150 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/02/03(日) 23:03:03


 それは内なる叫びだった。
 決して寝不足で午前四時まで起きていたせいでも、空腹だったからでもない。
 最近忙しくてストレスを発散してなかったとか、その辺りも無視して構わない要素だ。
 プッツンなどではなく、そうしなければならないと桜の全身が告げていたのである。
 故に。絡みついた手を、桜は掴んだ。
「―――フィィィィイッシュ!」
 叫ぶと同時、桜は渾身の力で腕を引き上げた。
 クジラを釣竿で釣り上げるようにして、サーヴァントを召喚陣から引っこ抜いたのだ。
 視覚の戻らない桜にはサーヴァントの行く末は判らなかった。
 だが後方、居間の方で何かを爆発のような破壊音が聞こえていた。
 桜は打ち震えた。
 たった今の偉業に恐れなど吹き飛んだ。燻っていた黒い感情も消えている。
 ヒャッホー、と桜は歓声を上げて、走り回った。かつて無いほどに桜の心は軽かった。
 そのウィニングランは、脇腹に掃除用使い魔がぶち当たるまで続いた。
 桜は顔を真っ赤にして蹲った。
 しばらく酸欠で苦しむと、興奮も幾らか収まってきた。
 そこに至ってようやく、この哀れな子羊は事の次第を冷静に考えた。
 まず、サーヴァントとは人間と次元違いの存在。
 これからの戦い、聖杯戦争におけるパートナーでもある。
 つまり人外魔境の人外の方に含まれる連中だ。たぶん凄い人だということだ。
 それを、桜はぶん投げたのだ。
 理解した途端、桜の体中から汗が噴き出した。
 どうするべきか、桜にはさっぱり判らなかった。
 まずは教会に逃げ込もうかとも思ったが、ここは地下室である。
 逃走経路には、どうしてもサーヴァントが居るだろう居間が含まれる。
 スプーンがない以上、穴を掘って逃げるのも却下だ。
 戦おうにも、桜の使い魔がサーヴァントに勝てるとは思えない。
 そもそも使い魔の大半は外からの侵入者にしか反応しない。
 切り札の宝石たちは二階の自室の引き出しの中。単独での勝ち目はゼロだろう。
 サーヴァントがまだ接近して来ないのが唯一の救いなのか。
 自らのハツ当たりに対する報復に怯え、桜は祈るように両手を握った。
 そのとき、ふと桜は右手の紋様に気が付いた。
 令呪。サーヴァントを強制的に律する、マスターの切り札である。
 呼び出されたら途端にぶん投げられた、という理不尽への怒りすら令呪の前では無力だ。
 桜は安堵し、胸を張って階段に足を掛けた。
 そもそもサーヴァントはマスターの使い魔なのである。強気に出て問題はない。
 それに謝罪すれば、きっとサーヴァントも理解を示してくれるに違いない。
 そうでなくとも令呪があれば、命だけは助かるだろう。
 いざとなれば令呪で待機を命じて、教会に逃げ込もう。
 そんな風に考えて、桜は最終的に階段をほふく前進で上り終えた。
 しかし居間では予想を超えた事態が起こっていた。
 サーヴァントはピクリとも動かず、息もしていなかったのだ。
 桜は立ち尽くした。脳波はほぼ静止していた。
 こめかみを押さえた。何回か、瞬きをした。
 救急車を呼ぶわけにもいかず、桜は応急処置の本を手に取った。




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最終更新:2008年03月06日 22:49