟いた。
「なんでやねん……」
「は? あの、聞こえないんスけど……」
「こんな神父がいるかーーッ! 正体を表しやがれ、曲者めっ!」
「ゲッ、バレた!」
背負った薙刀を引き寄せ、慣れた手つきで檜製の柄を回転させる。かくして薙刀術の肝となる刃は使い手である武芸者の脇へと挟まれ、持ち手となる筈の柄の部分が神父の鼻先へと向けられた。
……何故武芸者は薙刀本来の用途を無視し、文字通り逆の構えを携えたのか? ――理由は簡単だ。これは身分を偽った不届き者に対する仕置きであり、あくまで反省させるのが目的なのであって、何も命に関わる荒事にまで発展させる気はさらさらなかったからだ。何より、これなら遠慮なく相手の頭を叩けるというもの。
――だがそれ故に。
(……何ッ!?)
神父の頭に命中する筈だった棒を何処から出したのかプラスチック製のモップの柄で受け止められた衝撃は、百戦錬磨の武芸者の心を存分に震わせた。
互いに一歩も譲らぬ鍔迫り合い。筋骨隆々の怪力から織り成されるパワーは、目一杯にしなる檜とプラスチックの自己主張を見れば瞭然であろう。――しなる柔らかさなど微塵もない檜と、ここまで粘り強いものはあり得ないプラスチックが拮抗し合う現実は、それなりの実力を自負していた武芸者の誇りを打ちのめした。
しかし武芸者は知り得なかっただろうが、彼が受けた衝撃は、対峙する神父も同様に考えていたことだった。そう、知るべくもない。彼が槍の位を冠する人ならざる者であり、武芸者以上に己の槍の腕前に誇りを持っていたということに。
そうして激しい体力の奪い合いに飽きたのか、神父――ランサーはモップに絡みつく薙刀を力任せに払い、風船のような軽さを以って後方へと間合いを広げた。教壇の上に着地して開口一番、彼特有の軽さを言葉尻に含めながら、事の弁明を試みた。
「待てって! 話を聞けよ!」
「何を!」
「いいから聞けって! どうやらアンタは俺を盗人か何かと勘違いしているようだが、それは誤解だ。俺はここに居たシスターの縁者でね。やりたくもねえ神父をやっているのは、代理としてなんだよ。似つかわしくないのは百も承知だっての!」
「ああ~ん? 泥棒は皆そう言うんだよ!」
言ってから乱された構えを再度元の形へと戻す。
さて、目の前のこの男、武器ですらないモップで武芸者と張り合った兵だ。未だ勝負は決していないとはいえ、先程の一合限りで最早実力の優劣は大方示されたと言っても過言ではあるまい。
武芸者としても勝てぬ戦にむざむざ挑みにかかる蛮勇など持ち合わせていないし、槍兵にしても不本意な戦であろうが、2人にとってこの戦いで利する箇所は実の所ない。
しかし常に強者を求めてきた両雄だ。格別意味のない戦に意義を見出せるだけの酔狂さを互いに持ち合わせていた。その2人の卓前に、口角から涎が滴るくらいに極上の料理が差し出されたのだ。どうして手を付けられずにいられようか。
(腕8本でも勝てるかは怪しいな……。だが、為ればこそ『究極幻想』を試す絶好の機会か……?)
武芸への飽くなき探究心。数ある戦場を渡り歩いてきた兵の矜持。
神を祭る建造物の中で、語らぬイエス像のみをギャラリーとした、最高に罰当たりな戦いが始まろうとしたその時――――。
「そこまで」
斬り落とされようとしていた火蓋を、空気の読めない、無粋な第三者が華麗にキャッチした。
途端、両者の頭に沸いたのは怒りの感情。
部外者というものは、得てして風当たりが強い。内輪の事情を知らない、というのも大きな理由ではあろうが、それ以上に内輪の中にいる人間に認められていないのが最大の要因ではないか。そもそも輪を作る人間とは、趣味・思想を類する同好の徒を求めた結果出来上がったものであり、言い方を変えれば、ものの在り方を保存するために存在する堅牢な城壁なのである。
純正を保つための輪だというのに、何故に志を異にする不純物を受け入れる道理があろうか。
限りなく純粋だった空間に突如として侵入した異物に対し、両者は明確な敵意を以って、声が発せられた方向目掛け、視線を送った。
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最終更新:2008年01月27日 23:48