512 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/02/23(土) 00:07:10


「ああ、来てたか。……待たせてしまったか? 書記官のクピピは、君をここへ通すことに、文句を言ったでしょう」

 薄ぼんやりと蛍光が煌く中、白い猫は口元を微かに綻ばせながら語りかける。
 対する俺も、その問いかけが見も蓋もない……とは言い切れないが、やはり二人を結ぶ穏やかな雰囲気を崩したくない一心で、懸命に首を横に振った。

「ふふ、大変だな、君も。
ここは、羅星の間。どんなときでも、遠く天空の星々を映し出す、神聖なる泉――天文泉。星の神子様は天文泉を使い、星々の流れから遥かなる時の流れの先を読む。そして、私たち守護戦士はその未来を守り抜くために存在する……」

 柔和な空気も束の間のこと。再度こちらへ顔を向けた彼女には、既に親しい者との対面がもたらす安穏は消え失せ、代わりに専ら誤魔化し様のない、戦士の精悍な表情が宿されていた。

「君が届けてくれた報告書。神子様にもご報告したわ。闇の王の復活は、神子様も既に覚悟していたこと。心配する必要はない。けれど、闇の王の復活は、君の胸だけに仕舞っておくこと。
 ……いたずらに、民の心を刺激する必要はない。特にタルタル達にとっては、まだ20年前の戦いの傷が癒えていない状態だ。後は我ら守護戦士が真実を確かめましょう。だから、君は今まで通り気ままな冒険を楽しみなさい。これ以上は、部外者である君の手を煩わせる必要などない……」

 この宣言と共に、俺達の任務の達成は無事認可された……。
 長かった……。三国を回るという単純な内容における、一ヶ月という長期にわたる悪戦苦闘の日々。メンバーの内、1人が欠けるという大事があったものの、それでも俺達が経てきた日々は決して無駄ではなかった。
 感無量ならざる心地なれど、溜息をついてほっと胸を撫で下ろした直後、階下からただならぬ物音が耳に入り、感慨は芥子粒となって吹き消される。

「待て! そこで止まれ!」
「ここから先の立ち入りは、セミ・ラフィーナ様に禁じられているはずだ!」

 複数のややヒステリー気味の声に包まれながら、眼前の大扉が乱暴に開かれる。慌てて首を巡らせ異常の主の姿を確認するも、そこには粗雑な大男の姿などなく、それこそ俺の体における膝ほどの身長しかないタルタルが、漫然たる様相で胸を反らし立っていた。

「どういうつもりだ!? 神子さまへの謁見は禁じた筈。ウィンダスの平和を乱さんとする逆賊め!」
「ウィンダス最強の魔道士団長に逆賊とは何て言い草だ。お前、何様のつもりだ? まさか一代限りの守護戦士風情が、俺の代わりにこのウィンダスを救うつもりではあるまいな」
「力に目が眩み、道を見失ったどこぞの院の院長よりは、お役に立てると思うが?」
「フン! これを見ても、ウィンダスはまだ、平穏の時代にあると言えるか?」

 そう嘯き、一冊の本を白い猫に手渡す。すかさず適当にページを捲り目を通す彼女だったが、いつも凛々しさを崩さない端正な顔立ちは時が経つにつれ次第に青褪め、傍目からも理解に苦しむ様相を見せていた。
 ……だからつい気になって、本に夢中になる彼女の隙間から内容を確かめてみたのだが――――ややあってから彼女の困惑の本質を理解する。本のページは、いくら捲られても白紙のソレでしかなかったのだ。

「……これは全部、白紙だ。私をからかっているのか?」
「白き書さ。俺の代わりに、星の神子様に渡すがいい。そして、その意味を知るがいい。
 ……神々の書が文字を失い、いつ綻ぶやも知れぬ獣人族との和平、加えて狂ったカーディアン兵が何やら企んでいる。しかし、我らにあるのは壊れた遺跡と疲れた軍。これでも、お前達は何もしようとはしないのか? 何も感じないのか?」
「何が言いたい……」
「俺はやり遂げてみせる。この国を、ウィンダスを、恐怖から救ってやる」

 語るべきことは皆言い終えたのか、足元の小さな物体は処遇に窮する白い猫に背を向け、開け放たれた大扉目指して歩き始める。
 そんな中、たまたま彼と扉を結ぶ線の上に居た俺と、ふと、目がかち合った。

「お前がクリスタルを託されたヒュームの小僧か? ハッ、碌な魔力も感じられない青瓢箪のガキじゃないか……。まったく、毎度ながらシャントット博士の遊興癖にも困ったものだ」
「…………」

 最後にとびきりの嫌味を浴びせ、面食らう俺を尻目に奴は去って行った。

「エミヤ……君に再び任務をお願いするわ。彼――ウィンダス口の院院長アジド・マルジドを追い、彼が何を掴み、何をしようと企んでいるのか、私に報告しなさい。
 ウィンダスの平和を壊すものは、誰であろうと許さない……」



――――――――。


 颯爽と――――。
 無限に続くかと思われる回廊を、カレンに繕って貰った聖骸布製の赤き衣を纏い、もしくは2名の少女を後に連れ添い、駆け抜ける。
 立ちはだかるは、特撮ヒーローものに出てくる怪人と見紛うかのような、カラスの面と黒き羽毛を生やした異形の魔物。複数体現れる彼等を、まずは俺が練成した矢で蹴散らし、次いで金髪の少女が剣で纏めて薙ぎ払い、トドメに後方の銀髪の少女が赤き布で彼方に放り去る。
 そうして粗方追い払ったところで、息も切れ切れの金髪の少女から、とある提案が投げかけられた。

「シロウ! カレン! オズトロヤ城に居る獣人全てを相手にしていては、体力がもたない! 早く隙を見てプリズムパウダーとサイレントオイルを体に振り掛けるんだ!」
「わかっている!」

 プリズムパウダー。サイレントオイル。
 その名の通り、微細な粒子が引き起こす光の屈折を利用して擬似的に姿を透明にする粉と、足音、布擦れの類を一切消し去る無音の油。
 まさに道具を用いて再現する人工的な気配遮断スキル。束の間ながらも味わう不可視のアサシン気分は、技巧だけではけして辿り着けない不思議な優越感に満ちていた……のだが……。

「……まさか効果時間30秒程度の夢の時間とは。トホホ。美味しい話には裏がある、か……」

 結果として油断しきっていた俺達は容易に奴等に見つかることとなり、こうして追われる羽目に陥っていた。勿論、同行していた毒舌シスターから罵詈雑言の限りを尽くされたのは特別に語るまでもあるまい。
 と、獣人らを束縛していった赤い布の猛攻が、唐突に、火に水を撒いたかのように静まる。どうしたのかと後方に首を巡らせれば、動悸に苦しむかのように胸を押さえて蹲る件のカレンの姿。……重ねて、自らの迂闊さに嫌気が差す。

「くそっ! 莫耶、飛び降りるぞ! 薬を使う暇なんてないっ。奴等をまくんだ!」

 体を丸める彼女を抱え、中庭に面したテラスへと突っ込む。途端、砕け散った無数のガラス片が服と剥き出しの顔と手に降り注ぎ――――しかし、胸の内の彼女には一片も浴びせぬよう細心の注意を払い――――ぷつぷつと裂けていく己の血肉を感じながら、宙に舞う。次いで、周囲にけたたましく響く、水の破裂音が二つ分。
 ……ときに何故俺達はわざわざ危険極まりない獣人どもの拠点の一つに突撃しているのだろうか?
 ――答えは簡単。俺達の探しているアジド・マルジドが、どういう意図だか知らないが、ここを来訪しているとの情報が手に入ったからだ。
 もう一つの疑問。それならば何故危険極まりない獣人どもの拠点の一つに、体の弱いカレンを連れて来たのか?
 ――答えは簡単……とは言い難い。これはカレン本人たっての希望だからだ。
 さらさら賛同しかねることではあったが、長らく離れ離れだった彼女にとって、短期間とはいえ再度の離別は耐えかねるものを感じたのだろう。そして、それは俺としても否定できない感情だった。
 二度とカレンを放さない――――。
 以前交わしたあの約束をまさか早々に無碍にする訳にもいかず、例え危険な場所であろうと同行は已む無しと思っていたのだが……。
 気絶してしまったらしいカレンを負ぶさり、適当に見つかり難そうな一角を見定めて腰を下ろす。続いて俺達と同じくずぶ濡れの莫耶も傍に寄り、疲れた体を休めた。

「シロウ、頬や手から血が出てる……」
「ん、このくらい、放っとけば治るよ。何てこたないさ」

 確かに指摘通りあちこちが真っ赤な血に塗れていたが、指で拭えば量の割に深い傷ではないらしく、傷らしい傷が見当たらない。体内に埋もれたアヴァロンの効用で、案外この世界にセイバーがいなくとも傷が塞がり易い体質なのかもしれない。

「…………」
「…………」

 両者とも、疲れていた。
 筋繊維の細部に蓄積された乳酸が四肢の活動を鈍らせ、酸欠となった脳が過度の呼吸を促し眠気に惑わす。
 今は疲弊した体を休ませることが先決であり、余計な会話を交わすなど――赤いあくまの言葉を借りれば心の贅肉でしかない。
 だが――。

「……聞きそびれちゃったんだけどさ。何で二国調査って打ち切りになったんだろうな? なんか今になってから気になってきてさ」

 疲労に苛まれているとはいえ……否、疲れているからこそ重苦しい沈黙は尚のこと耐え難い。
 急な問いを投げかけられた少女は、ああ、と得心したように相槌を打ち、解説を始めた。

「これは私の推測でしかないのだが、多分他二国でも魔物が出現したからではないかな。覚えているか? 私とシロウが再会した時に倒した、一つ目の魔物と黒いドラゴンを」
「あの連中が? どうして?」
「挙兵と言っていたからさ。サンドリアだけ単騎で狼煙をあげても仕方がないだろう? 旗揚げするからには強いアピール性がないと駄目だからな。だとすると諸国は当然警戒が強まる。不審者であるシロウらの身も危うい、という訳さ」
「へぇ」

 別段証拠もない当てずっぽうに過ぎないが、反面否定する材料もこれといって思い浮かばない。そうだと言われればそうなのだと思える説得力があるかもしれない。

「……じゃあお返しに私からも聞きたいことがあるのだが……どうしてカレンを獣人の拠点に連れて来たのだ? ウィンダスに残ったマキナのように、一時安全な場所に預けておけば良かったのに」
「それは……」

 柔和な口調とは裏腹に、突き刺すように細めた目線。
 言葉に詰まる。
 その問いは、心なしか言外に俺とカレンとの関係を問い質す意味合いが含まれている気がする……。
 どうしよう。何と答えるべきか。



Ⅰ:友達だから
Ⅱ:腐れ縁だから
Ⅲ:恋人だから


投票結果


Ⅰ:1
Ⅱ:1
Ⅲ:6(over kill)

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最終更新:2008年04月05日 18:34