441 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/02/19(火) 00:02:31


 瞬間、ピシリ、とガラスの砕ける音が聞こえた。
 予想外――――否、違う。結局のところ、何年経とうともシロウは所詮シロウなのだ。

「約束された――――」
「む?」

 無意識の内に数え切れぬほど繰り返してきた真名を呟く。
 ただし振り上げたモノは剣ではない。岩のように硬く握られたソレは――――拳だった。

「勝利の拳!!」
「――見え……馬鹿なアヴァロ、ガッ――――!?」

 華奢な拳が弓兵の精悍な鼻面を貫き、長身を誇る彼を部屋の壁に縫い付けるほどの破壊力。真名解放の一撃がもたらした意外な威力につい慄いてしまうが、それでもガッシリと咄嗟の機転で胸元をガードすることだけは忘れない。生憎と、あらゆる物理干渉を遮断するアヴァロンは私の宝具だ。

「あ、貴方という人は~~っ! まったく、いくら歳を重ねようともデリカシーのなさは変わらないのですねっ!? 失望しましたよ!」
「ま……待て……。わ、私は単に傷の心配をしてだな……」
「結構! 貴方に心配されるまでもなく傷は塞がりつつあります。そもそも何故貴方に、む、胸を見せねばならんのです!? 忌憚なく言わせてもらいますが、必要以上の執着は真に見苦しい!」

 ピシャリと言い放ち、これ以上はないというくらいに突き放す。
 対する弓兵はその言葉に衝撃を受けたのか、壁に埋もれたまま見っとも無く頭を垂らし、端から見ても落ち込んでいる様を呈していた。
 ――――少し言い過ぎたかもしれない……。
 一方の私も、彼の窮状を見てやや遅れてから自身の発した内容の悪辣さに思い至り、甲斐甲斐しく世話をしてくれた弓兵に対して行方のない罪悪感が芽生えつつあった。
 だから、その直後にいきなり関連性のない話題を口にしたのは、行き場のない感情を紛らわせる理由に他ならない。

「……そういえば、貴方はどうしてこの世界に来たのですか? 見たところリンは一緒ではないようですし、マスターの魔力供給もないままで、どうして?」

 そう。元々の前提として、何故弓兵がここにいるのか?
 久方ぶりとなる親しい者との再会で心浮き立つこともあり聞きそびれていたが、改めて振り返ってみれば、やはり弓兵の出現は不自然極まるものでしかない。
 来た方法。理由。どれもが予測不可の寂寥を感じる。
 だからこのまま勢いに乗って徹底的に問い質す気でいたのだが……次の瞬間弓兵から発せられた言葉は、予想していたいずれの理由とも違う、ひどく単調な……しかしその反面、ひどく私の心を揺さぶる内容だった。

「いなくなった君を探すためだよ」
「…………へ?」
「衛宮士郎が消えるのはまだいい。今生の奴は、数多に存在する衛宮士郎とはまた違った道則を歩むに過ぎないからな。こういう未来もあるのだとまだ納得できる事象に過ぎない。だだ君が消えてしまうのは……認めたくなかった。それだけだ」
「あの……アーチャー……」
「いや、勘違いしないで欲しい。それだけ、というのは言い間違いだ。今の私はサーヴァントであると同時に霊長の守護者でもある。したがって、人類に仇なす世界の歪みは早急に対処する義務が課せられているのだよ。それに間桐の翁も何やら不穏な悪巧みを企てているようだしな……。――これらを含めて“それだけ”だ。忘れないでくれ」
「…………」

 言葉が、ない。
 私は今の今までシロウのことだけを考えて彷徨い続けて異世界まで来たのだ。だというのに、彼は……。
 一つだけ言えることがある。――――シロウは、何年経とうとシロウでしかないのだ。

「そういう君こそ、どうして見知らぬ連中のために剣を振るっていた? まさか世界中の苦しむ人間を一様に救うつもりだとは言うまいな?」
「私は……」

 私がこの国に留まり剣を振るっている理由。
 解っている。全ての迷える人間を救うなど、ただの傲慢でしかない。だが、私がアーサー王として歩んできた歴史を鑑みれば、どうしても見過ごせない理由があった。

「私は、国を救いたい。もう滅んでしまった国を甦らせようとは思いません……。それに本音を申しますと、私だって一刻も早く自らのマスターを探しに行きたい。それでも……まだ救う間隙があるというのならば……私は、せめてこの国を私の二の舞には、したくない……」
「ふむ」

 最早過去を塗り替えることが愚行に過ぎないというのならば。せめて第二の生を得たこの体で、滅び行く国を救い、欠片として残された王としての最後の本懐を遂げたい。
 ……そんな私の思想とは裏腹に、話を聞いた弓兵は何を考えているやら首を巡らせながらポツリと呟く。

「はて。君の救いたいというアトルガンだが、果たして救うだけの価値があるものか否か?」
「――――は?」

 二度目となる空虚の到来。
 あまりに予想外の、言外に微かな悪意を秘めた一言に整然とした返答は露と消え、セオリー通りの定型句でしか言葉を返せない。

「ア、アーチャー? いきなり何を言うのです?」
「まあ聞きたまえ」

 言いながら、弓兵は埋もれた己を掘り出し、倒れた椅子を起こして腰掛ける。

「君が目覚めるまでの間、手持ち無沙汰を持て余していてね。少しこのアトルガン皇国という所を調べてきた。まず第一に気になった箇所だが……何故皇国はわざわざ被害が甚大となる市内で敵を迎え撃っているのだ? どうして市外で迎え撃たない? ましてや防衛に駆り出す私兵はせいぜい全体の1割……。残り9割は他所から雇ってきた傭兵ばかり。何故だ?」
「それは…………自由に扱えるだけの兵が残されていないからではないでしょうか。こうも戦が続いては国力が疲弊するのも必定。私も王国を任されたことがある以上、兵力不足の折には賃金目当ての傭兵に国の未来を託すのも致し方ないと理解できます」
「違うのだよ、それが。実は霊体化して皇宮内を覗いてきたのだが、中にはぎっしりと衛兵達の姿が詰まっていた。特に青い衣に身を包む魔術師達…………連中は不滅隊と呼んでいたがな、傍目から見ても相当の実力者揃いだったぞ。兵力は満ち溢れているというのに、何故奴等を使わない?」
「それは……しかし……。青い魔術師? そんな者、今までこの国に居て、目にしたことなどありませんよ……?」
「隠しているのだからな。当然だろう。とにかく皇国は戦力を温存し、尚且つ市内に敵を誘き寄せるのが目的であるかのような戦法を採っているということだ」
「ですが……それでは市中に暮らす民のことは……」

 胸に当てた手を伝い、心臓が早鐘のように脈打つのがわかった。
 私とて曲がりなりにも国を治めていた身だ。国を司る政治が全て奇麗事で成り立っているとは殊更思ってなどいない。だがこれは……。
 あくまで国とは民あってこその国。喩え政治が汚くあろうとも、民を思ってこそ。だというのに余力を温存しその民を危機に晒すなど、本末転倒でしかないではないか。

「最後に第二に気になった箇所。それはこの国のトップである聖皇の存在だ。ここまでキナ臭い話に包まれた大元だからな。どれほど脂ののった顔をしているか玉座まで確かめに行ったのだが……フッ、笑わせてくれる。薄いベールの向こう側には、空位となった赤い椅子しかなかったよ。聖皇なんて、居なかった」
「何ですって……」
「諸国からかき集められた歴戦の傭兵達。民の犠牲も省みず、皇都を巨大なネズミ捕りに見立てた何か。……警告しよう。危ういぞ、セイバー。今の君は、とてつもなく危うい。できればこのまま俺と共にここを去り、速やかに元の世界へと帰るべきだ」

 眼前の男の顔を眺めれば、その表情は僅かな苦悶を含んだ真摯な面によって織り成されていた。
 解っている。アーチャーの言葉に嘘など微塵も存在しない。それどころか真底私を心配しているからこそこうして助言しているのではないか。
 少しの間を置き、テーブルに置かれたティーカップを手に取って口に含む。弓兵が淹れてくれたチャイは既に冷め、冷えた液体が咽喉に不快な味を残した。

「ありがとう、アーチャー。……無理です」
「セイバー!」
「だって、私は……」



Ⅰ:その皇宮に招待されているのですから
Ⅱ:エクスカリバーを取り戻さねばなりませんから
Ⅲ:シロウがこの世界に居るから


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最終更新:2008年04月05日 18:32