691 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/02/29(金) 20:30:36


 黙って座っているのは気が重い。
 しかし、ヤクザ屋さんを放置しては人々が怯えるばかりだ。
 士郎は沈黙を破らねばならなかった。
「えーと、そうだ。
 凛は弓道部に入ろうって思ったことないのか?
 ほら、美綴とも仲がいいし、慎二も居るし」
「ない。勝てない勝負はしないの」
「いや、でも美綴にも慎二にも負けると決まってた訳じゃないだろ。
 あいつらだって弓は初めてだったんだし」
「そうじゃなくて……ちっ」
 凛は舌打ちをして、誰かの用意したお菓子を咥える。
 それが葉巻を咥える姿と重なるのは、凛が煙草を吸っていたからだろう。
 中学の頃、『虫が煙を嫌う』という不可解な動機から、凛は喫煙を続けていた。
 部屋がヤニ臭くて寝れない、と慎二が嘆いていたのは記憶に新しい。
 凛の喫煙は進学した途端にぴたりと止まったが、理由は士郎も知らなかった。
「ふん。まあ、いいけど。今日は衛宮に一つ勝ったし」
 鼻を鳴らして、凛はふんぞり返った。
 凛は奇妙な威厳を持っている。偉そうというより、偉く見えるのだ。
「よくわからんが、俺の負けなのか」
「その通り。わたしの勝ち」
 凛がにんまりと笑った。
 凛は勝負が好きだった。特に士郎に対しては、その傾向が強い。
 慎二が凛と張り合おうとしないから、士郎に代わりを求めているのだろう。
「あ、そうか」
 士郎は、ぽんと手を叩いた。
「なあ、もしかして弓の勝ち負けって、俺とのことか?」
「ぐっ……!」
 奥歯を軋ませ、凛は士郎を睨みつけた。それは唸り声のようでもあった。
 士郎はすぐに危難の接近に気付いた。
 しかし士郎が逃げるより、凛が胸ぐらに掴みかかる方が早かった。
「今さら要らん事を言いやがって…そういうところが癪に障るんだッ!」
「ちょ、ちょっと待て。道場で暴力は――」
 士郎が最後まで言うまでもなく、凛は動きを止めた。
 凛の瞳は一点を、咄嗟に構えた士郎の手を凝視している。
 士郎の腕に血が伝っていた。いつの間にか、怪我をしていたらしい。
「悪い、ちょっと放してくれ」
「……うそ」
 凛は脱力して、両手を落とす。視線は何処とも無く彷徨っている。
 傷は右手の甲にあった。由紀香を庇ったときのものだろう。
 ティッシュで血を拭うと、予想より傷は浅い。
 傷はひと筋。血で、少し大袈裟に見えていたらしい。
 だから、しばらく気付かなかったのだろう。
「…一本、だけ?」
 凛が士郎の右手を覗き込んで、間の抜けた声を漏らした。
「みたいだ…って、痛てててっ」
 関節の可動方向を無視して、凛が右手をまじまじと観察する。
 他に傷は無かった。
 凛が再び士郎を睨みつける。肩がわなわなと震えている。
「ちょっと待て、何で怒ってるんだ?」
「紛らわしい、ことを…っ。この、チビ野郎!」
「な…それは昔の話だろ! 今はおまえよりも身長あるんだからな!」
「やかましい、偉そうに! 衛宮の背なんて縮んじまえっ」
 凛は身の毛もよだつ呪詛を士郎に投げつけると、足音を響かせて出て行った。
 凛の怒る理由は、しばしば士郎の理解の外にある。
 今回もその例に漏れていない。
 士郎は首を捻った。だが、それもいつものことだった。
 夕暮れ。練習が終わるころに、凛は何故か再び道場の側に現れた。
 どうやら綾子と話があるらしい。
 凛は刺さるような視線を送ってきたが、士郎は知らん顔で頬を掻いた。


閣:商店街に寄ってから、帰宅する。
下:アルバイトがてら、慎二と一緒に新都に行く。
敬:由紀香が怪我をしていなかったか、気になる。
礼:一度も顔を出さなかった大河をとっちめに行く。


投票結果


閣:1
下:1
敬:5
礼:1

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最終更新:2008年04月05日 17:42