929 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/03/09(日) 22:39:35
慎二は白馬に跨った。
ライダーの翻意は期待できない。ならば説得は時間の無駄だった。
白馬が目を伏せる。乗せたくて乗せるのではない、という意思表示らしい。
慎二は舌打ちした。どいつもこいつも、腹立たしい。
「ふん。気になるから行くのはいいさ。
けど、危なそうだったらすぐ撤退しろよ」
「ほう。機あらば討てということか」
「出来るもんならやってみれば?」
慎二は正直な感想を吐露した。
ライダーは決して偉大な功業を打ち立てた英雄ではない。
そもそも慎二が冬木市内を駆け回る戦略を採ったのも、戦力的な制約があったからだ。
篭った相手を強襲する火力はなく、自分たちが篭ろうにも魔力の当てがない。
さらに暗躍・謀略は能力的にも性質的にも話にならない。
つまり弱いのである。
機動力を活かした撹乱によって敵を引き出し、乱戦になったところを叩く。
それが慎二の見出した唯一の活路だった。
このサーヴァントでなければ、もっと華々しい魔術師然とした戦い方もあったはず。
魔術を使えぬ自身の事は棚上げして、慎二はそんな不満を胸に抱いていた。
「そうしたいが、倒すか倒さぬかは戦局次第になるな。
ペレウスの嫡子ほどの者がそう居るとは思えんが、決めてかかるのは危うい」
「反省ぐらいはしたってワケ?」
「学ばぬ者に頭は要らぬ。
では頼むぞ、オレイテュイアの娘よ」
ライダーが白馬の頭を撫でる。白馬は嬉しそうに目を細めた。
そして白馬はビルから夜の空へと跳んだ。
風踏み空翔ける白馬は天馬の如く。
今宵の風は彼女を育みし北風ゆえに、踏み締める蹄も軽やかに舞い踊る。
「うあ…っ」
これで五度目とはいえ、やはり慎二は息を呑まずにいられなかった。
視覚的な浮遊感と肌で感じる蹄の振動は、慎二の脳に混乱をもたらす。
浮いているのに駆けている。それは拭い難い違和感だった。
そう。白馬は文字通りに空を駆ける。
名に負うペガサスのように空を舞うことは出来ずとも、彼女は風に乗るのだ。
風は慎二の頬を叩き、夜の灯りが眼下を流れるように過ぎてゆく。
鼓膜には嵐のような轟音が響き渡っている。
「よいか! あの少年が現場に居れば、それの救出を最優先とするぞ!」
「居なかったら、引き返すんだからな!」
「耳元で叫ぶな、たわけ!」
叫び合う間に見慣れた武家屋敷が迫ってくる。
そこに居たのは奇妙な物体。
巨躯の鉛。人型の怪物。一目で死の恐怖を呼び覚ます存在。
ぎろり、と不吉な色の瞳が慎二を射抜く。
「――ひ」
逃げろ、と慎二は叫びそうになった。
ライダーが口を開くのが一瞬でも遅ければ、本を手にそう命じていただろう。
「居た! あの少年だ!」
「え――?」
「猶予はない、擦れ違い様に掻っ攫え!」
ライダーは叫び、白馬を腿で締め上げた。
白馬は風を突き抜けるように加速し、迷うことなく衛宮邸へと突っ込んでいく。
巨人は白馬へと向かう。手には禍々しい凶器。
ライダーは白馬を駆るのに手一杯だ。慎二が惑う暇など、もはや無い。
覚悟を決める間もなく、目前に事実が突きつけられる。
衛宮邸の狭い門。
異常に気付いた少女が、驚愕の表情で振り返っている。
その脇に、倒れこんだ衛宮士郎。
そこで音が消えた。
白馬を、慎二を捉えた士郎の目。はっきりと見える。
慎二は手を伸ばした。
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最終更新:2008年04月05日 17:44