408 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/02/16(土) 23:32:08
――Interlude
「――――……」
最初に見たモノは天井。
朧気ながら瞳に映る視界には突き刺す陽光が注がれず、代わりにオレンジ色の穏やかな灯光が空間を照らしていた。
柔らかい感触を軸に頭を傾ければ、枕元に置かれた真鍮製の古ぼけたランプの姿が目に入る。小さなガラス越しに燈る炎の揺らめきが、乾いた頬に心地良い暖かさを与えてくれた。
続けてゆっくりと周囲に視線を巡らせる。ランプの弱い光では仔細まで把握すること叶わぬが、それでも蒙昧と、身体にかかったシーツの白さと、茶色い木造の棟の姿が確認できる。
――なんだ。
要は私、寝てたんだ……。
胸に広がる安堵と多少の決まり悪さを覚え、仕切り直しをするべく短く息を吸い込み――――盛大に、咽た。次いで、今まで気付かなかったのが不思議なくらい、激しく痛み始める胸元。
慌てて痛みの発生源を確かめるべく指でなぞるも、捉えた感触は胸骨の硬い反発ではなく、何とも頼りない穴の無防備さ。ゾッとする自分を抑え手早く寝間着の前を開帳してみるも、そこには指が伝えてくれた情報通り、ぽっかりと大きな“穴”が空いていた。
瞬間、全てを悟る。
此度のトロール傭兵団の侵攻。奴等が引き連れていた、地獄の番犬の蹂躙。そして――――。
「シロウ……」
この身をしかと抱き締めてくれた、あの優しい腕……。そして、世界に一つだけの、彼にのみ許された呪法の言霊。
「シロウ」
何故か、なんていらない。シロウが居る……。
疲弊した腕をベッドの上に立て、限界まで力を込めて半身を持ち上げる。力を込めれば込める程に“穴”に集約された神経が爛れ、指の先端に到るまで痛みを走らせたが、そんなの知ったことではない。私は今動きたいのだ。
数分を経て体をようやっと折り曲げるに到り、思わず盛大な溜息を吐いて肩を落とす。たったこれだけの動作が今の私には辛くて堪らない。――それでも、少年の顔を頭に思い描けば自然と耐える力が湧きあがってくる。
あとはこの重たい体を持ち上げるだけ――――。
そう思い、両手両肩に力を加え、脚部の反動も利用して一息に立とうと臀部に気を集中させた時。
「止したまえ。重傷者である君には荷が勝ちすぎる所業だ、それは」
不意に訪れた闖入者の発言に、集められた力の奔流は徒労も虚しく霧散した。
英霊として存在する己の本能が、驚愕を捨てて警戒を優先し、不出来ながらも急場凌ぎの構えを四肢に取らせる。そうして鋭い視線を以って声の主の顔を射抜くも……。
「…………」
「ぷっ」
――――まるで喧嘩に負けた子供のように。
所彼処腫れあがった顰めっ面を見て、不覚にも噴出してしまった。
――――――――。
「……酷いな、君は」
「す、すみません。くっ、貴方のそんな顔が拝見できるなんて、思いも依りませんでしたので」
言いながら、弓兵は慣れた手つきで二つ分のティーカップに乳白色の液体を注ぐ。湯気立つ気流に混ざり、やや濃い甘さがつんと鼻を刺激した。
「紅茶……ではありませんね。これは何という飲み物なのですか?」
「チャイという。本来ならばインド地方に伝わるミルクティーなのだが、どうしてかここもチャイが主流らしくてな。どうせなので挑戦してみた。少々甘味が強くはあるが、悪くはないだろう?」
充分に香りを楽しんでからカップに口を付け、中身の液体を飲み込む。確かに飲み物としては甘すぎるきらいがあるものの、反面どこかホッとさせる柔和さがある。ミルクの濃厚な脂肪分が砂糖の甘さと絡み合い、それが茶葉の香りに不思議と合っており、絶妙なまろやかさが口内に広がった。
「美味しい……」
「ふむ。飲む者が喜んでくれるのなら、淹れたこちらの面目も立つ」
戦士である筈の彼が、家事が得意であるなどと……どうしてか非常に申し訳なく思う反面、素直に卓越した技量への感嘆の吐息が漏れ出てしまう。
――だが、いくら美味しい茶を振舞われようともそれで胸に空いた穴が閉じた訳ではなく……無意識の呼吸は容赦ない激痛を訴える導火線となった。
決して痛みを面に出した覚えはないものの、鷹の眼を有する弓兵相手に隠すのは無駄だったのか。アーチャーはそれまでの落ち着いた風貌から一転、それまで座っていた椅子を押し倒し、私の傍に近寄ったかと思うと、あろうことか極めて乱暴な仕草で私の半身を覆う寝間着を剥いだ。
「ぶ……無礼者! 何をするのです!? 狂ったかアーチャー!」
「狂っているのは君だ。……何だこの傷は? 俺を馬鹿にしているのか?」
言いながらシャツすら身に着けていない背中を手で擦る。途端、弓兵の指の動きに呼応し、鋭利な痛みが背を駆け抜けた。
「何を……」
「チッ、相手が神話の域に達する化け物だからか……? 再生が僅かに追いついていない。くそ、参ったな……」
せめて前を隠すことにより最低限の体裁を保つが、それにしても脳裏に渦巻く屈辱感は尚のこと耐え難いものがあった。目の前のこの男が唯一気を許した少年と同一人物であることがせめてもの救いではあったものの、それでも割り切れぬ想いがある。
「宝具を解放したな? 今の君からは平時のあの溢れる魔力がまるで感じられない。……危険だ。念のため傷の具合を正確に把握しておく必要がある。前の方も見せてくれ」
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最終更新:2008年04月05日 18:32