537 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/02/23(土) 21:29:40


 士郎は遮二無二突っ込んだ。
 倒れこむ由紀香。その下に滑り込む。
 小柄とはいえ、人間一人の重さだ。士郎の息が詰まる。
 視界の裡では予想外の事態。袋詰めのペットボトルが商品棚へ打ち付けられた。
 棚が崩れる。
 再度庇おうにも、由紀香は士郎の上だ。
 息が止まっている。どうしても、動くにはもう一拍必要だった。
 棚は金属製。
 上の商品の重さも加わる。危険だった。
 腕を真上に突き出そうと、歯を食いしばった。
 脳に酸素が届かず、意識が揺らいだ。
 それでも、手を伸ばした。
 だが棚は落ちてこなかった。
「大丈夫かい? お嬢さん」
 店の中に居た、外国人の男だった。片手で難なく棚を支えている。
 外れた棚を掛け直し、男は由紀香を引き起こす。士郎には一瞥もくれない。
「怪我は?」
「い、いえっ」
「そいつはよかった」
 先ほどのような野卑さや陽気さはなく、男の声はダンディズムに溢れていた。
 一方、士郎は息が出来ずに、死にかけのブタのような顔をしていた。
「ところで――おまえ」
 男は由紀香からレジ打ちへと向き直った。
 表情は一変していた。声色も、凄みを感じさせる。
「あれだけの重さのモノを客に渡すなら、もっと気を遣わなきゃいけないんじゃねえのか?
 無責任に放り出すなんて、どういう了見だ?」
 男はずい、とレジ打ちに詰め寄った。
 一理はあったが、男の言い分は些か理不尽でもあった。
 普通ならば、男の行為は浮いてしまうだろう。
 しかし英雄的行為の後である。
 衆目は男と由紀香に集まり、尊敬に満ちた眼差しを向ける者もいる。
 この状況下では、店員に勝ち目などなかった。
「や、やめてくださいっ。わたしが悪かったんです」
「……だ、そうだ。よかったな」
 見かねた由紀香が止めに入ると、男はすぐさま険難な空気を霧散させた。
 由紀香は店員に頭を下げる。
 店員は由紀香に感謝している気配すらあった。
 狙ってやったのだろうか。士郎はそんなことを思い、ようやく咳き込んだ。
「衛宮くん。ごめんね、大丈夫だった?」
 由紀香の顔は罪悪感に染まっている。
 そんな顔をされるとこっちが困る、と士郎は思った。
「よお、坊主。大丈夫か」
 男が陽気な笑みとともに言った。その陽気さに悪気はないらしい。
 気に障るわけではないが、気にはなる。
「大丈、夫、だ」
 士郎は咽ながら答えた。
 答えを聞くや否や、男は片腕でひょいっと士郎の首根っこを持ち上げる。
 子供に対してのようなやり方で、士郎は立ち上がらされていた。
 どういう筋力をしているのか。もう片方の腕では軽々と由紀香のレジ袋を持っている。
「ごめんね、すぐ戻ってくるから」
 由紀香は、改めて店員の居る方へと向かった。
 商品に被害はない。店から由紀香に責めが行くような事はないだろう。
「ギリギリ及第点ってとこだな」
 士郎を見て、男は言った。
 男は正しい。男が居なければ、由紀香は怪我の一つぐらいはしていただろう。
 だが、士郎は男の目に反発を覚えた。
「……あー、そうかよ」
「まあ、何が何でもあの嬢ちゃんを助けようとしたのは悪くない」
 にやり、と男が笑う。
 その笑みが、また気に食わなかった。
 敵意とは違う。怒りでもない。もしかすると、悔しいのかもしれない。
 一人で守りきれなかったという自責もある。
 由紀香が戻ってきた。店からの咎めはなかったようだ。
「あ、あの…何かお礼させてくれませんか?」
 由紀香が言うと、男の目に一瞬だけ妖しい光が灯った。
 危険だ、と士郎は直感した。この男、十中八九、女好きだった。


酸:昼食をおごろう。ホットドッグはどうかな。
三:理由をつけて、由紀香を先に戻らせる。
産:慎二のよく行く釣り場を教えてやる。


投票結果


酸:3
三:0
産:5

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最終更新:2008年04月05日 17:39