77 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/01/30(水) 02:16:29
――おのずとカレンのことを考えている自分がいた。
カレン・オルテンシア。
職業は一介の修道女。聖堂教会に籍を置いており、聖杯戦争に参加した俺達マスターを監督するべく、エセ神父の後釜として僕らの町にやってきた彼女。
普段着としてカソックを愛用し、有事の際は穿いてない方のいけない戦闘服を着用。インパクトでいえば断然穿いてない衣装に勝ちを譲らざるを得ないが、個人的には法衣のあの黒さが彼女のウェーブがかった銀髪と妙に合っており、流麗。
ここだけの話、○学生。加えてオルガンの演奏は非凡ならざるものがあり、鮮やか。
彼女の金の瞳に透き通るような白い肌、そして独特の儚い雰囲気に、初見で魅せられぬ者はいないと断言できるだろう。
ただ――。
「可憐な唇から紡がれる濃厚な毒舌により悶死した者、多数。特に人の心に張り付く瘡蓋を剥がすことに特有の快楽を見出す困ったさんで、意気揚々と教会に出向き、泣かされて帰ってきた者の噂は絶えない。特に慎二とか。慎二とか。ライダーとか」
ふと彼女の顔を頭に浮かべてみるも、巻き戻される思い出は――どうしてか何故だか思いっきり罵られて思いっきり泣かされて思いっきり傷口をこじ開けられた記憶ばかり……って、ああっ、ホントに彼女を目覚めさせちゃっていいのかっ!?
「解らない。もう半年振りになる親しい人との邂逅だというのに、この胃が締め付けられるような痛みはいったい……?」
もしかしないでもなく、俺はひょっとして地獄の封印を破ろうとしているのではないか。そんな猜疑が自身のこれから行おうとしている愚行への警告として鳴り響き、反面、彼女の復活を願う良心との壮絶な争いへと発展してしまい、結果ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた脳内が憂鬱という形を得て頭を重くさせる。
別段語りたくないという心ではないにしても、どうしても一歩を踏み出そうと持ち上げる足が鈍い。あの、本当に復活させちゃってもいいの?
「うう、眠り姫の目を覚ます王子様だったら少しは気分も軽くなるというのに……。頼むぞ~、カレン。あそこには俺だけじゃなくて、他の面子も集まっている筈なんだから」
……とまぁ、腹の中に溜まったものを一通り吐き出してみたものの、それでもカレンの元気な姿が見られるのは世辞抜きにして楽しみだったりする。
放りっぱなしだった彼女に対する負い目も少なからずあったが、昨夜再開したカレンはやっぱり俺の知っているカレンで、あの不健康そうな白い肌も、綺麗な銀髪も、知識として有するカレン・オルテンシアに他ならなかった。予期すらしなかった再会に動揺する反面、心から湧き上がる安堵はそれ以上に深く、あの時の俺は自身の秘められた想いに気付かされずにはいられなかった。
「カレンが元気になったら、一緒に元の世界へ帰る方法を探そう。ここに来た理由なんて全然分からないけど、それでも俺、あっちの世界の人間なんだな。恋しくて堪らねえわ」
第一の目的であった莫耶捜索は彼女が自力で帰ってくるという肩透かしだが喜ばしい結末を遂げ、彼女から預かったクリスタルもあと少しで返してもらえる所まで来た。離れ離れとなったカレンもすぐそこにいる。ならば残る目的は一つだけ。
「っと、そうそう、巻菜の奴も誘わないと。結局アイツって帰る気あるのか? 一度しっかり問い質さなきゃ」
「――シロウ。どうしたんだ、急に立ち止まって」
唐突に投げかけられた声に対して顔を上げれば、いつまで経っても来ない俺に心配してか、先行していた筈の莫耶が目の前に佇んでいた。
「ああ、ちょっと考え事……」
「早く行こう。待っている人達がいるんじゃないのか?」
そう言って彼女の細い指が俺の手に絡まる。次いで幼児を導くかのようにぐいぐい引っ張る彼女。
大の男が保母さんに連れ添われる格好を強いられるのは多分に恥じ入るものがあったが、口や態度に出すことはせず、敢えてされるがままに任せた。
――だって、莫耶と顔を見合わせるのも、もう僅かな時間しか残されていないのだから。
「一応は育ての親、って自惚れていいのかな、莫耶」
「ん? 何か言ったか、シロウ」
「……いや、何も」
そうして一夜ぶりにコーネリアさんの家へと到着。
中にはフランツィスカさんが探し出してくれたのかバタコと巻菜の姿があり、見慣れた彼女らとの再会が、大した時間を隔てていた訳でもないというのに目頭が熱くなるくらいに嬉しかった。
……まぁ、勝手な行動を起こした俺に対し、バタコの強烈な折檻が飛んできたのは言うまでもないだろうが。
――――――――。
ぱちり、と彼女の金の瞳が開く。
そうして俺達の顔を順々に確かめていき、しばしの間を空けた後、開口一番――。
「ひどいっ、この浮気者っ!!」
!?
やりました。やっぱりやったよ。この人は。
空白。嵐の前の静けさ。
続けて後頭部が焼け焦げるくらいに注がれる5人の視線。顔中汗まみれの俺。
「シロウさん、やっぱり貴方……」
「おやまぁ、その若さで既婚者だったとは」
「貴方っ……シロウ!」
「別に僕はどうでもいいんですけど」
「――――――…………は?」
五者五様の反応。肩をわなわなと震わせるコーネリアさんに、さして動転した風もなく受け流すフランツィスカおばさん。顔を真っ赤にさせて鬼の面を繕うバタコに、我関せずを貫き一人安全地帯に避難する巻菜。あー……莫耶、お前何か顔が大変なことになっているぞ。
「ちっ、ちがっ……俺は浮気なんてしていない! い、いや、そもそもお前と俺はそんな間柄じゃないだろうがっ!! 思いつきで勝手なこと言ってんじゃねー!!」
「そ、そんな!? あれだけ散々弄んでおいて……。うう、いざ捨てる段となれば、貴方って冷たいのね……」
よよよ、と手の甲を目尻に当てて泣き崩れる名優、カレンさん。
落ち着け……心を平静にして考えるんだ……。こんな時どうするか……2……5、6……8……落ち着くんだ……。『偶数』を数えて落ち着くんだ……。『偶数』は物事を2で割り切れるお馬鹿な数字……俺に勇気を与えてくれる。『偶数』のように割り切るんだッ!
だが人間というものは数字のように簡単に割り切れるようにはできていないもの。誰も言葉こそ発さなかったものの、それだけに、重苦しい沈鬱した空気が部屋内を覆った。
「……まぁ冗談なのですけどね」
「お前冗談なら言うなよ! 一瞬本気で友情崩壊しかかったよ!」
「貴方が来るのがあまりにも遅かったものだから、ちょっとした意趣返しをしたくって。どうでした? 即興で考えた割には出来が良いと自負しているのですが……」
直後、先程より幾許かマシとはいえ、今度は喩えようもない微妙な空気が満ち満ちる。
皆それとなく理解したのだ。可憐な容姿を備えた眼前の少女の悪癖に。
「……とにかく。遅れたことに関してはすまなく思っている。調子はどうだ? 立てそうか?」
「万全、とまではいかなくとも、大方は。……時にこの甲斐性なしが迎えに来てくれるまで、貴女方が私を介抱してくださったのですか?」
俺に向けていた視線を隣のコーネリアさん、フランツィスカさんらに移し、問いを投げかける。
脈絡なく振られた質問に答えあぐねるコーネリアさんに代わり、年を重ねた分冷静なフランツィスカさんが澱みなく返答した。
「恐れながら。気を失った貴女をお嬢様がお連れになったのです。その際には丁重に治療をいたしました」
「そうでしたか。……ありがとうございます。心より、感謝を」
ペコリ、とさっきまでの悪辣さは微塵も影を潜め、少女は素直に頭を下げる。
それが一層混乱を招く出来事だったのか、当のコーネリアさんはただ口を開けたり閉じたり繰り返すのみだった。そんな微笑ましい光景に頬は緩み、心なしか小さな幸福を感じる。
カレンは戻ってきた。昨晩みたいに動かないカレンではなく、俺の知っている毒舌、俺の知っている瞳をしたカレン・オルテンシア。
――もう手放すまい。絶対に、俺の手で元の世界に帰すまでは、この儚げな彼女を死んでも手放すまい。
「カレン。二度と、お前を離さない」
「……遅すぎるわ。ばか」
彼女の温かな体温が、胸に広がった。
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最終更新:2008年03月06日 22:06