634 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/02/27(水) 21:54:49
校門で由紀香と別れた。
由紀香は見えなくなるまで手を振ってくれた。
士郎は足取りも軽く、弓道場へと戻った。
しかし道場を前に、士郎は眉をひそめた。
まだ休憩時間だというのに道場が静まり返っている。
ふと、慎二が隅の方で膝を抱えているのが目に入った。
恐らくは弁当を取りに戻ったのだろう。それが道場に入らず、怯えているようにも見えた。
「…そうか」
何が起きているのか。士郎には見当がついた。
扉を引く。
道場の中には、居心地悪そうに寄り添う弓道部の面々。
そして、そびえ立つように鎮座している少女。
長い髪を垂らし、彼女は座っていた。
客用のソファに腰を下ろしている姿は、さながら首領(ドン)である。
私服のジャケットとズボンはブランドもので、実にマフィア染みていた。
知らなければ、藤村組の抗争相手かと思っただろう。
だが、士郎には知った顔だ。
間桐凛。慎二の兄妹である。
「…なんだ、衛宮か」
士郎をちらりと見やって、凛は言った。棘のある声だった。
「美綴なら、今は出てるぞ」
「さっき聞いた。ここで待たせてもらうから」
愛想など欠片もない。むしろ凛は、肌を刺すような空気を纏っている。
アイツは道を空けないと噛み殺すジャガーだ、とは慎二の弁だ。
つまり、これはいつもの凛なのである。
付き合いの長い士郎にとって、たじろぐ相手ではない。
少しばかり手が早いのに気をつけていればいい。
一応の理屈さえ通っている事ならば、凛が暴力を振るうようなことはないのだ。
その判定が古い極道さんのように偏っているのが、問題ではあるが。
「そういえば、衛宮。慎二に弁当作ってくれてるんだって?」
「ああ。慎二がたまに土産を持ってきてくれるんで、その礼みたいなもんだ」
「一応、礼を言っとく。あれでも兄妹だから」
「どういたしまして」
「で、中身はどんなの?」
「別に大したもんは作ってないぞ」
自分のものを出すついでに、士郎は慎二の弁当を取り出した。
側に座ると、凛は猫のように目を細めたが士郎は気にしなかった。
「なんだ。綾子が言うからどんなもんかと思ったけど…予想よりテキトーだし」
「そうか?」
凛は弁当に興味を失っていた。
勝ったな、と小さく呟くのが聞こえた。
「そういや、今はお手伝いさんが居ないって聞いたけど、自分で料理してるのか?」
凛の料理、というのは見たことがなかった。どんなものなのか、少しは興味が湧く。
だが凛の返事は素っ気無かった。
「そんなわけないでしょ、面倒臭い」
「じゃあ、なんか事情があったのか? お手伝いさんがやめるなんて」
「…うっせーな、うちの勝手だろ」
突き放すように言う凛。
言葉遣いが荒れている。あまり触れたくない話題だったのだろう。
凛は顔を背け、それっきり押し黙った。
ただ見ていれば、凛は美しい。はっと息を呑むようなこともある。
何かが違って、少女らしい可憐さを持っていたらどんな女性になっていたのか。
獣のように恐れられることなく、花のように憧れの対象となる、凛。
士郎は思い描いてみようとしたが、出来なかった。
しかし、それも構うまい。
どんな少女を想像しても、士郎が会うことない。
士郎が会えるのは、すぐそこに居る凛だけなのだ。
長年の友、と士郎は思っていた。だから、凛はこれでいい。
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最終更新:2008年04月05日 17:41