565 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/02/25(月) 18:53:33
にじり寄る好色男。
英雄的行為の後であろうと、許し難いものはある。
由紀香を庇うようにして、士郎は立った。
「坊主。何の真似だ、そりゃ」
「…別に」
睨み合った。
このテの我慢比べ、根気の勝負ならば、士郎は人後に落ちない自信があった。
しかし、ともかく由紀香を無事に帰さねばならないのだ。
男の注意、および欲情を逸らさせる。
そのために、男の好みそうな話をするべきだった。
「そういや、アンタ。さっき店員と魚の話をしてなかったか?」
「あん? ああ、そういやしてたな」
隙あらば由紀香と向かい合おうとする男。
それを、士郎は手で制した。
「魚だったら、商店街には良いのが売ってる。あっちの方だ」
士郎は商店街の方向を指し示した。
要するに、あっちにいけ、という意思表示だ。
だが男は気にも掛けず、由紀香に微笑みかけていた。
「その店に並んでるのは何時獲ったやつだか知れねえだろ。
出来るだけ新鮮なのを食わせてやりたいんだ、オレは」
食わせてやりたい、と男は言った。
この街に住んでいるとも思えないから、何人かで旅行にでも来ているのだろう。
「なら、何でコンビニなんかに来てるんだよ」
「ここに行けば大体のモノは売ってるって聞かされてたからな。
確かにあるにはあった。食い物に関しては落第だが」
男は白い歯を見せ、由紀香に手を振った。
由紀香は困惑しながらも、男に手振りを返した。
士郎は舌打ちでもしたい気分だった。
のらりくらりと男にあしらわれている。子ども扱いされてるようで、腹が立った。
「新鮮なのがいいなら、自分で獲れよ」
「それが出来ればいいんだがな。
昔から港町だっただけあって水路は多いが、どの河にも魚は見当たらねえ。
山も枯れ木ばっかで兎の一羽もいねえし」
真剣に困ったように言う男。
旅先での狩猟など、普通はしない。だが、この男ならやっていても不自然には思えない。
「じゃあ、海に行けよ。冬でもけっこう釣れる筈だぞ」
男の眉が跳ねた。
話に興味が湧いたのか、男は初めて正面から士郎と向き合った。
「海、か。どの辺りに魚がいる? 穴場はどこだ?」
「深山町側には、いいポイントがない。
新都の方の桟橋みたいに突き出てるとこなら、俺も何度か釣れたことがある。
あの辺は人気もないし、けっこうな穴場な筈だ」
「…なるほどな、港か」
男はそう言って首を巡らす。
視線は海に向いていたが、士郎には男が別のものを見ている気がした。
「悪いね、お嬢さん。
行くところが出来ちまった。お礼の話はまた今度だ」
唐突に、男が言った。
士郎は目を丸くした。
今の話の何処に、男の下半身を抑える要素があったのか。
もしかすると、釣りをこよなく愛する人間なのだろうか。
「え、でも…。じゃあ、あの、お名前は?」
「ランサーと呼ばれてる。縁があったらどこかで、な」
由紀香の問いに答えると、男は拍子抜けするぐらいあっさりと立ち去った。
男の潔い去り際と対照的に、士郎の胸中にはわだかまりが残されていた。
放っておけばセクハラの満開になりそうな男だった。
しかし由紀香を救い、礼も受け取らずに、名だけ告げて去っていったという形だ。
あれも正義の味方ということになるのだろうか。
士郎は、複雑な気持ちになっていた。
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最終更新:2008年04月05日 17:40