476 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/02/20(水) 23:03:11
「感じるのです……。元の世界では欠片も感じられなかったというのに、この幻想世界では我がマスターの息吹が伝わってくるのです! 忘れよう筈がない。契約の経路を通じ流れてくる、マスター……シロウの生命の息吹が!」
一旦言葉を切り、ゆっくりと目を瞑る。すると意識せずとも頭に巡る、少年と過ごした幾星霜。
誰も寄せ付けず秘め続けた私の心に無遠慮に入ってきた初めての人。主従の関係を超えた、私の大切な人……。
「アーチャー、貴方には本当に申し訳なく思います。ですが、ようやく主の手掛かりを掴んだというのに、このまま易々と引き揚げる訳にはいかない。この魔物達が跋扈する世界……。恐らくシロウも只ならぬ苦行に苛まれていることでしょう。そんな彼をそのまま捨て置くなど、私には到底できない相談です」
弓兵は話に割り込むことも、相槌を打つこともせず、ただ黙々と私の語る口上に耳を傾けていた。そして言い終わると同時に万感の想いを込めた深い溜息を吐き出す。
……他の誰でもない。この私自身を探しに遥か異世界の彼方までやって来たのだ。ましてや私の探し人と同じ人間という、決定的な矛盾。
彼がこれまでに費やした労力。徒労。二者択一に弾かれた男の哀愁。救いに伸ばした手を無碍にも切り捨てられたこの哀れな弓兵のことを思えば、胸に空いた穴以上の痛みが自身の胸中を駈け抜けた。
「……そうか」
「すみません……」
再度男の口から吐き出された重い吐息が、怯えた胸を締め付ける。
彼は……いったい今何を考え、何を思っているのだろう……。
横目でそれとなく顔色を窺うも、ランプの微光から生じる影が顔の半分ほどを覆い、深い皺を予想させる溝が浮き彫りとなっていた。極度の緊張に、弱り果てた心臓がドクンと高鳴る。
「――――妬けるな」
「え?」
「妬けると言ったんだ! ったく、俺自身のことだというのにな。俺が俺に負けるだなんて、世界中探しても俺くらいなもんだよ」
「す、すみません」
「いいさ、もう。かつての栄光だったモテ期も、歳を経れば無残な過去の遺物ということだ。……その代わり、私もここに留まらせてもらうぞ。鞘役は生憎と奴に取られてしまったが、私にはとっておきの盾があるのでね。小僧以上に役立つことは保障しよう」
シロウ……。
アーチャーは常時の彼らしい気障な笑みを口元に浮かべ、ふっと鼻を鳴らす。その様は現在の少年にはない、積み上げてきた経験に裏打ちされた自信と、隠しようのない長き苦労の顕れが宿されていた。
ふと、そんな彼を眺めていると、何でもなしに涙が浮かんでくる。
「ありがとう……アーチャー……」
「止せよ……。散々、迷惑ばっかりかけちまったからな……」
俯く私に、そっと肩を叩くアーチャー。
久方ぶりとなる優しい時間が流れていき安らかさすら覚え始めていた頃合い、安寧に築かれたひと時は突拍子もなく対面の扉が開くことで泡沫に消え去った。次いで部屋内に溢れる眩い光と、床に伸びる足長の影絵。
慌てて涙を拭い視線を突然の侵入者へと向けるも、そこには見知った少女の姿。
アフマウ――。
横目で弓兵の姿を確認するも、事情を察したアーチャーは既に霊体化し、そこに居た形跡は欠片も残さない。――不自然にも二つ存在するティーカップ、そして不自然にも瓦解した壁以外は。
「あっ、ごめんなさい。着替え中だったのね。てっきり眠っているとばかり……」
「……え? あ、ああ、そうですね。はい、たくさん汗をかいたもので」
指摘されてから、自分がアーチャーに剥かされ上を着ていないことに思い至る。
良かった……。この天然気味の少女は気付いていないようだ。
だが安堵し胸を撫で下ろすのも束の間のこと。少女の足元から二体の紅白人形が這い出て、目敏く部屋の異変を嗅ぎ取った。
「ちょっと待て。何だ? この崩れた壁は……」
「二つノティーカップモ不自然極まリナイナ!」
「ああっ! そ、それは私の寝相が悪かったのです! ティーカップを一つ余計に持ってきたのは寝ぼけていたのでして。ええ、ええ、そうなんですよ!」
苦しい言い訳に対し少女は不思議そうに首を傾げ、冷や汗を流す私を見やる。
やはり後付けとしては苦しいか……。姿を消した弓兵の溜息が、気のせいか聞こえてくる気がした。
「ふーん、そうなんだ。じゃあ寝ぼけたセイバーの隣に寝るのはちょっと危険ってことだね。気をつけないと」
「…………」
「…………」
「…………」
空白。一瞬の間。
部屋を満たす異質な空気にまるで気付かないまま、素直な少女は先を続けた。
「それよりセイバー! 傷は大丈夫? 何でもトロールが飼っている猛獣に深手を負わされたって聞いたけど……。メネジン、出して出して」
「あ、ああ。そら、ポーションとエーテルの差し入れだ……」
細い針金と見紛うかのような腕が、小さな香水のような瓶を二つテーブルに置く。ガラス製の容器を満たす中身は、何やら青く澄んだ液体と黄緑色の液体のようだが……。
「ね、今からマウと温泉入りに行こうよ。汗かいているのでしょ? 近くにあるのだけど、湯治の意味も兼ねて。アヴゼンの回復魔法と併用させたら、きっと傷なんてすぐに治っちゃうんだから」
「えっ? あ、はい。温泉ですか……。ありがたくお供させていただきましょう」
後ろを振り向けば、弓兵の苦笑する気配が伝わってきた。
思考を一巡させてから改めて透明な彼の方へと首を向ける。アーチャーには悪いが一足先に骨休めをさせて貰おう。
(一応言っておきますけど、覗くと本気で怒りますよ?)
(……失敬な。早く行きたまえ)
――Interlude out.
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最終更新:2008年04月05日 18:34