93 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/23(木) 00:04
「————」
ライダーは敵襲を警戒しているのだろう、俺の傍にぴたりと追従してくれている。
俺はそんな彼女をこれ以上なく頼もしく思いながら、目前に迫った窓枠から外へ出るため脚に力を込め、
「衛宮君! 居るのは分ってるのよ! 大人しく出てきなさい!!!」
「な————!?」
どこかで聞いたことのある人物の何とも場違いな大声に驚いて、そのまますっ転んだ。
「な————、ととっ……!」
転んだ先に尖ったガラス片が散乱しているのが視界に入って、それを避けつつ畳に手をついて上手くバラン
スをとって立ち上がる。
はっきり言ってこんな状況ですっ転ぶなんてふざけてるとしか言い様が無いのだけれど、
今の声には聞き覚え——それほど頻繁に聞くわけではないのだけれど、一度聞けば忘れられない何かがある
——があって、その人物の普段の態度と今の台詞とのギャップにこれでもか、と言うぐらいに驚いた。
「大丈夫ですか、シロウ」
ライダーはこんな状況だというのに俺の身を案じてくれて……って転んだくらいでそこまでしなくてもいい
とは思うけのだけれど、それは別として心配してくれるのは非常に嬉しい——恥ずかしいので、「だ、大丈
夫」と早口に返す。
「衛宮君! 早く出てこないと屋敷ごと吹き飛ばすわよ……っ!!!」
と、そんな間にも先ほどの大声の主——恐らく穂群原学園一の優等生であり、俺が密かに憧れていた遠坂凛
——は声の様子からするにかなりヒートアップしている。
屋敷ごと吹き飛ばすなんて、あいつ案外過激派だったんだな……っていうか、俺の家に侵入したのは敵意を
持った……サーヴァントではなかったか。
「————まさか」
ライダーは確かに侵入者は敵サーヴァントだと言った。
なら、今大声で物騒な台詞を叫んでいる遠坂凛は、そのサーヴァントの、マスター、ではないのか。
「……シロウ、この野蛮な声の主に心当たりでも?」
体中にありありとした闘気と警戒を纏ってライダーが半身をずらし、声がする方角に視線を合わせ武装を改
める。
「い、いや……ある、というか、知り合いというか、同じ学園の生徒、というか……」
俺はしどろもどろな返答しか出来ない。
理性はそれを認めているのに、本能がそれを認めることを拒否している。
この状況、ライダーの様子、俺の今しがた駆け出したマスターとしての理性が、遠坂凛が侵入者だと——敵
サーヴァントのマスターであることを告げているのに。
俺の淡い憧れとか、いつも学園で観る彼女の姿とか、俺の今だ残る普通の学生としての本能や、そういった
ものが、遠坂凛が侵入者などではない——敵サーヴァントのマスター、いや、魔術師なでではなく、ただの
他人の空似ではないのか、と夢物語りを綴っている。
「ならば先に侘びを。
——すみません、シロウ。学友を失うは辛いでしょう、……ですがこれも、これこそ聖杯戦争です」
俺の返答に小さく頷いて、ライダーはそんなよく分らない事を口走った。
そしてそのまま短剣を逆手に握り直し、腰を深く落す。
そこから鼻先が床に付きそうな程の傾斜のきつい前傾姿勢をとり、曲げた脚に力を溜め、仕上げに濃密な殺
気を纏う。
そんな彼女の姿が、サヴァンナの草原、獲物を虎視眈々と狙う肉食動物にそれに似ている、と思ったときに
はもう遅い。いや、未熟な魔術使いの人間衛宮士郎の行動は彼女の前では須く遅過ぎる。
「え————」
——まるで時が止まったかのような錯覚。
まず初めに視界を紫の流星の残像が通り過ぎた。
それを追従するようにキラキラと光る細かな粒子が舞う。
それが畳に落ちていたガラス片が細かく粉砕されたものだ、と俺の脳が理解したとき、鼓膜を打つ「ドン」
という爆裂音と共に猛烈な突風が俺の身体を襲い、畳がめくれ上がり、部屋の空気が爆砕した。
94 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/23(木) 00:07
——世界が時を取り戻す。
「ライダー————…………っ!!!」
吹き飛ばされそうになる身体を両腕で庇いながら紫の残像——ライダーの髪の毛が描く軌跡を追う。
だがそこに既にライダーの姿は無い。
ただ数メートルおきにめくれ上がる芝生と、闇夜に散る土飛沫だけが俺の視界に収められる。
「くそ……っ!」
部屋の中からでは無理だ。
ライダーという流星が通過した衝撃で跡形も無くなってしまった窓枠だった部分から庭に飛び出す。
「セイバー————…………っ!!!」
遠坂の、己がサーヴァント——セイバーの名を呼ぶ叫び声。
これで遠坂がサーヴァントのマスターであることが決定してしまった、などと感慨に耽っている暇などない。
庭に出て、二歩目を踏み出した俺の耳に届いてきたのは甲高い剣戟音。
続いて何か重たいものが地面に落下したような鈍い重低音が響き、また剣戟音。
それに混じってじゃらん、という鎖がすれる音も聞こえてくる。
ライダーは遠坂と——遠坂のサーヴァントだというセイバーと闘っているに違いない。いや、今まさに闘っ
ているのだ——!
「バッカやろぉ……っ!」
全力で庭を駆ける。
遠坂が短剣で貫かれるかもしれない、という恐れ。
魔眼で石にされるのではないか、という恐れ。
勝手に飛び出したライダーへの怒り。
飛び出る前に俺に謝ったライダーへの申し訳なさ。
そして、ライダーがセイバーに負けてしまうのではないか、という恐れ。
心の中で渦巻く色んな感情と闘いながら、靴下が破けることなどお構い無しに地を踏みしめ脚を回転させる。
「————!?」
遠坂の声が聞こえた場所、門から玄関への間の庭へと続く角へと後数歩——という所で、ふいに剣戟音が止
んだ。
途端、空気が氷結したような沈黙に包まれる敷地内。
……とても、嫌な予感がする。
俺は高鳴る心臓をそのままに角を曲がり、そこで————
1 呆然と立ち尽くす甲冑を纏った金髪碧眼の少女の目前、ライダーの短剣に頭蓋を貫かれた遠坂の姿を見た。
2 甲冑を纏った金髪碧眼の少女の目前、身体を鮮血に染め、地面に臥すライダーを姿を見た。
3 悠然と佇む遠坂の目前、一触即発の雰囲気を纏いにらみ合うライダーと甲冑を纏った金髪碧眼の少女を見た。
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最終更新:2006年09月03日 19:33