235 名前: ブロードウェイを目指して ◆bvueWC.xYU [sage] 投稿日: 2006/07/12(水) 01:25:27

 たった数分の幕が上がった。
 三人がアイコンタクトで意志を交わすと、シオンが咳払いを一つして弓塚に向き直る。

「…………さつき」
「え?」
「別れの印にこれを」

 そう言ってシオンが右手を差し出す。弓塚が少し不思議そうな顔をしてそれを受け取る。

「わぁ……きれい」

 弓塚が受け取ったのは指輪だった。それもただの指輪ではなく、エーテライトで編まれてあり
 光にキラキラと反射していて、そこらのフェイクの指輪より一層高価そうに見えた。

「ありがとう…………シオン」
「いいえ、どういたしまして」

 きっと現実でも弓塚はこんな反応をするだろう。弓塚は涙を浮かばせて指輪を胸に抱いた。

「その……私はそんな気の利いたものは用意できませんでしたけど……」
「ううん、そんな事ないよ秋葉さん。来てくれただけでとっても嬉しい」
「ふ、ふん」

 緊張によるためか演技が達者なのか、秋葉はわずかに顔を赤らめて弓塚からそっぽを向いた。

「相変わらず素直じゃありませんね、秋葉。さっきまであれほどあれこれと言う事を考えていたではないですか」
「なっ、シオン!! それは言わない約束でしょう!」
「おや、そうだったでしょうか?」
「クスッ…………二人とも相変わらずだよぉ」

 誰からともなく笑い合う。俺はそんな三人を見て三人の仲の良さとこれからの別れを実感して胸に何かが込み上げてきた。
 三人とも緊張による固さは殆どなく自然体でやっているようでとても伸び伸びと演っているようだ。

「…………弓塚さん。あちらに行っても変わらずお元気で」
「秋葉さん、ありがとう。…………何か、改めて握手っていうのも恥ずかしいね」

 そう言いながらも二人はお互いの手をしっかりと握り合い、そして名残惜しそうに手を放す。
 弓塚は握っていた手を見つめて、軽く握って開いてを繰り返した。

「………………結局」
「え?」
「結局、あの人には何も言わなかったんですね。さつき」

 シオンの言う「あの人」が誰を意味するのか。それは分からなかったが、弓塚は僅かに逡巡した後、
 思い当たる人を思い浮かべたのか眉をひそめながら、

「あぁ…………うん。やっぱり言えないかな、って」
「仮に言いたくてもさつきは言わないのでしょうね」
「えへへ…………やっぱり分かっちゃう?」
「もちろん、貴方は私の数少ない友人なのですから」

 二人の目が合うと二人ははにかむように笑い合った。

「…………?」

 あ、秋葉がちょっと置いてかれている。
 それは秋葉も分かっているのか、無理矢理会話に入り込んだ。

「それより弓塚さん、もうすぐ時間ではなくて?」
「確かに。予定ではあと四分で発車するようです」
「………………うん、そうだね」

 傍らにあるであろう大きな荷物を片手に弓塚は二人の顔を見やってこれ以上ない笑顔をしてみせた。
 それは、どこか自分にも向けてもらいたいと思ってしまうほど魅力的だった。

「バイバイ、秋葉さん……それにシオン。私、ずっと忘れないよ」
「お元気で」
「どうか体に気をつけて」
「…………うんっ!」

 目尻を涙で輝かせて弓塚は振り返った。と、その時、偶然にも弓塚と目が合った。

「っ」
「………………」

 顔の温度がいくらか上がるのを自覚した。対して、弓塚はまっすぐに見つめていた。
 そして、




「……………………………………『大好きだよ』」





 そう言って、弓塚は教室のドアを開けて出ていった。

236 名前: ブロードウェイを目指して ◆bvueWC.xYU [sage] 投稿日: 2006/07/12(水) 02:18:04

「はいカット~! ありがとうございましたぁ~!」
「…………ふぅ。疲れました」
「ま、まぁこれくらい何ともないです。楽勝です、楽勝」
「よかったよ、三人とも。お疲れ様」

 二人に労いの言葉をかける。見たところシオンが周りを引っ張っていたようにも見えた。

「シオンはすごかったね。いきなりアドリブで指輪出すなんて」
「あの演出は問題ありませんでしたか?」
「全然。おかげで二人とも力が抜けたって感じだったよ」
「……それでは私は無能だったような言い方ですね、兄さん」

 シオンを誉めちぎっていたら秋葉の妬ましい視線が横から刺さった。

「あ、いやでも秋葉もよかったよ。なんていうか自然な感じの照れとかが特に」
「本当に仲のいい三人組だったんだ、っていうのが伝わりました。先輩が居たとはいえ他の二人も中々いい縁起でした。ところでさつき先輩、戻ってきませんね」
「あ、そういえば……」

 演技によって舞台の袖、つまり廊下にハケていった弓塚。教室のドアに視線をやったが戻ってくる気配はない。

「俺ちょっと見てくる」

 そう言って教室のドアを一息に開けた。ところが、右を見ても左を見ても弓塚の姿はどこにもいない。一体どこに…………

「ふぇ~、遠野く~ん」
「……弓塚?」

 不意に足元から聞こえてくる情けない声。見るとさっきの凛々しい姿はどこへいったのか、ぺたんと座り込んでべそをかいている弓塚の姿があった。

「どうしたの?」
「緊張しっぱなしでいきなり力抜いちゃったから腰が引けちゃって…………」
「…………ハハハ」

 これがさっきの人と同一人物なのだろうか。いや、こっちの方が弓塚らしいのかもしれないが呆気に取られてしまう。

「ほら、きっともうすぐ投票するだろうから立って」

 そう言いながら弓塚が立ちやすいように手を差し伸べる。

「え………………いいの?」
「いいの、って……何が?」

 出された手と俺の顔を何度も見やる弓塚は壊れた玩具みたいだった。

「余計なお世話だっていうんならすぐに手ぇ引っ込めるけど」
「う、ううんっ! ありがとう!」

 そう言って誰かに取られるわけでもないのに飛びつくように俺の手を握る弓塚。彼女の手はさっきの緊張で僅かに熱を持っていたが、
 それ以上に女性らしい繊細な指の細さが印象的だった。そうして教室に戻ると晶ちゃんが司会を務めていた。

「では色々アクシデントもありましたがこれから配役の投票を始めたいと思います」
「晶ちゃん、どういう風に投票するの?」
「単純に一人一票で誰にどの役をやってもらいたいかを紙に書いて投票してもらいます」
「はいは~い、それってもしかして全部の役を投票するんですか?」
「そうしようと思っていたんですが主な役だけ投票したいと思います。登場回数の多いかぐや姫におじいさんとおばあさん、
 それに帝。この四人だけいこうと思います。他はなんとなく私なりにイメージがあるんで」

 そう付け加えて晶ちゃんは一人一人に四枚の紙を配っていく。

「書いたら見えないように紙を二回畳んで翡翠さんの持っている箱に入れてください」
「投票用紙に、回収です」

 それぞれに役名が振られている箱を持つ翡翠。それぞれ分けて投票するわけか。

「自分に投票してもいいのですか?」
「はい構いません。その場合は立候補とどこかに小さく書いてください。開票の時に発表はしませんが。ではどうぞ書いてください」

 そうして各々机に向かって誰かの名前を紙に書いていく。まずはやっぱりかぐや姫を選ばなきゃな。俺は…………


 月.アルクェイドに投票する
 空.シエル先輩に投票する
 禁.秋葉に投票する
 静.翡翠に投票する
 動.琥珀さんに投票する
 孤.シオンに投票する
 儚.弓塚に投票する
 幻.レンに投票する
 慕.晶ちゃんに投票する
 死.有彦に投票する

投票結果

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最終更新:2006年09月05日 15:09