271 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/02/08(金) 22:27:24
士郎の呼びかけに返答はなかった。
「おーい、藤ねえ、慎二! 料理しないんだから、食器とかの準備ぐらい手伝えよ!」
姿の見えない二人に、再度声をかける。しかし静寂が返って来るだけだ。
士郎は居間まで早足に歩いた。
二人は居た。片やコタツで丸くなり、片やお昼寝する犬のように頭をもたれかけている。
「……飯は出来たぞ。たまには運ぶぐらいやってくれ」
士郎は憤然として言ったが、二人は動こうとしなかった。
「寒いのよ~。だから今日は士郎にお願いしたいなー」
「…いつもそんなこと言ってるけどさ。手伝ったこと、殆どないぞ」
士郎は口を尖らせて言った。
慎二も大河も衛宮邸に朝から入り浸っているが、家事に従事することは稀だった。
大河の食費は雷河翁から受け取っているし、慎二は様々なブツを持ってくる。
しかし、それが士郎の家事負担と釣り合うかは疑問だ。
「でも、たまに手伝ってるでしょ?」
「『たまに』だな、本当に」
士郎は大河の上半身をコタツの中からずるずると引きずり出した。
擬音し難い声を発するその姿は、ネコ科の動物が首根っこを掴まれているようにも見えた。
「慎二もだ。たまには手伝え」
「はぁ? 僕はお客様じゃん。客をもてなすのが主人の務めだろ」
「悪いな、慎二。殆ど毎朝毎晩、飯を食いに来る奴を、俺は客だと思えない。
つーか、働かないなら自分の家で食ってくれ」
「ば、馬鹿言え! うちにはアレが居るんだぞ!?
僕にアレと二人っきりで居ろっていうのかよ!」
「慎二の家にはお手伝いさんがいるだろ?」
「……フン、最近は休みなんだよ。うちにも色々事情があるからね」
何故か偉そうに、慎二はプイッと顔を背けた。
この辺りの癖は姉妹からの影響なのだと思われた。
「大体さ。いつも衛宮がやってるんだから、今日も衛宮がやればいいだけの話だろ」
藤ねえは慎二の言葉を耳にし、シャキッと背筋を伸ばした。
慎二は思いついたように手を叩く。
「うん、そうだ。それがいいな」
「そうよ。いつも通りの朝なんだから、士郎がやった方がいいわよね。
きっとバビロニアの神さまも、その方がいいって言うわ」
「僕は衛宮の継続性を買ってるんだ。中々出来ることじゃないからね」
「士郎はねー、いつも誰かを助けちゃうの。小さいころから、切嗣さんの面倒を看てたわ」
「やるじゃん、衛宮。そういう習慣ってのは断ち切るべきじゃないよね、ホント」
「うんうん。物事を半端なままで投げ出すような子じゃないのよー」
ひとしきり言い終えて、二人は士郎に視線を投げかけた。
士郎の結論は決まっていた。
「いや、ダダこねてないで手伝えよ、二人とも」
士郎は冷たく二人を見下ろした。
だが、その程度が通用する者たちではない。
大河が歌いだすと、慎二はアクセントをつけ始める。
ごく短いイントロを終えるころには、二人は何の意思疎通もなしに同調していた。
「らら~♪」
「イェ、イェイ♪」
「士郎のいいとこ見てみたい♪」
「衛宮のいいとこ見てみたい♪」
『ハイハイハイハイ♪』
歌は続いた。
士郎はよく耐えたが、三番が始まった瞬間に敗北を受け入れた。
台所に取って返す士郎の背に、二人の喝采が降り注いだ。
そのカロリーを労働に使って欲しい。士郎はそう思った。
そんな想いが届いたのか、バツが悪かったのか。片付けには両者とも協力的だった。
時は一月二十六日日曜日。衛宮士郎の朝は、まだ平穏なままであった。
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最終更新:2008年03月06日 22:51