456 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/02/19(火) 20:38:31
美術部のモデルになるのは已む無し。
しかし恥ずかしい思いをするのなら、道連れがいる方がいい。
士郎は、綾子も一緒に地獄に落ちてもらうことにした。
「そうだな…モデルの一人は俺がやるよ」
「…殊勝なこと言うのはいいけど、『一人は』ってどういうことよ?」
「いや、デッサンの練習台なんだから、女子で一人、男も一人。この方がいいだろ?」
「あー、そう。
言っとくけどね、衛宮。その先は聞かないから」
素早く警戒態勢。さすがに綾子は鋭かった。
だが、その鋭さも士郎の計算に入っている。
「なんだ、美綴も自分がやるべきだと思ってるのか」
「あのな。聞かないって言ってるだろう」
綾子が腕を組んで、士郎を睨みつける。
この場から逃げればいいものを、そうしないのは綾子の気性が許さないのだろう。
飄々としているようで、綾子は向こう気が強く、真面目だ。
『勝負』を避けることは出来ても、目の前の『勝負』から逃げることは出来ない。
「弓道部の予算確保のためだし、主将がやった方がいい。
一成だって、美綴自らモデルをやってるとなれば、怒りはしても認めるだろ」
「生徒会長がぁ?」
「ああ。
逆に、他の誰かに任せとくと、部員をいいように使ってるって思うかもしれない」
「そうだとしても、あたしには関係ない。
単にモデルの話を蹴ればいいだけでしょ」
「でも言い合ってるだけじゃ、いつまでも予算が通らないぞ。
それで困るのは俺たちよりも、後輩のやつらだろう?」
「う…」
綾子が初めて言葉を詰まらせる。
やはり綾子は真面目だった。
同じ論法を慎二に試しても、『そんなの関係ないのねー!』という反応が関の山だろう。
「あとさ、単純に美綴が一番適任なんだよ。
俺がパッとしないんだから、横には華のあるヤツが居てくれた方がいい」
「……ふーん、さらっと言うね」
「本当の話だからな。美綴ならモデルをしてても堂々としてられそうだし。
それとも絵に描かれるのは怖いか?」
「そんな訳ないでしょ。あたしはただ、同じ姿勢で居続けるのが嫌なだけ」
「まあ、そこはだな。弓道部のために我慢してくれないか?」
「だからっ。そもそも部のためになるか判らないだろっ」
綾子の目は三角になり、その様は獣が唸るかのようだった。
しかし威嚇された士郎には少しの動揺も無い。それが綾子の苛立ちを更に募らせる。
「そうか? 美術部だって口利きぐらいしてくれるだろ」
「どこにそんな根拠があるのよ。美術部と話を付けた訳でもないくせに。
モデルをやらされた挙句、何の見返りもないってのはゴメンだからね、あたしは」
「む、それは大丈夫だと思うぞ」
「だから、根拠は何よ。根拠は」
「美綴がモデルをやるんだから、描く方が喜ばない訳がない。
予算の融通ぐらいは利かしてくれるだろ」
士郎は言った。その表情は普段と些かも変わらない。
他方、綾子は形容し難い表情で固まっていた。
戸惑いに赤く染まった頬。困惑に歪んだ眉。子供のような無垢な瞳。
切れの強い容姿と子狐のような愛らしさが絶妙なバランスで同居している。
「で、どうだ?」
「………」
「やってくれるか?」
「……はあ、わかったよ。
その代わり、今回限りってことにしてもらうから」
綾子は観念したように、息を吐いた。
士郎は綾子に礼を言って、踵を返した。
背後で、綾子がもう一度ため息をついていた。
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最終更新:2008年04月05日 17:38