596 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/02/27(水) 00:24:31


 返事は……ない。
 眸子に映る彼女の背中は何故だか急に一回り小さくなったみたいに頼りなく、端々に生えた肩は微かに震えてすらいる。その様は、まるで狐に睨まれた栗鼠のよう。

 ――このままでは、彼女が視えない“何か”に食べられてしまうかも?

 突如として募る、忌まわしい危機感。
 正義の味方を志す衛宮士郎にとってそんな平穏ならざる彼女を放っておける筈がなく、安否を確かめるべく、何より自分自身確固たる安堵を手に入れたくて、再度声を掛けようと佇む彼女に手を伸ばした時。
 途端、ゆっくりと、足首を中心にして金属の燐光が円を描く。
 その身に不釣合いな鎧を纏った少女が、振り向いた。

「…………」

 笑っていた。
 誰かを嘲笑することなく。かといって周囲に可笑しさを見出した訳でもなく。他の何かに笑っているのでは決してなく。喩えるのならば、その笑顔は蝶が出て行った蛹の殻のようで――――どこまでも寂しく、そして、何処か疲れていた。

「すまない、少し席を外させてもらう。わ、悪いが先に行っててくれ」
「え――? お、おい、なんでさっ! ちょっと……」

 静止の言葉は憔悴しきった彼女に届くことはなく、少女は通路の暗闇に吸い込まれるように彼方へと走り去って行った。ほぼ時を同じくして、一陣の砂塵が連れ添うように吹き荒み、無防備に剥きだしにされた、乾いた鼻をくすぐる。結局その場に残されたものは、戸惑う俺と、後方で何を考えているやら沈黙を守り続けるカレンだけだった。
 このまま実体の無い時間が無限に過ぎ行くものと、半ば確信し始めたとき。

「衛宮士郎。貴方は先に行きなさい」
「はい?」

 俺が疑問の意を示すと同時に、脛から脳にかけ鋭い衝撃が走り抜ける。

「い、いでっ!? おまっ、何を……」

 思いも依らない痛烈な刺激につい蹲ってしまうも、顔を上げた先に在ったのは、カレンの蔑みきった冷たい瞳。瞬間、こめかみと背中に、嫌な汗が流れ落ちる。

「行って。早く」
「いや、だから意味がわからないってば。ここ一応敵の本拠地だぞ? いきなりカレンまでどうしちまったんだよ」
「鈍感」

 立ち上がりかけた俺に対し、再度の脛蹴り。今度は先程の蹴りより僅かに強く、堪らず涙を浮かべて地にもんどりうつ。加えてそんな俺に一瞥をくれることもせずに、莫耶が去って行った奥に向けて姿を消していくカレンさん。
 ……残されたものは、サドシスターのシゴキに耐え切れず、倒れ伏す哀れなポンコツ少年。ワケも解らず冷たくされて、泣きそうになる衛宮くんであった。ばつ。

「ち、ちくしょ~~っ、何で俺ばっかりこんな目に……。桜、三枝さん、一成、子ギル。挫けそうになる俺を癒してくれ……」

 脳内に適当に浮かんできた癒し系4人の顔を夢想してみる。柔らかな笑顔を浮かべる皆の中で、不敵に油断ならぬ笑みを浮かべる桜に子ギル。はい、人選間違えましたっと。
 冗談もそこまでにして兎にも角にも起き上がろうと腰に力を込めたとき――――じわり、と空気が揺らめく気配が側頭部を伝い、全身に警鐘を鳴らす。脊髄反射で急速に首を巡らせば、そこに立っていたのは……。

「お前、は……」
「よぉ、また会ったな。こんな所で寝転がって、何してるんだ?」

 見違えよう筈がない。
 何故なら、視線を向けた先に立っていたのは、俺達の探し人のアジド・マルジドその人だったからだ。しかし、いつぞやの得意気な顔は少し青褪め、以前と比べて明らかに疲弊しているのが見て取れた。

「お前、足を怪我しているのか? 引き摺っているようだが……」
「フン。流石に1人で獣人本拠地に乗り込むのは、天才アジド・マルジド様でも無理があったみたいだ。
 ……それはそうと、一応聞いておくが、まさかお前、俺を心配してここまで来たのか?」
「それは――」
「いや、やっぱりいい。フ、神子様に育てられたとはいえ、セミ・ラフィーナは所詮ミスラ。事の重大さを解ってない」

 溜息交じりに語り、やれやれといった風に首を振る。その様は如何にも傲岸不遜のソレであり、どこぞの金ピカ程ではないとはいえ、あまり気分の良いものではなかった。しかし……。

「……おい? 何をやっている?」

 道具袋から取り出した薬物、包帯で、引き摺る奴の足を手当てしてやる。微弱ながらも抵抗する奴の足を無理矢理剥いで露出させるが、肌には切り傷・内出血等は一切なく、ただ真っ赤に腫れているだけだった。推し量るに軽度の打ち身といった所か。

「……お前が勝手にやったことだからな。礼は言わんぞ」
「いいよ。言って欲しいからやってる訳じゃないし」

 そのまま黙々と治療に専念する。……ただ男二人が肩を寄せ合って会話なしというのも落ち着かぬもので、気付けば他愛ない交流の第一歩として、自然と話題を振っていた。内容は……度々話に挙がっていたウィンダスの神子という存在について。

「おいおい、知らないのか? いや、確かに神子様は星の塔から出られることはないからなぁ……。仕方ないといえば仕方ないのかな。
 遥か昔、迷える民をこの地へ導いた眩い星。その星が天へと戻るとウィンダスの地を照らす光も失われ、闇が落ちた。しかし、満月の泉にて星月の力を得た初代の神子様は、闇の中にも希望の星を見出し、ウィンダスを繁栄へと導いた。
 その神子さまが後の神子さまのために残した歴史書……。それが、この前見つかった神々の書、つまりあの白紙の書なのだ。しかし、こんな事態になっても、星の神子さまは何もしようとしない。何も語ろうとしない」
「その神子様ってのが偉い人だとは何となく解ったけど、何でその神々の書がいきなり白くなったんだよ? 気のせいか凄く縁起悪くないか?」
「わざわざ指摘しなくても当たり前だ。だから俺は、異変を確かめるべくここの獣人達に尋ねに来てやったんじゃないか」

 誰も頼んでいないというのに、小さな体を反らして腕を組み、荒々しい鼻息を地に向けて噴出す。その様は、まるでガキ大将が子分達に偉ぶっているように見えて、畏怖の感情よりも、ついつい可笑しさが勝ってしまう。

「じゃあ白くなった理由はもうわかっていると?」
「……それはまだわからん。だが大体の目星はついた」
「教えて」
「駄目だ」

 果たしてそれを馴れ合いの臨界点と受け取ったのか。
 アジド・マルジドは無言で立ち上がり、本当に礼など一言も口にすることなく、簡素な別れの挨拶を済ませてウィンダスへと帰って行った。


 ――さて、後に何事もなく合流したカレンと莫耶を加え、一応の目的を達成した俺達もウィンダスへと帰還を果たし、任務も早々に完了となった。
 唯一気になった点である莫耶の突然の変異だが……本人に聞いてみても何でもないの一点張り、カレンに聞いてみてもサディスティックな返答しか得られず、八方ふさがりの状況を呈していた。
 妙な疎外感を受けてしまい、一人公平な姿勢を崩さない巻菜を拠り所にグチグチ言っていたのだが……突如として知らされる、星の神子危篤の報せ。
 曰く――――凶星を見た、と。
 一応国民を省みてその情報が外に漏らされることはなかったが、それでも内政に携わる者の慌しさは傍目からも相当に憐れに映った。

 そして、その夜。衛宮士郎は夢を見る。

「…………」

 暗がりの中、薄っすらと浮かぶ金髪の少女の姿。ぼやけた視界に映る口元は、心なしか優しい笑みを浮かべているように思える。
 セイバー?
 最初に連想したのは俺に英雄としての在り方を教えてくれた、少女の姿。剣を地に突き、颯爽と靡く草原に佇む、あの騎士王の姿。だが、頭に焼き付くイメージとは、否定できぬ若干の差異。彼女は、果たしてセイバーなのだろうか?

「シロウ」

 ……是、だ。この片言な発音は、イギリス出身の彼女でしかあり得ない。

「ありがとう、シロウ。あの時貴方が居てくれなければ、幼く力無い私は魔物に殺されていただろう。貴方が養ってくれなければ、餓えて死んでいただろう。貴方の温もりがなければ、私は世界に絶望して死を選んでいたかもしれない。貴方には、いくら感謝してもし足りない……」

 ああ、いいって。こんな俺で誰かが救われるだなんて、本当に嬉しいんだ。それだけが、俺の価値なんだ。

「ありがとう。本当に、ありがとう。……だからこそ悔やまれてならない。確かな形として貴方に感謝の意思を遺せないことを。私は、もう、貴方と共に過ごすことは叶わない」

 何を言っている? 俺はいつまでも一緒に居てくれるならそれでいいのに?

「この国の神子殿が占われた凶星……。私は、闇の王だけはどうしても許せない。そして、そのために長き時を生きてきたことも、否定したくない。だが、せめて――――」

 優しく。本当に優しく。
 柔らかく、温かな感触が、頬を覆った。

「貴方を、お慕いしている。幼き頃から、ずっと。……さようなら、シロウ。貴方に頂いた『バクヤ』という名はここにお返しいたします。だけど、時折振り返るだけでいいから、私を、アs……を忘れないで」

 ――――!

 最早そこに深い闇など微塵も在らず。カーテンから漏れ出す陽光の斜線が部屋の隅々まで浸透し、そこに闇など一欠けらすら見当たらなかった。
 目覚めた体をそのままに、ベッドの脇に預けておいたカバンを漁る。種々様々な雑貨の中で、硬い肌触りと共に、陽光を反射して一際異彩を放つ水晶の煌き。間違いようもなく、少女が所有していたクリスタルの輝き。

「参ったな……。せっかく返してもらったってのに、渡しそびれちゃったな」

 ガラリとカーテンを開ければ、部屋内に新鮮な光が溢れかえり、窓を開けば、爽やかな風が咽喉を潤す。
 そんな中、ふと、握り締めた石を眺める。
 手中のクリスタルは、ただ燦々と光輝いていた。



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Ⅱ:追う(カレンも誘う)
Ⅲ:追う(カレンと巻菜も誘う)
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最終更新:2008年04月05日 18:36