389 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/02/15(金) 19:57:21


「午前の練習はここまで!
 一時のミーティングまでに昼食を済ませるように!」
 綾子の声が、弓道場に響き渡った。
 全員が一礼すると、それまでの静寂が嘘のように喧しさが弓道場を覆う。
 本来、口数の多い生徒たちだ。それを統率してしまう綾子の力量は大したものだった。
「ふん、偉そうに」
 士郎の横で的を射ていた慎二が、鼻を鳴らして弓道場から出てゆく。
 綾子もそれが目に入っていただろうが、気に留めることもなく片付けの指示を出していた。
 片付けはテキパキと進んでいく。
 反抗的な部員は慎二の他には居ない。
 自分より反抗的な部員がいると、慎二がその部員を締め上げるからだ。
 その偏屈さのおかげで、結果的に部内は纏まりやすい状態になっていた。
 奇妙な互助関係である。
 慎二と綾子は天敵同士なのに、組み合わせとしては上手く回っているのだ。
 だが火消し役として二人の間に入る士郎は、手放しで喜んでばかりもいられない。
 それは一成と慎二、あるいは一成と綾子の間でも同様だ。
 彼らの間には緩衝材が必要なのである。
「美綴、ちょっといいか?」
「いいけど、手短に。このあとに生徒会長と戦(はなしあ)いがあるから。
 …まったく。あんなに予算を減らされたら、痛んだ弓も代えられないっていうのに」
 武道は休憩、今はお食事時の筈なのに、綾子の目には闘気が燃え盛っていた。
 君子危うきに近寄らず、という言葉が士郎の頭を過ぎる。
 だがこのまま綾子を解き放っては、一成の身を危険に晒すことになるだろう。
 虎穴に入らずんば虎子を得ず。士郎は覚悟を決めた。
「なあ、その話なんだけど」
「その話って何よ」
「予算の話だ。話し合いが平行線になってるんだろ?
 だから、お互いに頭を冷やそうって提案が来てるんだ」
「提案? 誰からよ?」
「生徒会の遠坂桜って子から」
「ああ、あの子ね。
 で?」
「…で、っていうと?」
「だから話の中身は? それとも中身はないの?」
 言葉遣いこそ大人しいが、綾子の口調は空恐ろしいものがある。
 怒りを抑えているのが、士郎にもよくわかった。
 沸騰しそうなヤカンの真下に居るようなものだ。火を消し損ねると火傷は必至だろう。
「中身はある。大丈夫だ」
「何が大丈夫なのよ?」
「いや、その。
 …ともかく、美術部のモデルをやって欲しいって話なんだ」
「……はぁ?」
「ちょっと落ち着いてくれ。今から説明する」
 噴火直前の気配を察し、士郎は慌てて説明を始めた。
 一成の格差是正策は、文化部の不満を受けてのものであること。
 ならば文化部の運動部への感情良化で、予算編成が楽になること。
 美術部は文化部有数の大所帯であること。
 美術部のモデルの需要と供給がアンバランスであること。
 納得がいったのか、綾子の温度は幾らか低下したようだった。
「…ふーん、わかったけど。でも、大した効果はないんじゃないの?」
 綾子は冷めた眼差しで言った。
「でも、このままじゃ纏まる話も纏まらないだろ」
「まあ、そりゃそうだけど…。そもそも、うちの誰がモデルなんて引き受けるのよ?」
 綾子に言われて、士郎は考えた。
 桜からモデルになって欲しいと要請されたのは士郎一人だ。
 しかしこの流れなら、もしかすると綾子を道連れに出来るかもしれない。
 プライドの高さ故に、話し方次第では綾子が承服する可能性も低くはないだろう。
 士郎はちょっと腕組みをして、首を傾げた。


義:自分がモデルになるだけで充分だ。
綾:綾子を道連れにする。
尻:「ところで、俺の尻をどう思う?」


投票結果


義:0
綾:5
尻:3

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最終更新:2008年04月05日 17:37