171 :Fate/testarossa ◆JtheEeHibM:2008/02/04(月) 12:16:04
影が迫る。
今から駆け出しても間に合わない。
ここまでかと思ったその時だった。
「――――――っ」
隣で氷室が息を呑む気配を感じる。
途端、考える間もなく体が動く。
「え、えみ!?」
竦みそうになっていたのが嘘のよう。
とにかく氷室をどうにかしようと、必死になって抱き寄せる。
数瞬後の一撃に身構え、
「――――?!」
予期せぬ方向から、急激な圧力が加えられた。
土蔵の時と同じ、瞬間的な加速による圧迫感。
次の一瞬ではすでに、先程よりも坂を上った位置に立っている。
「今のは――――っ」
フェイトか、と続けようとして、振り返った目の前に本人の顔があった。
「二人とも、早く離れて」
それだけを告げ、フェイトは前へと向き直る。
「バルディッシュ、サードフォーム」
『But ――― yes, sir』
手にした鎌が形を変える。
それが剣士(セイバー)と呼ばれる所以なのか。
組み変わった柄の先に、魔力によって光の刃が編み出されていた。
いや、そんなことよりも。
「フェイト、お前その背中……!」
袈裟斬りに走る傷。
振り返った白い外套は、血によって赤く染められていた。
「私は大丈夫。だから、早く」
「ちょっと待て、大丈夫なわけが―――」
こちらの制止も聞かずに飛び出していく。
一瞬の後には、すでに刃を交える音が響いていた。
一合ごとに炸裂する両者の魔力。
バーサーカーの剛剣に向かい、一歩も引かずに剣を振るい、同等の威力で弾き返す。
これまで見せた戦いから一転、彼女は真正面からの力比べに挑んでいた。
「く――――――」
「―――――――」
やはり無理があるのか。
バーサーカーが顔色一つ変えずに剣を振るうのに対し、それを受けるフェイトは苦悶の表情を浮かべている。
光の剣は一合するごとに刃を削られ、敵の剣戟は反撃の隙を与えない。
どうにか釣り合っている力の天秤は、確実にバーサーカーの方へと傾きつづけていた。
「―――なんで、そんな」
不利だと分かりきった勝負を挑んだのか。
――――決まっている。あの黒い剣士を止めるためだ。
妨害を無視して突き進むバーサーカーに対し、生半可な攻撃では足止めにならない。
注意を引きつけ、その歩みを止めさせるためには、正面から立ち向かうより他にはない。
結果、フェイトは自分のスタイルを崩すことになる。
現在の均衡は、怪我のハンデと膂力の不足を魔力で強引に補っているだけだ。
サーヴァントが一日にどれ程戦えるものなのかは知らないが、彼女はこれで三戦目。
いずれ限界に達すれば、そのときは――――
「何をしているのだ衛宮、早く」
声とともに、後ろから強く引っ張られる。
「え、氷室?」
「ひむろ? じゃない、惚けていないで離れるぞ」
教会の方へと氷室が急かす。
だがよくない。
「このままじゃ、フェイトが」
「そのフェイト嬢が無事なうちに離れねばならんのだろうが!」
「――――ああ、その通りだ。先に教会に行っててくれ」
「……っ。衛宮、ふざけている場合ではなかろう……!」
ふざけてなんかいない。
フェイトに何もないうちに、ここを離れるべきだったのだろう。それは正しい。
―――だが。彼女が無事だった時間は、もうとっくに過ぎ去っている。
「俺は残るから、氷室は一人で―――――!?」
ひときわ高い剣戟音。
弾きあっていた刃は鍔迫り合いになり、押さえ込まれたフェイトが膝をついていた。
耳障りな音とともに黒剣が魔力刃を裂いていく。
助けなければと足を踏み出そうとした、瞬間。
「――――――ーチャー、離れろってどうい―――」
僅かに届いた遠坂の声と、遥か遠くから向けられた殺気に気が付いた。
いつの間に離れたのか。
遥か数百メートル向こうに、屋根の上から弓を構える弓兵の姿を見る。
何も無い中空から“矢”をつがえ、こちらに狙いを定めている。
理由も無く直感する。
あの“矢”は本来、もっと別のものであり。
アイツの殺気の対象は、バーサーカーだけではない。
「フェイト――――!!」
全力で駆け出す。
「ま、待て衛宮!?」
押し合いで固まっているバーサーカーに体当たりをかける。
相手もこちらに気付いたが、遅い。
剣が返されるより僅かに早く激突し、思ったより小柄だったのか、そのままの勢いで押し倒した。
「……っ?! 士郎、なんで」
「早く逃げろ! アーチャーの攻撃に巻き込まれる!」
起き上がるより先に叫ぶ。
フェイトはまだ膝をついており、すぐに動ける様子ではない。
早く連れて行かないと―――って、
「え?」
押し上げられる体。
すぐにバーサーカーに思い至ったが、その時にはもう投げつけられ、フェイトに激突していた。
「がっ……!」
「―――っく」
もつれ合うように倒れ、アスファルトを擦りながら吹き飛ばされる。
フェイトを押し倒した体勢になったのを、覆うようにしてさらに地面に押し付けた。
――――“矢”が放たれる。
これまで自身への攻撃には見向きもしなかったバーサーカーが、それを視界に入れた途端。
「ぁaぁぁああAあAAAAA!!」
裂帛の気合とともに剣を振りかぶり、一瞬刀身が黒く膨れあがり――――
――――瞬間。
あらゆる音が、失われた。
フェイトを地面に組み伏せたまま、ただ耐えた。
聴覚が麻痺したのか、何も聞こえない。
爆発で吹き飛ばされた残骸なのか、背中に幾度か衝撃があった。
「…………、ふぅ………っ」
閃光は一瞬だけだったらしく、破壊からどうにかやり過ごせたらしいと息をつく。
「士郎………大丈、夫……?」
「……ああ、なんとか」
フェイトに返事を返しつつ、辺りを見渡す。
………周囲は一変していた。
辺りに炎があがり、アスファルトは熱と衝撃で変形し。
爆心地は抉られクレーターが残されている。
先程までは普通の道路だったそこは、アーチャーの一撃によって火の海と化していた。
その、熱気と破壊の中心に。
黒い剣士が、影のように立っていた。
「……ふうん、見直したわリン。やるじゃない、あなたのアーチャー」
何処にいるのか、楽しげな少女の声が響く。
「いいわ、戻りなさいバーサーカー。
つまらないことは初めに済まそうと思ったけど、少し予定が変わったわ」
少女の声に応えるように、剣士は後退しだす。
「――――なによ、ここまでやって逃げるつもり?」
「ええ、気が変わったの。
そこのセイバーもヘンだけど、それよりアーチャーに興味が湧いたわ。
だからもう少しだけ生かしておいてあげる」
遠坂の挑発じみた言い回しも少女は気にとめる様子はない。
遠坂の方も、ああは言っているが続行するつもりは無いのだろう、それ以上の言葉は継がなかった。
………バーサーカーの姿が見えなくなる。
白い少女は笑いながら、
「じゃあね、お兄ちゃん。今度は余計なオマケなしで遊びましょ」
そう言い残して、炎の向こうに消えていった。
そうして、突然の災厄は去ってくれた。
当面の危機は脱して安堵したせいか、
「――――――あれ」
力が抜け、急激に意識が薄れてきた。
そのまま下にいるフェイトに覆い被さってしまう。
静かなのをおかしいと思って見てみれば、彼女もまた、息も絶え絶えといった有様だった。
「衛宮、無事か―――!?」
駆け寄ってくる氷室に返事も出来ない。
動かなければいけないと思っているのに、体はまったくいうことを聞いてくれない。
抵抗しきれずに意識を手放す直前に、
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最終更新:2008年03月06日 22:56