249 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2008/02/07(木) 04:48:40
12年前 スイス・チューリッヒ
「俺の爺さん、次男だったんだよ」
ふと、あの人はそんなことを口にした。
「別にそれがどうだ、ってワケじゃない、結局爺さんの兄貴の家系は子供が出来ずに俺を養子に取ったわけだしな」
「ふうん、それで?」
「この前、20年ぶりくらいか、爺さんとオヤジに会ったのよ、養子に出されたのが10にならない頃だったからもう懐かしいとか全然思わなくてさ、まるで別世界の人さ」
話を聞きながら、グラスを呷り、杯を空にする。
「その時に言われたのよ、技術は常に最新鋭を過去に葬り続ける、お前の世界は過去に葬られていないか、ってな、爺さんにだぜ?」
「お前の爺さんって確か……」
「そう、ダイムラー・ベンツと一緒に会社を立ち上げた当時からのスタッフ、今は自動車工を趣味でやってる元気な爺さんさ」
「そんなこと言われてもな、こっちの世界は技術開示をするわけにもいかないだろ、何しろ魔術は隠匿すべし、って大原則がある」
「俺も思った、確かに普通に開示したら変人扱いされる上に時計塔なりに追っ手を出されて終わるだろうな、だがここに一つ、道を見つけた」
世界地図がテーブルの上に開かれる。
「日本に冬木市って場所がある……そこでは凡そ60年に一度、7人の魔術師と、それらに召還された英霊達によって聖杯を巡った戦いが開かれるって話だ」
「聖杯<<ホーリー・グレイル>>……手にした物の願いを叶える万能機だったか、そんなものが極東に?」
「ああ、それが真に聖人の血を受けた品かは知らないが、力は本物らしい」
地図の端、ニホンのフユキと書かれた場所に丸が描かれている。
「そしてこの間、それが開かれた、周期からすれば次は60年後、遠すぎるが、ここにいる俺達がその7人に入れば勝利は確約される、だろう?」
「確かに……ここにいるのは6人で、俺達はヨボヨボに為ってるかもしれんが、そこで寝てるお前の孫は60年後には『相当に円熟した』ってギリギリいえるレベルの魔術師になるだろうな」
それは言外にヨボヨボとそう違いはないと言っている物だが、少なくとも自分よりはマシだろうという感慨があった。
「そうだな、詳しい内容は俺もまだ分かってないが、少なくとも矢面に立つのは英霊だろうしね」
「なるほど……聖杯は願いを叶える万能の力、そこにお前は魔術を学問と同じ領域に持って行く、と言うことか」
「確かにそれなら隠匿せよなんて大原則は意味を失うな」
「そう、言うなれば歴史の改竄となるだろう、無論お前達の願いも叶えれば良い、一方的な関係を求めてここに集まってもらったワケじゃあないからな」
「……そうだな、俺達は目的も願いの終着点も違うし、友達じゃあない……だが時計塔に叛意を持つという点で共通している」
「その為の組織、だろ? ……俺だって伊達や酔狂でこの組織を作ったワケじゃあ無いんだからな」
「ハッ、組織ったって俺達5人ッきりの組織だろうに、えらそうにすんなや」
「馬鹿言うなよ、たった5人だろうと組織である以上、時計塔とタメだろって事さ」
「物は言いようってことだよな」
笑いが漏れる。
「言っておくがこの戦いが安全である保証は微塵もない、名前は知らんが時計塔の講師がフユキの戦いで死んだって情報もある」
「ほう……?」
「俺は参加するぜ ……まあシュタインベルガー一本を開けておいて反対なんて不義理なこと、したかないからな」
「未だ20にもならん若造が偉そうに」
「ふん、アルコールなんて実験で幾らでも使うからな、もう慣れちまったよ」
「……俺達にしても聴かれるまでもない、だろ?」
グラスにワインを注ぎ、杯を掲げる。
「なら俺は……精々時計塔相手のスパイ活動でもさせてもらうか」
ゲオルグ・ブッシュは、類い希なる素質を有していたにもかかわらず、回路の作動可能域の狭さから時計塔への招聘を拒否された。
カレックス・フラッカは、その血脈に長き歴史を持ち、その才を遺憾なく発揮した結果、封印指定に叙され、時計塔より逃げ出した。
ギュンター・ジヴァニッヒは、一族を挙げた目的、最も古き人類の書の再現を果たす為に聖杯を求めていた。
ヨシフ・カラマーゾフは、魔術の学問化という外道の為に聖杯を求めていた。
そしてできるならば息子のように、孫のドミトリが、この道に入らずとも良いようにと考えていた。
クロード・シュバリエは、時計塔という場所に窮屈さを感じていた。
学ぶ事に最適な場所は、彼の求める闘争には余りにも不向きな場所であった。
全員に共通することは、目的のために何を犠牲にしても構わぬと言う強き意志だったろう。
その欠点を挙げるならば、その意志の強さ故の無謀さだろう。
現在 冬木市 喫茶店『デア・シュトゥルム』
24時間営業の喫茶店であるこの店だが、流石に深夜ともなれば客足は遠のく。
店長、佐藤啓一は店の隅に陣取っている青ざめた顔の青年と、それに付き添う少女の姿を厨房から見つめていた。
たった一杯の飲料で何時間も粘るのはこの店では『よくあること』なのだが、妙に気になってしまっている。
机の上には大量の書籍やノートが散らばり、申し訳程度に数時間前に注文された二杯の紅茶が置かれている。
その姿はまるで追い込み時期にも関わらず成績が悪い受験生か、契約を突如打ち切られた零細企業の社長のようであった。
一方の少女はどこか楽しげであり青年とは対照的だが、縁日でもないのに和服である。
この辺りで縁日が行われるような場所といえば橋の向こうの柳洞寺であり、時期もかなり外れている。
「ま、詮索はせんがね」
客商売を何年もやってきた経験上、そう言った妙な人物は年に数度という程度だが来店する物だし、一々気にしていては身が持たないと言う物だ。
そうして青年、ドミトリは大きく息を吐き、机の上にすっかり尖りが無くなった鉛筆を転がした。
「どうでした?」
少女がドミトリの額の汗を拭いながら聞いた。
「確定だな、全てのチャネルでギュンターさんからの連絡がない、やられたって事だろう」
「そうですねー、私の方にも連絡は無いですから、まとめてやられちゃったみたいですね」
少女が広げられたノートに×印を書き込む。
そこに書かれていたのはこの地域の詳細な地図の写しだ。
「ウチのライダーはビル内で包囲されて交戦中、アーチャーは相打ち……いや、違うか、まだ屋上に反応が残ってる、敗北だな」
溜息と共に敗退の印を付けていく。
「クロードさんは特殊空間内で連絡不能……長引きすぎれば勝っても生還は難しい、か」
冷徹な目で見れば、結局敵を甘く見ていたと言うことだろう。
「これが御三家とその仲間の実力ってやつか……」
ビルの見取り図を見ながらドミトリが呟く。
「……漠<<バク>>、いや『アサシン』、キミのマスターの方はどうなんだ? 移動はしているようだが連絡が無い」
「無事です、連絡はありませんが、どうやらジェネラルに対して逆包囲を仕掛ける腹積もりのようですね」
「そりゃ……無謀じゃないか、真正面から戦ってあのジェネラルに勝てるはずがないだろ? 昨日の勝利だってあのバーサーカーだから勝てたような物で」
「ですから……それは囮です、マスターは敵マスターの暗殺で決着を付けるつもりだと思います」
青年の言葉を遮って少女が笑う。
にっこりと笑う姿は向日葵の花のように暖かだ。
目の前で微笑む少女が戦う姿というのはどうにも想像が付かないが、それ故に刺客となりえるのだろう。
事実、彼女は敵のマスターを暗殺してみせたし、こうやって笑いながら話す内容も物騒きわまりない話だ。
少女からの刺殺というのは完全に思考の外だったのだろう。
時計塔内でもそれなりに優秀だったという彼も、目の前の少女の手にかかりあっさりと死亡した。
その彼が連れていたバーサーカーにしても、その途方もない再生力で彼のライダーを一時的に圧倒していたが、死後無力化され消失した。
「ドミトリさんは行かないんですか?」
目の前の少女がくすくすと笑う、ロリコンの気はないはずだが、思わずクラクラして前後不覚に陥りそうになるくらいにその笑顔は可愛い。
「こりゃカレックスさんを笑えないな、あの人は相当なロリコンだったけど……」
彼女は『そう言った』方面に特化したアサシンだと言うが……なるほど、確かにこれなら納得できる。
爽やかな色気とも言うのか、余りにも自然に心の中に入り込り、掴んで離さぬその魅力は、自然と虜になっていた。
それを目的として彼が彼女と契約させたというのならば、実は相当に意地悪だと言う他はない。
「え? なんですか?」
分かっているだろうに、わざわざ聞き返す辺り、ちょっと意地悪だと思う。
「何でもないよ、俺が行ったところで何もできんさ、俺が出来るのは双方向通信の確保と植物を繁殖させることだけだぜ? この市街地に植物がどれだけあるってんだ、ったく……」
確かにあったし、恐らくある程度の効果はあったろう。
だがその『ある程度の効果』を発生させるために、数日分の魔力を溜め込んだアミュレットは一瞬で分解した。
結局彼に出来ることは、通信の維持と、もう撤退してくれと祈ること程度の物だった。
同時刻 冬木市外 SC空間内
十字路の先を視界に収めた直後、名城がこちらに吹っ飛んできた。
慌てて全身で受け止める。
それを見て取ってか、入れ替わるようにライダーが突撃する。
名城自身のステータスは生身の人間と同じ、クラスによる補正も何もなく、身体能力のみで言えば衛宮士郎にも大きく劣る。
彼女はただひたすらに、宝具によってここに存在することが許されていた。
ここが現実空間では無いからなのか、衝撃はあっても彼女自身の重さは感じられなかった。
「いたた……ごめん、ありがと、衛宮」
「いや、遅れてすまない、大丈夫か?」
「ギリギリだったけどね、シールドはほぼ全滅、だけどコアエナジーは半数近く残ってるよ」
見れば名城の手はノイズが掛かったように震えている。
殆どその存在を剥き出しにされ、この空間内に撒き散らされ掛けていたのだろう。
安堵の息を漏らして
三人の視線の先ではライダーと、そして狂戦士と化して生身の戦闘をも繰り広げるウツロの姿があった。
「……よく無事だったな、アレ相手に」
「普通の攻撃はそもそも無効化されるみたいだから、多少の攻撃ならシールドがあれば……痛いけど大丈夫、でもオーギュメントが無いとダメージは蓄積されていくと思う」
確かに、釘剣の直撃で噴き出た鮮血が瞬時に消え去って傷口も塞がるのが見える。
「あれを突破する方法は?」
「シールドを破壊するしかない、と思う」
名城を立たせて前に立つ。
「つまり宝具による攻撃しかない、って事ですか?」
「そうね……それ以外に何かある? 桜」
名城が桜の方に視線を向ける。
「え? 私に振るんですか?」
「そりゃあなたが聞いてきたんだから何かあるかなって聞くでしょ?」
「えっと、そうですね……」
「さっきみたいなのはナシにしてくれよ、あれはシャレになってないからな」
「それじゃ……瞳ちゃん、必殺技ってあとどの位撃てます?」
「今の状態だとあと一発かな、数分待てば二発は行けると思う……でもそれが効くかどうかは分からないわよ」
ライダーは今のところバーサーカーに掛かりきり、ライダーの宝具を使えば恐らく勝てるだろうが、それを可能とするだけの時間、数秒の間を開けるのは困難だろう。
先程一瞬見せた跳躍力、バーサーカーの機動性は一時的とはいえライダーに追随可能らしい。
名城はダメージの関係から最前線に置くのは無理、ヘタすれば消滅する。
桜も表情には出さないが額に大粒の汗を流しているし、呼吸も微妙に荒い。
簡易の魔術ならばまだまだ行使可能だろうが、あのバーサーカー相手では足止めすら不可能だろう。
自身の状態はどうか、既に数回に渡り投影を行使したが、恐らく2回ほどの投影が可能、ただし大規模、強力な投影をすれば只の一度で限界を超える可能性有り。
これらの状況から取り得る作戦はなんだ?
確実に有効打が一つあると言うのを前提に、それを可能とするだけの戦術は何か?
投票結果
最終更新:2008年03月06日 23:00