88 :はじめてのさーう゛ぁんと ◆XksB4AwhxU:2008/01/30(水) 21:25:56
ブランデーって胸キュン?:「我引! 罠札!! 《ドロー! トラップカード!!》」
~interlude in~
「やっほー。鐘っちー由紀っちー」
私はガラリと戸を開けて、声をかける。そこには親友が二人、ベッドで思い思いの行動――鐘っちは本を読み、由紀っちは横になってうとうと――をしていた。
「蒔の字。ノックをしてくれと、この間言い含めたはずだが?」
鐘っちが本から顔を上げ、言ってくる。
「まあ固いこと言うなって! て言うかさーここ日本じゃん? 元々ノックをする習慣ないじゃん。私は欧米かぶれにはならないのだ」
「習慣云々ではなくマナーの問題だ。それに、欧米かぶれになりたくないのなら、ケーキも食せぬし、スパイクも履けんが良いのか?」
「欧米さいこー! ビバアメリカーー!!」
フルールから持ってきた紙箱をベッドの横の小さいテーブルに置いた。中にはパイが数種類入っている。クレープ屋にパイとはこれいかに。
「――ふむ。これは、運動によるカロリー消費ができない私達への嫌がらせかな?」
「うわーい親友への好意を仇で返されたー!」
本気で泣き真似をすると、今まで動きがなかった由紀っちが小さく体を動かした。
「ぅ……んぅ……」
「こら。あんまり騒ぐから由紀香が起きてしまったではないか」
「……んふぅ……はれ? 蒔ひゃん?」
寝呆けた声で私を確認する由紀っち。……いかん。ちょっと胸キュンした。
由紀っちはんーっ、と伸びをして残りの眠気を追い出したみたいだ。
「すまないな由紀香。蒔の字の所為で起こしてしまった。ほら蒔の字謝れ」
「んーん、謝らなくていいよ。私も蒔ちゃんとお話したかったから」
ほにゃっ、といつものような笑顔を浮かべる。くーっ、由紀っちは本当に可愛いなーもー! 頭をぐりぐりぐりーっ!!
「あ、あの蒔ちゃん?」
「良いではないかー良いではないかー」
止めてー髪がくしゃくしゃになっちゃうー、とか言いながらも、振り払う事無くされるがままの由紀っち。
「そろそろ止めてやれ蒔の字。ほら、鏡」
二つ折りの小さな手鏡を由紀っちに差し出す鐘っち。だけど由紀っちの目はテーブルの上の紙箱へとロックオン。
「これ、フルールの? 蒔ちゃんのお見舞い?」
「うむ。糖分を摂取してニキビと体重を増やせという、蒔の字からのダイイングメッセージだ」
「だから違うってば。ってかあたしゃまだ死んでねー! コナ○も金○一も必要ねー!」
ばしんばしーん、と鐘っちのベッドを叩いて抗議。効果は今一つのようだ。
「つーかそんなこと言って良いのかなー? 後で後悔しても知らねーぞ?」
「普通、『後』で『悔』やむから『後悔』と言うのだが。ちなみに、やたら不遜な態度を取っている理由を聞こうか」
「『ふそん』って何だ? 速いのか?」
「良いから話せ馬鹿楓《バカエデ》」
「バカと言ったかーーー!!?」
きしゃーっ! と叫んで威嚇する。効果は今一つのようだ。
「――ん、ああすまん。馬鹿寺《バカジ》の方が良かったか? それとも蒔馬鹿《マキバカ》か?」
「馬鹿から離れろよー!」
半泣きになって叫ぶ。涙が出ちゃう。だって黒豹だもん。
「――えっと。そろそろ入っても良いかしら?」
さらに文句を言ってやろうと身を乗り出したところで、ドアの方から声がかかる。
「む――?」
「とっ!? 遠坂さん!??」
そう、そこに立っていたのは、我らがミス・穂群原こと遠坂 凛だった! どーだ凄いだろーうまらやしいだろー。
「ちょっと遠坂! 私の合図で出てくるって約束だったじゃん!」
「あらごめんなさい蒔寺さん。ついしっかり忘れてしまいました」
「なら仕方ないか、ってしっかりかよ! うっかりじゃなくって?!」
美事《みごと》にスルーしてコートを脱いで、綺麗に折り畳む。
「それよりも、ごめんなさい。そのパイ、私が購入した物なの」
「そうだぞー。無礼を謝れー。私に謝れー」
「そうだったのか……これは失礼をした、遠坂嬢」
「いえ、気にしないでください。――甘い物を勧めたのは蒔寺さんですけど」
「ほう……」
鐘っちの、半眼になった鋭い視線が突き刺さる。逃れるためにそっぽを向いて口笛を吹く。ふしゅー、という音が鳴った。
と、遠坂を見て口をパクパクさせていた由紀っちが、
「と、ととと遠坂さんがどうして……」
「おぅ、私が連れてきた! どーだ嬉しいか由紀っちー? 待望の遠坂だぞー?」
しばらく私と遠坂を往復していた顔が、急に赤くなった。そして布団を頭から被ってしまう。少しだけ覗いた足先がふにふにと動いている。
「こ、こんな格好、遠坂さんに見せられないよぅ」
「こんな格好って……その犬柄パジャマのこと? 良いじゃない。可愛いわよ」
「かわっ……!?」
足先のふにふにが倍速に。
「由紀香、遠坂嬢もそう言ってくれるのだから、顔を出したらどうだ? 布団を被ったままの方が失礼だと思うぞ?」
「でもでも、髪もくしゃくしゃだし。――蒔ちゃんのせいで」
「だからほら、これを使うといい」
さっき渡しそびれた鏡を差しだす鐘っち。右手だけ伸ばして受け取る由紀っち。
おずおずと顔を出した由紀っちは、後ろを向いて鏡と睨めっこ。
「――よ、よしっ」
しばらく自分の髪をいじっていたが、やがて満足したのか、振り返る。だけどやっぱり焦っていたのか、飛び跳ねた髪が一房。
「由紀っち由紀っち、ここ――」
「ここがまだ治まってないわ」
私が指摘するより早く、遠坂の手が由紀っちの髪に触れる。
「ひゃうっ!?」
「動かないで。私が何とかしてあげるわ」
さらさら。さらさら。さらさら。
遠坂の手が、何度も由紀っちの頭を往復する。
「……結構頑固ね」
「あ、あああのあのああの、」
「濡らせば治まるかしら?」
自分のカバンの中から、ミネラルウォーターを取り出し、同じく取り出したハンカチに染み込ませる。ハンカチをぎゅっ、と握ると、未だ治まっていない寝癖へと手を伸ばした。
「遠坂さぁん……もう大丈夫ですからぁ……」
「何言ってるの。まだ治まってないわよ? ……もうちょっと濡らした方が良いわね」
ハンカチを握って水分を補給する。
由紀っちの顔は恥ずかしさのためか、最高潮に真っ赤っ赤だ。
「冷た!?」
「っと、ごめんなさい。やりすぎたかしら」
するり。するり。
あれほど頑固だった寝癖は、ついに遠坂の手によって落とされた。
「……うん。これで良いわね」
「あぅ……あ、ありがとう……ございますぅ……」
ぷぴーっ、と湯気を立てて、由紀っちがベッドへと沈み込む。そして、鐘っちと私も。
「あら? 皆さんどうしたの?」
お前と由紀っちのやり取りがエロかったんだ!
とはさすがに言えず。
「いや、由紀香と遠坂嬢の会話だけを聞くと、かなりエロかったのでな」
さすが鐘っち! 私にはできないことを簡単にやってのけるッ! そこにシビれる憧れるゥ!!
こうして湯で蛸が四つ、病室に出来上がったのだった。
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最終更新:2008年03月06日 22:26