651 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2008/02/28(木) 05:13:45
同時刻、ビル内下層
空気の変化、それを敏感に察知しビルの窓から外を見やる。
「……向こうは終わったようだな」
空間の歪みが消えていくのがそのビルからでも分かった。
「ええ、シェロ達が勝ったと思いたいけど……」
「斥候に確認させている、それよりも、だ」
「分かっているわ」
頷き、耳を澄ます。
「私達の当面の敵、相当に手強いようね、騎乗時だけの事かと思っていたけれど……」
「それは甘い見立てだった、と言うことだろうな」
ビルの上層部では銃声がひっきりなしに響いている。
耳を澄ませば、その持ち主が動き回る足音さえも聞こえてきそうだ。
その銃声はほぼ全て同じ、ジェネラルの兵士が放つ小銃による物であった。
それはつまり敵が生き残っていると言うことであり、苦戦していると言うことだ。
「……急ぎましょう、手間取れば危険だわ」
「ああ……ッ!」
言葉の途中でジェネラルがルヴィアを抱き寄せ、壁際に身を寄せる。
訝しむ暇もない、市街地全てに響き渡るような猛獣の声がしたためだ。
ジェネラルはルヴィアを抱き寄せたまま、壁から僅かに身を乗り出し、壁から外を見やる。
「……なんだ、あれは?」
見つけたのは『生命体』であるということ以上は分からぬ、奇っ怪な存在だった。
このビルとは別の、小さなビルの屋上に現れた『それ』の大きさはアジアゾウ程度だろうか。
形そのものは羽蟻のようだが、あれほどの馬鹿げたサイズの蟻など自然に存在するはずがなかった。
全身から粘着液のような物を垂らしているのがここからでも見え、その奇怪さは吐き気を催す。
「……! 女王蟻、なのか?」
その巨体の下で同種の存在が蠢いているのが見えた。
『女王』と比べれば小型とはいえ、サイズは虎ほどもあろうそれが数十匹、護衛のように存在していた。
「あんな生物が居るとは思わなかった、マスターは何か知っているか?」
身体を離し問いかける。
「……あんな気持ちの悪い物、知りたくありませんでしたわ、自然界にはあんなの居ないと思いますし」
同じように覗き込み、心底不機嫌そうな顔で答える。
「……つまりアレは、敵と言うことか」
「そういうこと、でしょうね」
吐き気を催したのか、背を向けて廊下を歩き出す。
余りにも人外であり、美学の欠片も無さそうな『敵』であるという認識だけは共通の物であった。
外部では突如現れた怪物に対して包囲部隊が銃撃を始めた。
上層からは銃声は止むことなく続いている。
そのどちらとも、終わる気配を感じ取れずにいる。
廊下で足を止め、振り返る。
「どちらかに戦力を集中させるべきかしら?」
「さてね、上はともかく下のアレについては予測がつかんからな……ある程度ダメージは与えられているようだが途方もなくしぶとそうでもある」
楽観的な予測は言わないでおこう、とジェネラルは続けた。
「……以外と驚いていないのね」
「驚いてはいるがね、パニックになるわけにもいかんよ……何しろマスターの命が掛かった状態だ」
言い終わるよりも早く、ジェネラルがKP-31を抜いた。
ルヴィアはKP-31を抜いた、と感じると同時に地面に身を投げ出し難を逃れる。
総重量7kgにもなる70発のドラムマガジンを装備したKP-31を片手で連射する様は自身を弱いと言って憚らぬ『ジェネラル』らしからぬ行動であった。
弾倉全てを打ち終えると、ドラムマガジンを捨て20発の箱形弾倉に切り替えると自らの身でルヴィアを庇い、その左腕に刀を受ける。
「ぬっ……」
敵は少年であった。
先程の乱射で致命傷を受けていたのか、既に瞳には光がない。
だがその状態で尚刀を突く事を止めない。
「ぐっ……!」
右のKP-31が少年の頭部を吹き飛ばし、遂にその少年は倒れ伏した。
「マスター、無事かね?」
腕に刺さった刀を抜き、放り捨てる。
「ええ、私は大丈夫ですわ……それよりも」
ちらりと、倒れ伏した少年を見やる。
「見た目には只の少年のようだったが……この場に武装して存在していた手合いだ、自らの意思にしろ操られていたにせよ、敵だ」
少年の着流しに軽く触れる。
質素な和装の上からでもはっきりと分かる。
心臓は停止し、その身は崩れかかっている。
「魔力も何も感じない、気配の薄いだけの少年? 確かに、ただ操られているだけだったのかもしれませんわね」
だとしたら悪いことはしたとは思うだろうが、悔いはしない。
敵は全力で叩くのが自らの信条、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトはそう考えている。
そのような信条が無かろうとも、命を賭けた場面で敵を気遣うつもりはなかった。
「マスター、『操る』というのが正解だとして、何体くらいが上限なのかな?」
軽い口調で尋ねる。
「私の限界ならば答えられまけど、魔術師としての限界なら未知数、ですわね」
立ち上がり身構える。
気付けば、廊下の前後には数十の少年少女の姿があった。
その全ての目には光はなく、刀や槍で武装している。
いずれもが柄や刀身を詰めた屋内用の装備である。
「挟み撃ちですわね……兵を呼び戻すのはどの位掛かるかしら?」
「時間で良いなら数分だが、上下どちらも状況が激変するだろうな……それにこの場所は集団戦に絶望的に向かない」
場所はビル内の廊下ではあったが、先刻異常繁茂した植物がバリケードとして立ち塞がり、火力を生かす事は難しい。
一方障害物にさえ気をつければ刃物は十分な威力を発揮する。
「……なるほど、自力でなんとかしなさい、って事かしら?」
「できるならばな、既に相当数が損耗しているし、万全の状態で今召還できるのはあと数人と言ったところか」
「それなら――」
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最終更新:2008年04月05日 17:28