10 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/27(日) 23:50:19
――Interlude
「私の目の前に居る貴方は誰?」
耳に残るは波のせせらぎ。辺り一面に広がる白い砂浜。
空はいつの間に夜になったのやら、深い暗黒に染まり、星すら望めないくらいに深い闇色を呈していた。
遠くを眺めても、どこまで続いているのやら分からない、延々と続く波際。
ざざぁん、ざざぁん、と潮風もなしに反復する波の彼方に、白いヤドカリを見つけた。
常人の倍以上の大きさを誇る、足長ヤドカリ……。そこに知識として有する儚さは微塵も見受けられず、どうしてかそれが妙に可笑しかった。
充分に周囲の景観を楽しんだ後、未だ口を開かぬ少年に視線を戻す。
モノクロの異常な世界に対し、平然と構える白い少年。
否、白い、というのは語弊があるかもしれない。だって、少年が白いのは髪と肌ばっかりで――それ以上に自身を塗り潰すくらいに黒い服を纏っていたのだから。そうして私を見つめる瞳だけは、この白と黒ばかりの世界で、唯一蒼く輝いていた。
「誰なの? 貴方は」
今度はゆっくりと、聞き漏らしのないよう、慎重に問い質す。
少年は答えない。
喋らない。眉ひとつ動かさない。
半ば予想していた結果ではあったが、不思議と怒りは沸いてこなかった。
言葉がなくとも解る。この子は……私に何かを伝えたいんだ。
でも何を?
言いあぐねているの? ……言うのが怖いの?
彼は口を開かない。なら――私も喋らない。
今目の前の少年に必要なのは、言葉による督促ではなく、迷いを整理するだけの時間を与えてくれる、沈黙だ。
そうして私達は貝を噤んだかのように一言も発さず、ただ時間だけが流れていった。
ずっと。ずーーっと。
「…………」
「…………」
やがて幾許かの時が過ぎ、それが少年の迷いを吹き消すに充分な価値を含んでいたのか。少年は変わらず何かを語ろうとはしなかったが、代わりにそっと私の傍へと歩み寄り、想像通りに冷たい手で私の手を掴んできた。その際に、硬い物体を手の内へと潜り込ませる感触。
――途端、頭に何処かの風景が流れ込んできた。
「――――!」
最初に感じたものは一陣の風。
頬を擽る柔らかさが去った後、視界に飛び込んできたのは虹の光。
木々豊かで、澄み切った湖が大地を潤し、透き通った風が千の恵となって地表を撫でる。――そんな世界。
もし理想郷が真に存在するのならば、と連想せずにはいられないくらいに世界は穏やかで――――反面、生命の輝きが欠片も見出せず、虚無的だった。
視界は私の意志に関わらず動き始め、何処かの神殿の麓に辿り着いて、ようやく元の白黒だけを色調とする虚しい風景へと戻る。
「……これは?」
やはり少年は答えない。
代わりに、次いで脳内へと流れる文字の羅列。蹂躙し尽すノイズの雄叫び。
命の洗礼。楼閣の下に。母なる石。西への誘い。忘却の町。隔たれし信仰。とこしえに響く歌。誓いの雄叫び。龍王の導き。主のなき都。瑠璃色の川。流転。累家の末流。ルーヴランスという者。をとめの記憶。をかしき祖国。をかしき再会。をかしき旅立ち。戦慄き。神を名乗りて。よりしろ。猛き者たちよ。礼拝の意味。そしりを受けつつも。鍔音やむことなく。願わくば闇よ。汝の罪は。南方の伝説。名捨て人ふたり。
なにゆえにその子は。永いお別れ。楽園を求めるは。螺旋。烙印ありて。礼賛者。羅針の示すもの。群れ立つ使者は。結び目。向かい風。迎え火。歌うは誰がため。ゐぬる場所。望むはあらゆる答え。畏れよ、我を。鎖と絆。闇に炎。眦決して。決別の前。武士道とは。古代の園。選ばれし死。天使たちの抗い。『暁』。
「う……」
不覚にも吐き気が込み上げ、全身を襲う立ち眩みが頭への衝撃を物語る。反射的に頭を押さえるも、無数の傷に犯されし我が身は、既に自身の支配下の外へとあった。
だが問い質さねば気が済まない。まるで掴みようのない少年の真意を。私が選ばれた理由を。
「何……コレ……。貴方、これは歌だとでもいうの? わからないわ……。貴方はいったい、私に何を伝えたいの?」
「…………」
少年は答えず。
だが、その質問は彼を失望させるに値するものだったのか。少年は無表情から一転、暗く沈鬱した表情へと変化し、こちらに背を向ける。
制止の言葉を紡ぎたくとも、顎が死んだみたいに動いてくれない。やがて闇は光により掃われ、閃光が網膜を焼くその先には――――。
「……神?」
――Interlude out.
「――着いた。バストゥークだ」
汗に塗れた額を手の甲で拭い、溜まった疲労を少しでも誤魔化そうと息を吐く。
ふと顔を見上げてみれば既に空は完璧に昼の様相を迎えており、厳しい徹夜明けの身もあってか、爽やかな陽の光が自身を丸ごと浄化するような不快さを感じる。
「しかし思っていたより時間が掛かっちまったな。せめて朝方には戻れると踏んでいたんだが」
「仕方ないさ。いくらチョコボを乗り換えようとも、騎乗者自身に溜まる疲労はどうにもならない。むしろこんな短時間で国家間を往復する貴方の方が奇特だと思う」
そうは言うが、急いでいたのだから出来る限りの早さを求めるのは当然であろう。
とはいえ彼女――莫耶をぞんざいに扱うことも躊躇われ、どう返したものかと逡巡していると、こちらの視線に気付いた彼女が満面の笑みを浮かべてそれに応えてきた。
「~~~~ッ」
慌てて視線を逸らすも、火照った顔は隠しようがない。
……何だろう。何というか、彼女みたいにこう、好意を前面に押し出すタイプはちょっと慣れない。いや、例えばイリヤだってよく俺に抱きついたりして純粋に好意を示してくれたけど、彼女のは兄妹としての慕情なワケで、遠慮のない抱擁は年が離れているからこそ許される期間限定の荒技だ。だというのに、まさか自分と背丈が変わらない相手がこうも一途に慕ってくれるってのは……正直反応に困る。
「どうした? シロウ」
「い、いや、何でもないぞ……」
半年振りに再会した彼女は、かつての幼い面影は払拭され、何故だか立派なレディになっていた。
いや、確かにそれも十二分に驚嘆すべき事柄ではあったものの、それ以上に俺を困惑させたのが、成長した彼女が俺の知っている『彼女』と瓜二つであるという事実だ。
幼い頃からその兆しはあったとはいえ、端正な顔立ちはかつて心通わせた彼女を否が応でも連想させ、心強く思う反面、言いようのない寂しさを感じてしまう。同じ時を共有していない分、より一層それが顕著に感じられてしまうのだ。無論、莫耶に落ち度など全くないのだが……。
――いかん。せっかく行方不明になっていた彼女と無事見えることができたというのに、俺は何を考えているのだろう。今は素直に彼女との再会を喜ぶべきだ。彼女に他の誰かの影を重ねるなんて、失礼でしかない。
「とにかく急ごう。釣れたての新鮮なスッポンなんだ。生きのいい内に食べさせてあげたい」
「ああ……って、スッポン、とは? これはレッドテラピンという名だが?」
「んん? スッポンを知らないのか? これは――っと、あぁ……」
予想もしなかった返答に思わず首を傾げるが、すぐさま彼女がこの世界の人間だということに思い至り、得心する。育った環境の差というか、そんなちょっとした文化の相違が何故だか不思議と可笑しくなってしまい、不覚にも面に出して噴き出してしまう。
「……そうか。くっくっ、いや、そうだったな」
「む、何故笑う。言っておくが間違えているのはシロウの方だぞ。私はそれを注意してあげたというのに……」
「いや、すまん。ふふ。なに、こっちの話さ。気を悪くしたなら謝る」
「納得いかないなー……」
そう言って頬を膨らませながら早歩きでバストゥークの門を潜る彼女。やはりその様が尚更可笑しさを込みあがらせ、彼女が背を向けているのをいいことに、気兼ねなくクスクスと笑い声をあげる。次いで彼女に置いてけぼりを食らわされないよう、小走りで機嫌の悪い莫耶を追いかけるのだった。
そして丁度バスへと通じる門を潜った時。
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最終更新:2008年03月06日 21:59